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中編 星は、消えていなかった

押し入れの奥で見つけた日記が、

忘れていた夢を連れ戻してくれた話です。


全3話完結済みです。

その夜、凪沙は眠れなかった


布団の中で天井を見つめながら、 日記の文字を何度も頭の中でなぞった


しりたい、しりたい、しりたいよ――


あの子の声が、ずっと耳の奥で響いていた


窓の外では雨が上がっていた 空が涙を拭いて、すっきりした顔をしているのかもしれない、 と凪沙は思った


カーテンの隙間から、かすかに光が差し込んでいる 街灯の光にしては、少し白すぎる


凪沙はそっと布団を抜け出して、カーテンを引いた


星が、出ていた


雨上がりの空は洗われたように澄んでいて、 星たちが競うように光っていた


凪沙はしばらく、その光景を言葉もなく見つめた 胸の中で何かが膨らんで、でも形にならなくて、 ただ息が少し、詰まった


どうして、忘れてたんだろう


毎晩、あそこにあったのに


星は変わらずそこにある 凪沙が夢を忘れた日も、うまくいかない日も、 何もやる気になれない灰色の日々も、 ずっと、黙って光り続けていた


まるで誰かが灯した小さな炎みたいに、消えることなく


凪沙の目が、じわりと潤んだ


翌日、凪沙は学校の図書室へ行った


久しぶりだった 中学のときは毎日のように通っていたのに、 高校に入ってからは何となく足が遠のいていた


館内は静かで、 日の光が埃の粒を金色に変えながら漂っていた


凪沙は天文学のコーナーへ向かった 手が伸びたのは、背表紙に星図が描かれた分厚い本だった


ページを開くと、宇宙の写真が広がっていた


銀河が渦を巻いている 星雲が光を纏っている 遠い惑星が、赤や青や金色に輝いている


凪沙はページをめくるたびに、 何かが胸の奥から少しずつほどけていくような感覚を覚えた 長い間、固く結んでいた紐が、ようやくゆるむような


ほしはなんであんなにきれいなの


あの日の自分の問いが、また響いた


凪沙はその問いに、今ならちゃんと答えてあげたかった


きれいなのにはちゃんと理由がある、 でもその理由を知ったとしても、きれいだという気持ちは消えない、 むしろもっと深くなる、 そういうものが宇宙だと、今の凪沙は少しだけわかる気がした


本を閉じたとき、司書の先生が近くに立っていた


「久しぶりね、高村さん 天文学、興味あるの?」


凪沙は少し考えてから、答えた


「……昔から、好きだったんだと思います 忘れてただけで」


先生は微笑んだ その笑顔が、春の日差しみたいに温かくて、 凪沙は視線を本の表紙に落とした


その夜、凪沙は再び日記を開いた


今度は最初から、丁寧に読んだ 一ページずつ、あの日の自分の声を聴くように


日記の後半には、こんな一節があった


きょう、おとうさんにきいた ほしはどのくらいとおいの、って おとうさんはかんがえてから、いった 「ひかりがとどくまでに、にんげんのじゅみょうじゃたりないくらいとおい」 わたしはなんだかかなしくなった でもおとうさんはつづけた 「でも、みえてるだろ ちゃんとみえてる とおくても、ひかりはとどくんだ」 わたし、またないた なんでかわかんないけど、ないた


凪沙の目から、涙がこぼれた


気づいたら、泣いていた


父の言葉を、凪沙は覚えていなかった でも八歳の自分はちゃんと受け取っていたんだ、その言葉を、 胸の奥の一番やわらかい場所に、大切にしまっていたんだ


遠くても、光はとどく


凪沙は夢を諦めたつもりでいた


でも本当は、諦めたのではなくて、ただ見失っていただけだった 夢は消えていなかった 空気みたいに、形はないけれど確かにそこにあって、 ずっと凪沙の呼吸の中にあった


星みたいに


手を伸ばしても届かない場所で、でも毎晩、ちゃんと光っていた


凪沙は日記を胸に抱えて、窓の外を見た 今夜も星が出ていた 昨日と同じ場所で、昨日と同じように、静かに輝いていた


「ただいま」と、凪沙は小さく呟いた


誰に言ったのか、自分でもわからなかった でもその言葉を言った瞬間、 胸の中で何かが、ほろりとほどけた

押し入れの奥で見つけた日記が、

忘れていた夢を連れ戻してくれた話です。


全3話完結済みです。

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