幕間② 水守のノート(訳)・その二
〔水の地図〕
(図。去年の暦の裏に二人で描いた地図を、小さく写したもの。段の横線、いちばん上に池の丸、いちばん下に家と作業場の四角。青い線で、管と土の中の水)
元の地図の端に、家の娘が外した答えが三つ描いてある。漫画のきらきら。光る虫。
町の電気の粒。わたしに見える水の光がどんなものか、当てようとして、三つとも外れた。
家の娘が消そうとしたので、止めた。わたしに見えているものを、見ようとした跡だからだ。
それに、三つとも、きれいだった。
〔ダムの札〕
(札が一枚、上の端だけ貼ってある。手のひらに収まるほどの硬い札。表にダムの写真。裏に、この地の字と数)
裏の数を、家の娘が読んで、二リットルの瓶の数に直してくれた。六十六億本。
村の泉で同じだけ湧くのに、何年かかるか。数えはじめて、やめた。
行きの車で、膝の上に池の水の瓶を立てていた。揺れたのは一度だけ。
大きな車が来て、家の娘が、いつもより一つ早くブレーキを踏んだときだ。
揺らしたのは、家の娘だった。
帰りは、一度も揺れなかった。
峠の下りでは、家の娘は、曲がる所のずっと手前でブレーキを踏んでいた。
行きより、ずっと手前だった。わけは、聞かなかった。
写真を撮ってもらうとき、写す道具に礼をした。
写ったのは、わたしの頭のてっぺんだったそうだ。
次は、顔を上げたまま礼をする方法を考える。
〔村の水の計画〕
この地で見た工夫のうち四つは、線を引いて消した。村には、蛇口も、川も、海もない。
残ったのは、茂どのの一行。一杯の水を、三度。
その下に、家の娘が、この地の字で三行書いた。読めないので、読んでもらった。
豆の葉を、夕方と朝に見る。毎日見る。一列だけ変えて、比べる。
茂どのの一行と、家の娘の三行を、ミロに送った。三行には、豆が言った、と書き添えた。
〔台風の夜〕
茂どのに、家の中から池と溝の水を見ていろ、と言われた。見ているだけなのは、本当にいちばん難しかった。
家の娘が、隣に来た。電池が新しいから、と言っていた。電池が新しいと、なぜ隣に座るのか。聞きそびれた。
溝の口が詰まりかけたとき、立ちかけた。茂どのが言った。「溝の口は、朝でも直せる。人は、朝には直せん」
家の娘に、ここにいて、と言われた。いる、と答えた。答えたので、朝まで立たなかった。
〔この家の水路図〕
清子どのが、長い巻き紙を広げた。
この家の人の名が、右から左へ、分かれては合わさって続いている。この家の水路図だ。
わたしの名は、紙の端に入りきらなかった。最後の一字は、座卓に書かれた。
名の横の、どの線ともつながっていない所に、何か書き足された。
颯太に聞くと、兄ちゃんの客、だという。茂どのの客、という意味らしい。
わたしは、この家の水路のどこにもつながっていない。客なので、それで合っている。
〔スイカ〕
布で目をふさがれると、人のいる所には、コップと瓶の水だけが浮かんでいた。
誰がどこにいるかは、分からない。家の娘に、声を出していてくれと頼んだ。
ほかの人たちの言う右と左は、人によってばらばらだった。
家の娘の声だけが、前に人はいない、そのまま、と言った。その声のとおりに歩いた。
布を外されて、その声のほうを見た。家の娘が、泉のいちばん深い所の色の浴衣を着ていた。
わたしは、いちばん澄んでいる所の色だ、と言った。家の娘は、顔を赤くして黙った。
暑かったのだと思う。わたしも、暑かった。
〔冷たい箱〕
家の娘とわたしが物干しのむこうの三本から落とした青い実を、この家の母どのが搾って、しょうゆと酢を少し足して、小さな瓶に入れた。
残りの汁は凍らせて、冬まで取っておくという。
冷たい箱を、三回開けた。三回とも、瓶はあった。来た晩の、台所の蛇口と同じだ。
〔村のため池〕
(図。村の段々畑と、いちばん上の泉。泉の横に、丸を一つ。丸から段々畑を抜けて、頁の端まで、定規で引いた線が一本)
村には、川がない。雨は、年に数えるほどしか降らない。その雨は、降った日に土に吸われて、それで終わる。
降った日に、取っておく。日照りの夏に、配る。
この家の池が、台風の晩の雨を、次の朝まで取っておいたように。
この家の母どのが、青い実の汁を、冬まで取っておくように。
家の娘が、作業場からいちばん長い定規を持ってきた。この帳面より、ずっと長い。
線は、帳面からはみ出して、縁側の板に少し付いた。家の娘が、あわてて指でこすった。
〔ミロへの返事の控え〕
五通目への返事。
村長の顔の水を、村長の豆の根元に返す案は、やめろ。村長がいちばん怒る。
倍にした一列は、元に戻せ。
前の手紙の「豆が言った」の豆は、畑の豆ではない。この家の娘の呼び名だ。
豆とは話していない。家の娘と話している。
池のことは、線が増えたら書く。
まだ出していない。わせが来たら、渡す。
(最後の頁の余白に。ほかの頁より、あとから書き足した字で)
〔夏祭りの晩、店主どのに「来年も、来るっちゃろ?」と聞かれた。「ああ」と答えた。賞品は、来年のスイカの番だ。人が次に渡れるのは、再来年の春。再来年のことは、誰も聞かなかった。家の娘は、何か言いかけて、スイカの最後の一口を食べた〕




