第14話 東への道
『さて、では続けよう』
マリウスが、調子を変えた。
『私の記憶には、穴がある。だが、確かに知っていることも、ある』
『お前たちが教わった通り、七英雄を、すべて集めて初めて、災厄を封じることができる、ということだ』
「すべて、揃わないと、ダメ、なんですね」
『そうだ、フィン。アルフレッドは、こう説明した。「世界は、七つの根源属性から成る。地、水、火、風、光、闇、そして魂。災厄を封じるには、この七つの属性を司る、強き魂が、揃って必要だ」と』
『七人は、それぞれ、その属性をひとつずつ担っておった。私は火。アリアは水。ベルナールは地。エドワードは風。シーラは光。アルフレッドは魂。そして、ガウェインは闇』
『それぞれの詳しい力は、いずれ話す。今、覚えておくべきは一つだ。この七つの属性の強き魂が、すべて揃って封印に流れ込まねば、災厄は縛れぬ。アルフレッドは、そう言った。我々も、それを信じた』
『一つでも欠ければ、封印は、成り立たぬ。だから我々は、七人で、儀式に臨んだ』
『そして、四百年前の封印は、徐々に弱まっておる。前兆が出始めた、ということは、近いうちに、災厄が、また世に放たれる。それを、もう一度、封じねばならぬ』
『そのためには、七つの属性の強き魂を、もう一度、揃える必要がある。お前の中に、七英雄を集めて、初めて、封印が成り立つ。一人や二人では、再封印は、成り立たぬ』
『……もっとも、これも、私の記憶通りなら、の話だがな』
マリウスの声に、薄い苦みが、混じった。
『いずれにせよ、今のお前は、私一人を継承したに過ぎぬ。これから、明らかにしていく必要があるだろうな』
フィンの胸が、わずかに、固くなった。
「他の英雄も、継ぐ必要がある、ってことですか」
『現時点では、それが筋だ。順に、継いでいく。各地の継承碑石を回り、英雄を一人ずつ、お前に集めていく』
『ただ、まずは自分たちの身を守れるようになることだな。いずれ追跡の手は伸びるだろう』
ミアが、小さく、訊ねた。
「マリウスは、今……どのくらい、力を出せるんですか?」
『良い問いだ、ミア』
マリウスの声が、柔らかくなった。
『正直に言おう。今の私は、本来の力の、二割か、三割といったところだ』
「そんなに、少ない……」
『うむ。フィンに継承は成立した。私の魂と、魔力と、その源は、もうフィンのものだ。だがな』
『継承された者の力は、四つの部分から、できておる』
マリウスが、続けた。
『一つ、魂と魔力。これは、継承の瞬間に、お前のものになった。源は、もう手元にある』
『二つ、技術。これは、私が生前、磨いてきたものだ。だが、技術は、魂とは別のものでな。お前が、訓練で、自分の体に馴染ませねばならぬ。私の知識を引き出して、教えるが、結局は、お前の手と頭が、覚えるしかない』
『三つ、知識。これは、私の側にある。お前と内面で対話して、必要なときに、私から伝える』
『四つ、魔具。私の生前の愛用の、星詠みの書だ。あれは、私の魔術の触媒であり、収束装置だ。あれがなければ、大きな式は形を保てぬ。水を両手ですくうようなものだ。源があっても、器がなければ、途中でこぼれる』
フィンは、ゆっくり、自分の手を、見た。
「技術と、魔具」
『そうだ。技術が無いから、強い魔術を組めぬ。魔具が無いから、組めても、威力が落ちる』
『今のお前にできるのは、補助能力だ。防御結界、肉体強化、痕跡消し、念話。これらは、補助だから、技術と武器が無くても、形になる。だが、敵を圧倒するような魔術は、まだ無理だ』
『それで、もう一つ、言っておく』
マリウスの声が、少し、低くなった。
『これまで、緊急時に、私が、お前の体の制御権を奪って魔術を使ってきた。襲われた時、防御結界を張ったときだ。渡りの環の壊し方を教えたときも、半ばそうだった』
「あれ、マリウスが、僕を操ってたんですか」
『そう聞こえると、響きが悪いな。一時的に、お前の体を、私が直接動かしていた、と言うた方が正確か。お前の意識の表に、私が出ていた』
『あれは、本来、避けるべきことだ』
フィンが、息を、止めた。
『多用すれば、私とお前の魂が、徐々に融合に近づく。お前の人格が、私の方へ侵食される』
「そんな……」
ミアが、小さく声を漏らした。
『まだ、お前の自我は、無事だ、フィン。心配せんでいい。だが、同じことを何度もやれば、いずれ、お前自身が薄まる』
『だから、今後、私が表に出て直接魔術を振るうことは、極力、避ける。緊急中の緊急、命に関わる瞬間、そういう時だけだ』
『それが、お前の、強化が必要な理由だ』
マリウスが、続けた。
『お前自身の手で、魔術を組めるようにならねばならぬ。お前の体で、お前の頭で、振るうのだ。私は、内側から、教える。だが、振るうのは、お前だ』
『ミア、お前にも、訓練が要る』
「はい」
『お前は、継承者の巫女として、守護・補助の業を持っている。それを、戦闘にも、使えるよう磨く必要がある。フィンを支える結界、敵を縛る祈り、そういうものだ。母御から教わった基礎は、十分にある。あとは、応用だ』
「はい」
『ところで、継承の儀を襲ってきた連中に、お前たちは、心当たりはあるのか?』
「……知りません」
フィンが、首を振った。
「ただ、父も、最長老も、何かを酷く警戒していました。今思えば、近頃の前兆と関わるなにかを、長老衆だけで把握していたのかもしれない。けれど、僕たちには、誰が来るかまでは、教えてくれませんでした」
「私も、母から、外の世界には里を狙う者がいる、とだけ、教えられていました。具体的に誰、というのは、知りません」
ミアが、補足した。
『……うむ。そうか』
マリウスの声には、薄い苦みが、混じった。
『正直に言うとな、現代のことは、私には、まったく分からん。死んでから四百年、ずっと継承碑石の中で眠っておった。今お前たちと話して、見聞きするのが、私の現代の最初の体験だ』
『お前たちの里の長老衆が、何か掴んでおったのかもしれぬ。だが、それも、もう、聞けぬな』
「追っ手は、来ますか?」
フィンが、訊いた。
『来ない理由はない。ただ、継承の道がどこに通じておるかは、奴らも分かるまい。時間はかかるであろうし、痕跡を消しながら移動すれば、ある程度は遅らせられるだろう』
マリウスが、調子を、改めた。
『まずは痕跡を残さず、魔具を手に入れに向かう。歩きながら、お前たちの特訓もしていく。フィンの魔術と、ミアの巫術。異論は、あるか?』
「魔具は、どうやって手に入れるんですか?」
『かつて、わしが使っていた拠点がある。星詠みの庵、と呼んでおった。そこに、わしの魔具、星詠みの書を、安置してきた』
『庵の管理は、当時、誠実な弟子のひとり、リオネルに任せておった。だが、四百年だ。リオネルはとうに死んでおる。庵が今も無事か、その血筋が続いておるかは、分からん』
『ただ、あやつなら、東のどこかに塔を構えただろう。今も残っているかは分からん。まずは、その塔を探してみる。書の所在も、私の記憶の穴を埋める手がかりも、そこに残っているかもしれぬ』
ミアが、ペンダントを、軽く、両手で包んだ。
「そこまで、ここから、行けるんですか」
『歩いて、一週間ほどだ。痕跡を残さず、目立たぬ道を選んで進む。お前たちの体が、戻り次第、出発したい』
「……はい」
ミアの声には、まだ、震えがあった。
だが、応えてはいた。
フィンが、ゆっくり、息を吐いた。
「行きましょう」
フィンはそう答えて、洞窟の出口へ目を向けた。
『よし。決まったな』
マリウスが、息を吐く調子で、言った。
『今日は、ここで、もう少し、休む。明日の朝、出る。それまでに、私が、ざっくりとした道筋を、お前たちに伝える』
『フィンには、痕跡消しの応用を、もう少し細かく。ミアには、結界の張り直しを、教える。両方、歩きながらでもできる』
「はい」
「はい」
『よろしく頼むぞ、二人とも』
——
フィンとミアは、岩の壁に、背を預けたまま、しばらく、何も言わなかった。
七英雄を集めねばならぬ、という話。
マリウスの魔術を大きく使うには、星詠みの書がいるという話。
その手前に、リオネルの血筋が残した塔があるかもしれないという話。
明日の朝には、洞窟を出る。
そのために、今夜は休み、痕跡の消し方を教わる。フィンは、やることを一つずつ数え直した。
ミアが、ペンダントを、首から下ろさず、両手で、軽く包んだ。
その温かみが、彼女の指の間で、淡く、息をしているように、感じられた。
「フィン」
「うん」
「東に、行こう」
「うん」
短い、けれど、もう、震えのない声だった。




