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器に灯る七つの声 〜七人の英雄を継ぐ旅は、彼らの声と歩む旅だった〜  作者: ひげくま
灯らぬ朝、業火の夜

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第3話 ミア、十五の朝

ガレンと別れた後、フィンは、井戸の脇に、しばらく立っていた。

水を汲み、冷たい水で、また顔を洗った。

鶏の声が、里の方から、二度、三度と続いた。

霧は、今や、ほとんど晴れていた。

空の青は、深まりつつある。

東の山の頂きが、朝日を受けて、金色に光っている。


「フィン!」


その声に、フィンは振り返った。


「フィン、ここにいたの」


ミアが、軽い足取りで、駆け寄ってきていた。

今朝の彼女は、巫女衣を纏っていた。

白い生地に、淡い青の縁取り。

長い髪は、後ろで一つに束ねている。

儀式の装束だ。

彼女が立ち止まると、息は、少しだけ弾んでいた。


「家に行ったのよ。朝食、もう終わったって、お父さんが言うから——あ、ガレン兄さんと稽古してたの? 今朝も?」


「軽く、温める程度に」


「そう」


ミアは、フィンの傍に立った。

少し背伸びをするように、フィンの顔を、覗き込んだ。

長い睫毛が、朝の光に、揺れている。

瞳が、深い、夜の色をしている。

フィンは、一瞬、目を逸らした。


「フィン、寝不足? 顔が、少しだけ、青いよ」


「眠ったよ、少しは」


「少しは、では駄目だよ。儀式の日なのに」


「……ミア」


「はい」


「お前こそ、寝不足じゃないのか。儀式の準備で、夜遅くまで、堂にいたんだろう」


ミアは、ふっと笑った。


「気がついていたの。私のこと」


「気がつかないわけ、ないだろう」


その言葉が、不意に、自分でも思っていた以上に、まっすぐに出てしまった。

ミアの頬が、少しだけ赤くなった。


「……うん。私は、今朝は、大丈夫」


「本当か」


「本当よ。眠っていなくても、儀式の日は、私、絶対に、しっかりするから」


フィンは、ミアを見た。

ミアは、フィン自身よりも、儀式の準備を、念入りにしているのを知っていた。

母を亡くしてから一人で訓練を積み、五年。

十五になった彼女は、今日、女の成人を迎える。

里の慣わしでは、女は十五、男は十八。

フィンと同じ日に、ミアもまた、子供から抜け出る。

同時に、巫女として正式に認められた、初めての本格的な儀式の日でもあった。


「ミア」


「うん」


「儀式を、よろしく頼む」


ミアは、フィンを、まっすぐに、見上げた。


「うん。任せて」


そして、少し声を落として、付け加えた。


「フィンを、私が、ちゃんと、支えるから」


「……ありがとう」


その言葉は、フィンの胸に、不思議な温かさで、収まった。


——


里では、フィンとミアの二人を見て、いずれは結婚するのではないかと囁く者が多かった。

フィンが十八で、ミアが十五。

どちらも、里の慣わしでは、すでに成人だ。

三歳差は、夫婦としては、ちょうどよい、と古老たちは言う。

二人とも、その囁きを耳にしている。

けれど、互いに、それを正面から話したことは、一度も、ない。

ただ、こうして、儀式の朝に、巫女衣の彼女が、自分のためにここに来てくれたのだという事実が、フィンには、嬉しかった。


「フィン」


「うん」


「私、行くね。長老たちが、まだ準備で、私を呼んでるから」


「ああ」


ミアは、一歩、フィンから離れた。

それから、振り返り、もう一度、フィンを、見た。

指先が、袖口を、わずかに、握っている。


「フィン」


「ああ」


「絶対に、無事でいてね」


その瞳が、少し、揺れていた。


「……ああ」


ミアは、踵を返し、堂のほうへ駆けていった。

巫女衣の裾が、白く、青く、朝の光の中で、揺れていた。

フィンは、しばらく、彼女の背中を、目で追っていた。

そして、また、胸に手を当てた。

七つの刻印。

その一つ目が、今日、灯る。ミアの言葉が、耳に、残っていた。「絶対に、無事でいてね」


——


そう、あの瞳に、応えなければ。

フィンは、深く、息を吐いた。

朝の風が、彼の頬を、撫でた。


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