表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
器に灯る七つの声 〜七人の英雄を継ぐ旅は、彼らの声と歩む旅だった〜  作者: ひげくま
灯らぬ朝、業火の夜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/14

第8話 賢者の声

——熱い。


その光が、フィンの肌に、触れた瞬間。

彼の体の、内側から、何かが、押し広げられた。


胸の奥が、軋む。

息が、詰まる。

喉に、声にならない、呻きが、上がった。


——


これは、自分の体ではない。

否——自分の体だ。

だが、その中に、何か、別のものが、入り込もうとしている。

広がろうとしている。

押し開けようとしている。


(息が、できない)


(誰だ)


(誰が、入ってこようとしている)


体が、軋む。

本能が、絶叫した——**異物だ**、と。

意識は、受け入れようとした。それが、儀式の役目だ。

だが、フィンの肉そのものが、押し戻そうとし始めていた。

深い、深いところで。

意志ではなく、体が、拒絶していた。


——


膝が、円盤に、落ちた。

冷たい黒石の感触が、掌に、伝わる。

それでも、フィンは、倒れまいと、した。

立たねばならない。それが、儀式だ。


ミアの祈りが、強くなった。

祈りの言葉は、古代のもので、フィンには分からない。

だが、その響きだけは、混濁する意識の中で、まだ、フィンに、届いていた。


——


何かが、フィンの意識に、流れ込もうとして、体に、跳ね返される。

また、流れ込もうとして、跳ね返される。

頭の中が、白く、明滅する。


——四百年前の、知らない景色。

——古い書斎の、燭台の光。

——ぎっしりと並んだ、巻物の背。

——星空。

——いくつもの会話。低い、年老いた声。

——別の儀式。詠唱。

——刃。血。誰かの、呻き。


それらが、全て、一度に、フィンの中に、押し寄せ——そして、跳ね返される。

受け入れる先が、見つからない。


——


「……拒絶反応か」


ラドウィックの低い声が、響いた。

歳を感じさせない、鋭い眼差しの奥に、深い焦りが、走った。

過去、この反応で、何人もの継承者が、命を落としている。

意識は、受け入れようとしているのに、体が、拒む。

そうなると、行き場のない魂の力が、内側で——暴走する。

消滅と並ぶ、もう一つの、儀式の失敗。


「フィン、踏み留まれ! 体を、開け——」


だが、ラドウィックの声も、もう、フィンには、遠かった。


——


胸が、裂けるような感覚。

フィンの口から、声にならない、長い、息が、漏れた。


そして——


フィンの体から、青みの光が、噴き出した。


制御の、利かなくなった、魔力。

受け入れることも、押し戻すこともできないまま、暴走しかけた力が、円盤の縁に向かって、刃のように、放たれた。


長老たちの詠唱が、慌てて、強まる。

ラドウィックが、手を、伸ばす。

だが、結界を、整える時間は、なかった。


——その時。


ミアが、動いた。


組んでいた両手を、解いた。

祈りの所作を、捨てた。

何の躊躇いもなく、フィンの体に、抱き着いた。


噴き出した光が、ミアの肩を、頬を、掠めた。

儀式衣に、薄く、赤い線が、走る。

ミアの体が、わずかに、震えた。

それでも、彼女は、離れなかった。


「ミア……離れるんだ……このままでは、君も……」


苦しみの中、フィンが、声を、絞り出した。

だが、ミアは、離れない。

むしろ、彼女は、より強く、フィンを、抱きしめた。


「フィン。ずっと、一緒だよ」


彼女の声が、フィンの胸に、直接、届いた。


——


彼女のぬくもりが——その想いが、フィンの体を、ゆっくりと、解いていった。


息を、吸う。

深く。

そして——受け入れた。

押し戻すのを、やめる。

別の魂を、自分の中に、招き入れる。

それが、儀式の意味だった。


体の、奥の奥で——

何かが、ゆっくりと、座り直す感覚があった。

ぴたり、と。


噴き出していた光が、収まる。

フィンの体に、力が、戻ってくる。

ミアの腕は、まだ、彼を、抱きしめていた。


——


胸の、最初の光点が——揺らぎながら、灯った。


円盤の床に、薄い、青みを帯びた光が、漏れた。

フィンの体は、震えながら、それでも、まだ、立っていた。

息が、ようやく、整い始める。


——


『……ふむ』


低い、男の声が、フィンの内側で、響いた。


『四百年か。やれやれ、長い眠りだったな……』


フィンは、息を、止めた。

頭の中、自分のものではない声が、確かに、そこにあった。

低く、落ち着いた、年齢相応の重みのある声。


「あ……の」


フィンは、思わず、声に出していた。


『小僧、お前の声が、聞こえている。さて、私の声も、お前に届いておるな?』


「……はい。賢者マリウス、ですよね」


『いや、違うな』


フィンの息が、止まった。


——え?


『冗談だ。冗談だぞ、小僧。なんだ、その顔は。あまり、面白くなかったかね?』


フィンは、目を、しばたかせた。

今のは、冗談——?

たった今、自分を引き裂きそうだった力が、堂々と、冗談を言ってきた。


「マリウス、様……?」


『「様」は要らん。マリウス、で十分だ』


——


その時、マリウスの声が、ふっと、笑いを含んだ調子に、変わった。


『ところで、小僧。役得な状況にあるようだな』


「……え?」


『そのお嬢さんに、しっかり抱きしめてもらっておるのは、儀式のうちかね?』


「——っ」


フィンの顔が、一瞬で、熱くなった。

そう、ミアは、まだ、彼に、抱きついたままだった。

さっきの暴走を、止めるために。

今になって、その温度が、衣を通して、はっきりと、伝わってくる。


「マ、マリウス、それは——」


『ほう、もう「様」が取れたか。早いな』


「違っ、そういう意味じゃなくて——」


『ふむ。私は、まだ何も言うておらぬが、「そういう意味でない」とは、どういう意味かね?』


フィンの口が、何度か、開いて、閉じた。

言葉が、追いつかない。


これが、四百年前の、大賢者か——?


——


「フィン、大丈夫……?」


独り言のように呟き続けるフィンを、ミアが、心配げに、見つめながら、声をかけた。


「え——あ、うん、大丈夫だ」


フィンが、顔を赤くしながら、慌てて、答えた。

そこで、ミアも、ようやく、今の状況に、気付いた。


「——っ」


慌てて、抱きついていた腕を、解く。

彼女の頬は、儀式の緊張からではない、別の理由で、赤くなっていた。


「あ……ご、ごめんなさい、フィン。私、その——」


「いや、ミア、違うんだ、これは——」


フィンが、しどろもどろになっているのを、ミアが、不思議そうに、見た。

その様子を、内側から、マリウスが、満足げに、笑った気配があった。


『うむ。良い、良い。仲良きことは、美しいのぅ』


楽しげな、マリウスの声。

それから、ふっと、低く、優しい声に、戻って、マリウスは、続けた。


『良い、お嬢さんだ。自分の身を、顧みず、お前のために動くとは。体が、魂を、受け入れられたのは、彼女のおかげだな。礼を、言っておけ』


——


長老ラドウィックが、ようやく、近づいてきた。

ミアの、肩の、薄く滲む血を、見て、わずかに、眉を、寄せる。

だが、何も、言わなかった。

代わりに、フィンを、見て、深く、肯いた。


「成功した、か」


——


その時。


外で、何かが、裂ける音が、した——結界が、砕ける音が。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも面白い、続きが気になると思っていただけましたら、

ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると、とても励みになります。


感想もいただけましたら嬉しいです。

次回もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ