問い合わせ
サービス終了まで 残り16日
「サービス開始の前の日に登録できるのは、二種類の人だけです」
ナギが、黄昏亭のテーブルに、指を二本立てた。
「一つは、テストプレイヤー。もう一つは、作った側の人間」
「つまり」
「シオさんは、たぶん、運営か開発の人です」
酒場が、ざわついた。
ミオが、ゆうべ港で見聞きしたことを話したのだ。
黄昏亭の集まりにいたこと。草原の丘にいたこと。店の窓をのぞいていたこと。「あの子に、あまり期待させないで」。
「運営の人間が、十年もプレイヤーのふりして釣りしてたってのか」
ガンテツが、髭をしごいた。
「運営の人だって、ゲームくらいするでしょう」
ハナばあが、のんびり言った。
「わたしだって、孫に作ってもらったアカウントで、もう六年も畑をいじってるもの。好きなら、続けるわよ」
「いや、ばあちゃん、そういう話じゃなくてさ」
「じゃあ、どういう話なの」
「その人が、ニナのことを、もう知ってるって話だよ」
ミオが言った。
酒場が、静かになった。
運営の人間が、ニナが話すことを知っている。
それなのに、ニナは今日も話している。直されていない。
「知ってて、黙ってるってことか」
「あるいは、上に報告して、直す準備をしてるか」
ナギの言葉に、だれかが小さくうめいた。
俺は、テーブルの木目を見ていた。
ずっと、言わなきゃいけないと思っていたことがあった。
「……ガンテツとミオは知ってるけど、みんなには話してないことがある」
全員の目が、こっちを向いた。
「最初の日の次の日に、俺は、運営に問い合わせを送ってる。『道具屋のNPCが、決まったセリフ以外を話しています。仕様でしょうか』って」
ナギが、目を見開いた。
「返事は、来た。『仕様の範囲内です』って、一行だけ。だから、もう終わった話だと思ってた」
「おれも、あのときは笑ってた」
ガンテツが、ばつが悪そうに髭をかいた。
「マカベさん、それ」
ナギが、眼鏡を押し上げた。
「問い合わせの記録は、運営の側に残ります。一回『範囲内』で返していても、担当者が変わったり、だれかが掘り返したりすれば」
「分かってる」
分かっていた。
だから、ずっと言えなかったのだ。
「あのときは、まだ、秘密にしなきゃいけないなんて思ってなかった。……悪い」
しばらく、だれも何も言わなかった。
最初に口を開いたのは、ゼロだった。今夜は、片腕に次男を抱いていないらしい。
「二日目なら、仕方ねえだろ。おれだって、NPCがしゃべったら、まず運営に聞く」
「……」
「それに、返事は『範囲内』だったんだろ。だったら、まだ大丈夫だ」
ゼロは、それだけ言って、ジョッキに口をつけた。
五年ぶりに、こいつにかばわれた。礼を言うタイミングを、逃した。
◇
店に戻ったのは、零時前だった。
ニナは、窓辺の砂の小瓶と花びらを、布巾でそっと拭いていた。拭いても何も変わらないのに、毎晩そうしているらしい。
「おかえりなさい、マカベさん」
いつのまにか、ニナは、そう言うようになっていた。
回復薬を三つ買った。
帳簿に、一行増えた。
「マカベさん。聞いてもいいですか」
「ああ」
「向こうの、マカベさんの町は、どんな所ですか」
ニナは、最近、現実のことをよく聞く。
草原から戻ってから、外の世界に、前よりずっと興味を持ったらしい。
「たいした町じゃない。北関東の、地方都市。駅前に、ショッピングセンターが一つと、つぶれかけた商店街がある」
「しょっぴんぐせんたー」
「でかい店だ。この町の店が、全部一つの建物に入ってるみたいな」
「ガロの店も、入りますか」
「入る。たぶん、二階の端だ」
ニナは、うれしそうにうなずいた。
「マカベさんの家は、その町にあるんですか」
「今の部屋は、そうだ。……実家は、別の町だ。電車で一時間半」
「じっか」
「生まれた家だよ。親が住んでる」
「マカベさんの、お父さんとお母さん」
「ああ」
「どんな家ですか」
俺は、少し迷った。
「自転車屋だった。真壁サイクル。親父が一人でやってた。小さい店で、表に空気入れが出しっぱなしになってて、近所の中学生が勝手に使っていく」
「自転車」
「乗り物だ。足でこいで走る。この世界には、ないな」
「お父さんは、まだ、自転車を直していますか」
ニナの声は、ふつうだった。
ガロに「よう、いい天気だな」と返すときと同じ、何気ない調子だった。
だから、俺も、何気なく答えようとした。
「死んだよ。三年前に」
口に出してから、気づいた。
それを、だれかに言うのは、初めてだった。
会社には、忌引きの届けを出しただけだ。佐野には「身内の不幸」とだけ言った。ゼロにも、ガンテツにも、言っていない。
言葉にしたのは、三年間で、これが初めてだった。
ニナは、薬瓶を拭く手を止めた。
しばらく、何も言わなかった。
それから、小さな声で言った。
「……あの一週間ですね」
帳簿の、三年前の十一月。七日分の空白。
そして、名前だけの一行。
ニナは、知っているのだ。
あの一週間のあと、俺がここに来て、何をしたか。何を言ったか。
「マカベさん」
「……いつか、話す」
自分の声が、少しかすれていた。
「今は、まだ、うまく話せない。でも、いつか話す。三月三十一日までに」
ニナは、俺の顔をじっと見た。
「約束ですね」
「約束だ」
これで、約束が三つになった。
草原に連れていく。三月三十一日まで毎日来る。あの夜のことを話す。
一つ目は、一時間だけ守れた。
◇
零時を回ったころ、目の前に、メールの通知が浮かんだ。
差出人は、株式会社ルミナスゲート。
件名は「お問い合わせの件について」。
二週間前に送った問い合わせへの、二通目の返事だった。
嫌な予感がした。
ニナに見えないように、俺は店の隅に移って、メールを開いた。
【真壁透様
先日お問い合わせいただきました件につきまして、改めてご連絡いたします。
ご指摘いただいた、リュネの道具屋のNPCの挙動について、社内で確認を進めております。
調査のうえ、適切に対応いたします】
調査のうえ、適切に対応。
会社の言葉で、それが何を意味するか。
印刷会社で十年営業をやってきて、知らないはずがなかった。
直される。




