第13話 記憶の穴
『これからのことを、決めねばならぬ』
「はい」とフィンが、答えた。
ミアも、小さく肯いた。
『まず、状況を整理しよう』
マリウスが、ゆっくり、口を開いた。
『お前たちの認識と、私の認識に、違いがないかを、確認しておきたい。そなたらが災厄をどう教わってきたか、聞かせてくれ』
フィンが、しばらく、考えてから、口を開いた。
「僕が教えられてきた話では、災厄は、四百年前に、世界を襲ったそうです。人を、たくさん飲み込んだ。剣も、魔術も、通じなかった、と」
「そんな中で、七人の英雄が、自分たちの魂を捧げて、災厄を封じた」
「英雄の魂は、継承碑石に、保管された。再び災厄が来た時、継承者が現れて、英雄の魂を継ぎ、また封じる。僕たちの里は、そのための、総本山だと」
「最近、再来の前兆が出始めている、と長老たちは言っていました。ミアの、お母さんの、病死も、その兆しの一つだろう、と。だから、僕が急いで継承の儀をやることになった」
ミアが、フィンの隣で、補足した。
「継承者の巫女の家では、もう少しだけ、詳しく教わります」
「七英雄の魂を、すべて、一人の継承者の中に集めて、再び災厄に向かう。そうすれば、もう一度、封じることができる。母から、そう、教わりました」
「私の役目は、その継承の儀を支えること。継承者が一人ずつ、英雄を継ぐ時に、巫女として、媒体になる、と」
『うむ。よく、聞いておったな』
マリウスの声に、薄く、温かみが混ざった。
『おおむね、私の認識とも、重なる。少し、補ってみよう』
『四百年前、災厄が来た』
『それは、人の魂を食らうものだった。古代王国の禁呪が、何かの拍子に暴走して生まれた、と当時の文献にあった。詳しい仕組みまでは、分からぬが。ただ、人の魂を食らい尽くす存在が、世界に放たれていた』
「魂を、食らう」
ミアが、小さく繰り返した。
『そうだ、ミア。村が一つ、丸ごと消える。森が、人の気配ごと、消える。そういう類だ。我々は、戦った。だが、剣も魔術も、災厄そのものには通じなかった。傷つけるどころか、近づく者から先に喰われていく』
『そんな中で、アルフレッドが、一つの手段を見つけ出した』
「アルフレッド……」
『七英雄の一人だ。私たちの中の、戦略家だった。王立アカデミーの禁書群を、彼は調べていた。古代王国時代の、封印術の文献を』
『「魂を用いた封印が、可能だ」と、あいつは言った。我々の魂を、災厄に与えることで、災厄を縛れる、と』
「自分たちの、魂を……」
『うむ。我々は、それを呑んだ。他に手段はない。人類が、滅びるよりは、よい。そう、判断した』
マリウスの声が、ほんの少し、低くなった。
『ところが、儀式の準備が進む中で、ガウェインが反対しはじめた』
「ガウェインも、英雄だったの?」
ミアが、訊いた。
『そうだ。七人のうちの一人。寡黙な男だった。剣の名人で、変なところで頑固だった。あいつが、急に、儀式に異を唱え始めた。「これは、お前たちが思っているような封印ではない」と』
『だが、その頃のガウェインの動きは、我々から見ると、不審だった。儀式の準備を妨げるように動き、しまいには戦闘の構えまで取った。アルフレッドが、「あいつは裏切った」と告げた。私も、他の英雄たちも、それを信じた』
『戦闘になった。七英雄同士で剣を交えるなど、本来あってはならぬことだ。だが、起きた』
『ガウェインは、突如アルフレッドに襲いかかった。アルフレッドが前に出て、彼を抑えた。シーラも、その脇についた。儀式を止めるな、とアルフレッドが叫び、我々はその言葉に従った。あの場を任せ、儀式を進めることになった』
フィンは、無言で、聞いていた。
ミアの手が、彼女の膝の上で、軽く握られていた。
『儀式は、進んだ。私は、儀式の魔術部分の、主担当だった。詠唱を整え、結界を張り、災厄に向けて魂の流れを通す。やるべきことは、分かっていた』
『……』
「どうしたの?」
『おかしい、この後の出来事が思い出せぬ』
マリウスの声には、小さな苦みがあった。
『何かを見たような気がするのだ。あるいは、誰かと話したような。だが、その記憶が、ぽっかりと、抜けている。気付いたら、私はそこで死んでいた。いや、それも違う。死んだ瞬間も、覚えておらん』
『……継承の機構。未来で、七英雄をもう一度呼び戻すための器。私が、組んだ……はずだ。いや、誰と、いつ、どうやって……』
『儀式は成立し、災厄は封じられた。我々の魂は、継承碑石へ移されて保管された。私もそこにいた、長い間』
「マリウス、何かおかしくないですか?」
フィンが、恐る恐る指摘した。
『何がじゃ?』
「だって、今の話なら、マリウスたちの魂を使って封印したんですよね? それなら、どうして継承されているんですか?」
『……確かにそうだな。私の記憶が不確かだ。辻褄が合っておらん』
マリウスの声が、しばらく、止まった。
それから、低く、続けた。
『お前の言うとおりだ、フィン。私は、矛盾したことを、矛盾したまま、語っておった。気付かずに』
『「我々の魂で封印した」と「継承機構に魂が保管された」は、両立せん。どちらかが、嘘か、足りぬ』
『だが、私の中では、両方とも、確からしいものとして、長く居座っておった。今、お前に指摘されて、初めて、それが、おかしいと、分かった』
ミアが、唇を、結んでいた。
「マリウスの記憶が、何かに、いじられてる、ってことですか?」
『その可能性は、ある』
マリウスの声が、低かった。
『「継承の機構を作り出した」と、口に出るくらいには、私の中に、その記憶の断片はある。だが、何のために、いつ、どうやって組んだのか、それは、抜けている。誰がそれを抜いたのかは、分からん』
『そして、誰がそれを抜いたかが分からぬ以上、私の記憶のどこからどこまでが、信用できるかも、分からん』
フィンは、しばらく、考えていた。
「マリウス、それは、これから、思い出すこともあるんですか」
『あるかもしれぬな。生きていた頃の、私の知人の血筋に出会えば、当時の伝言や記録が残っているかもしれぬ。あるいは、自分の生前の場所に行けば、抜け落ちた場面の断片が蘇るかもしれぬ』
『今は、それが、思い出せぬ。だが、それを認めた上で、進むしかなかろう』
ミアが、小さく言った。
「マリウスも……分からないことが、ある、ですね」
『うむ。賢者などと呼ばれていたが、このざまだ』
マリウスの声に、軽い苦笑が混じった。
『しかし、フィン、そなた、良いな。話を鵜呑みにせずに、しっかり考えておる』
『そうだの、二人とも、これを覚えておいてくれ』
マリウスが、調子を、改めた。
『私の記憶を、丸呑みにするな。私が「こうだ」と語ることに、抜けや、書き換えがあるかもしれぬ。お前たち自身の頭でも、考えてほしい』
「はい」
「はい」
『私が間違っておれば、今みたいに、指摘してくれ。さっきの「なぜ継承されているんだ」のように、皆で議論することで、分かることもあろう』
「分かりました」
——
洞窟の中に、しばらく、声がなかった。
焚き火の灰が、かすかに崩れる。
ミアはペンダントを両手で包み、フィンは自分の胸の奥にある、マリウスの声の気配を感じていた。
そこにいるはずの賢者の記憶に、大きな穴がある。
その事実だけが、朝の薄い光の中で、静かに残っていた。
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