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器に灯る七つの声 〜七人の英雄を継ぐ旅は、彼らの声と歩む旅だった〜  作者: ひげくま
灯らぬ朝、業火の夜

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第6話 怪我人の旅人

儀式の準備の朝、里の若い娘——ノエラが、母から、お祝い用の果実を取りに行くよう、頼まれた。


——


ノエラは、十四。

来年、成人の儀を迎える。

里の祝いごとの手伝いには、もう、何度も、駆り出されている。

果実は、成人の儀のあと、皆で囲む席に並べられる。

今日は、いつもより、ずっと、たくさんの量が、必要だった。

成人を迎える五人の席に加え、儀式の見物に集まる、里人全員にも、行き渡る量を。


朝の光が、まだ柔らかいうちに、ノエラは、籠を背負って、森のほうへと、向かった。


——


里の結界は、外の者を、押し戻すだけではない。

里に近づこうとする者は、いつの間にか、道を、見失う。

同じ景色が、繰り返し、繰り返し、続いていく。

里人だけが、その仕掛けの中で、迷わずに歩ける——内から、外へも、外から、内へも。

四百年、里が、地図にも載らず、誰の目にも触れずに来たのは、そのためだった。


里人が、結界の外まで出ることは、滅多にない。

そもそも、出る理由が、ない。

里の中だけで、暮らしは、足りる。


——


森の中。

ノエラは、果実を、探すのに、夢中になっていた。

枝を、かき分けては、実を、籠に、放り込む。

今日は、量が、要る。

半分まで埋まり、それでも、足りない。

さらに奥へ、奥へと、足を進める。


ふと、空気が、変わった気がした。


——え?


ノエラは、立ち止まった。

振り返る。

木々の景色が、ほんの少しだけ、見慣れない感じが、する。

籠を、持ち直す。


そう——夢中で歩いているうちに、結界の外まで、出てしまったらしい。


里人だから、戻ろうと思えば、戻れる。

慌てる必要は、ない。

ただ、結界の外に出るのは、何年か、振りだった。

ノエラの胸が、少しだけ、ざわついた。


——その時。


人の、息の音を、聞いた。

苦しげな。


恐る恐る、音のする方へ、近づいた。

木の根元に、深いフードの黒衣を纏った男が、寄りかかっていた。

肩から、血が、流れている。

馬は、傍で、首を垂れていた。


ノエラは、息を、止めた。


外の者だ。


「……た、すけて、くれ」


男が、薄く目を、開けて、ノエラを、見た。


「魔物に……仲間は、皆、死んだ……何とか、ここまで、逃げてきた……」


血が、男の指の間から、滴っていた。

ノエラの体が、固まった。

目の前の男は、確かに、死にかけている。

だが、彼女には、運ぶこともできない。

そもそも、外の者を、里に、連れ込むこと自体、掟に、反する。

それに——たとえ運ぼうとしても、結界が、彼を、押し戻して運べないはずだ。


「……自警団を、呼んできます。ここで、待っていてください」


声が、震えていた。

それでも、ノエラは、立ち上がった。

踵を、返した、その時——


「待って、くれ」


男が、思いがけず、はっきりした声を、出した。

ノエラは、振り返った。


男は、震える手で、懐から、一通の手紙を、取り出した。

封のされた、簡素な、けれど、丁寧な作りの手紙。


「これを……里長殿に、届けて、くれ……」


「手紙……?」


「東方の領主からの……書信だ。……私は、その使い、だった……」


男は、ノエラに、手紙を、差し出した。


「もう……ここまでだ。だが、これだけは、届けたい……里長殿に、必ず、お渡し、してほしい……」


ノエラは、迷った。

手紙を、受け取るだけなら、掟には、触れない。

里長へ届けるのは、里人としての務めの範囲だ。


「……分かりました。必ず、届けます。すぐに、自警団も、呼びますから。動かないでください」


男は、薄く、肯いた。

「ありがとう……どうか、急いで、ください……」


ノエラは、手紙を、しっかりと、握った。

胸に、何か、不思議な感触があった気がした。

ほんの、わずかに——熱を、持っているような。

気のせいだろう、と、彼女は、思った。


籠を背負い直して、ノエラは、里へと、駆けた。

急がなければ。

里長に手紙を届けて、自警団を呼びに行く。

そうすれば、あの男も、助けられるかもしれない。


——


森の中。

ノエラが去った後、男は、ゆっくりと、上体を、起こした。

肩の血は、止まりつつある。

傷は、思ったより、深くなかった。


「上手くいった」


彼の背の内側で、何者かが、囁いた。

その声は、男のものでは、なかった。


男は、深いフードの下で、口許に、小さな笑みを、浮かべた。

里長まで、あの手紙が届けば、結界の中に、自分の道が、開く。

それまで、ここで、もう少しだけ、息を、潜めていればいい。


——


ノエラは、走り続けた。

結界の境を、抜け、里へと、戻る道。

胸の手紙が、また、わずかに、熱を、持ったような気がした。

気のせいだ、と、彼女は、思った。

急がなければ、と、彼女は、自分に、言い聞かせた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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