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器に灯る七つの声 〜七人の英雄を継ぐ旅は、彼らの声と歩む旅だった〜  作者: ひげくま
結びの灯

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第15話 風の手ほどき

朝霧が、まだ洞窟の口に薄く残っていた。フィンは焚き火の跡に膝をつき、火床の灰を土で覆って、その上から枯葉を散らした。手の冷たさが、土の湿りに馴染んでいく。

ミアが背後で、夜のあいだ張られていた隠蔽の術を、解いていく。光の糸が、空気に溶けるように消えていく。母から教わった、巫女の手の動きの一つだった。


『よし。これで、ここに人が居た跡は、ほとんど残らぬ』

マリウスが静かに言った。

『方角は、東だ。あの稜線の、二つ並んだ峰の、北寄りの肩を抜けよう』


「うん」

フィンは荷を担ぎ直した。先ほど朝食を食べながら教わった、痕跡消しの術をごく薄く流す。風と土の、淡い気配。立ち止まって構えるものではなく、歩きながら手元に流しておく類のものだった。


ミアが、洞窟の口を、一度だけ振り返った。

里を出てから、二人が身を寄せていた場所だった。

「行こう」

フィンが言うと、ミアは小さく頷き、首元のペンダントに、指を添えた。


——


歩き始めて、しばらくは、何も話さなかった。


獣道は、湿った腐葉土の匂いがした。木々の幹は、里の周りで見ていたものよりも、ずいぶん太い。空が、枝のあいだから、思ったより広く抜けて見える。フィンは一度、足を止めかけた。ミアも横で、息をひとつ、ついた。

それだけだった。

二人は、また足を、前に出した。


『街道は、避ける』

歩調に合わせて、マリウスが続けた。

『獣道と森の縁を辿るぞ。秘密裏に動く以上、人とすれ違うこと自体を減らしたい。痕跡消しは、流しっぱなしでよい』

「はい」

『昼は、こうして話をしながら歩く。朝と晩、休む前と起きる後に、訓練を入れる。その繰り返しで進めていく。異論はあるか?』

「ありません」

ミアの声が、フィンのすぐ後ろで、重なった。


しばらく行くと、マリウスが、調子を変えた。

『フィン、お前には、風の魔術を教える。ミア、お前には、守護の魔術を教える』

「守護、ですか」

ミアが、わずかに首を傾けた。

『うむ。実際の発動の練習は、晩にやろう。今は歩きながら、やり方を覚えてもらう』

「はい」

『守護の魔術は、守りたい対象を中心に魔力の楔を打ち込みその楔を繋ぐ陣を魔力で描く、そこに安定的な魔力を通すことで発動される』

『正確に素早く、陣を描き、魔力を通せるかがポイントとなるが、ムラのない陣を描くことが難しいのじゃ。初心者は陣を手書きで行う者もおるが戦闘ではそんなものは使えない、移動も制約されるしの』

「魔力で楔・陣を敷くというのがよくわからないのですが…」

『そうさのう、これは実際にやってみないと想像しづらいと思う、あとで実際にやってみよう』


フィンは、横目で、ミアの横顔を見た。

彼女は前を見つめて歩きながら、真剣な表情でマリウスと会話を続けている。

心配していた影はあまり残っていなそうではあるが、おそらく他の事を考えることで忘れようとしているのではと考えられる。

昔から彼女は辛いことがあると、何かに没頭することが多いのだ。

母や叔母が亡くなったときも巫女の修行に没頭することで忘れようとしていた。


——


『フィン、聞いておるか?次はそなたの番だぞ』


「え、なに?」


『何を呆けておるのじゃ、次はお前じゃぞ?いくら幼馴染の真剣な表情が美しいからといって、そんなに見惚れておったらだめじゃろうが』


「なっ、ちがっ!」


『ほれ、風の魔術の説明をするぞ』


それを聞き、ミアがフィンを見て、目が合うと真っ赤になり俯く。

お構いなしに、マリウスは説明を続ける。


『風の魔術は、自然現象を魔力で引き起こすものだ。最初に魔力をどのようなものへ変換するかを定める。その後魔術の規模、時間、速度などを定め、最後に発動させる』


「話だけだと非常に簡単に聞こえますが…」


『魔力の変換方法が基本的には秘されるものでのう、これを知らぬと元素魔術は使えぬ。さらにこれを想像通りの動作をさせるための条件指定を正確に素早く行うことが非常に難しいポイントになる』


「確かにこの魔力をどう風にしていくのかはわかりませんね…」


『これも最初は一度体験してみるのが早かろう、後でやってみよう』


——


陽が西の枝にかかる頃、開けた場所に出た。倒木が一本、苔をまとって横たわっている。マリウスが、ここでよかろう、と言った。

荷を下ろし、水を一口含む。フィンは、息を整えた。


『本日はここで休もう。だがその前に、フィン、立て』

内側の声が、少しだけ低くなった。

『先ほど説明した魔術の実施を行うぞ、開けた方へ行ってまず構えよ』


フィンは倒木の方を向いて構えた。


「これでいいかな?」

『うむ、それでは、まず手の方へ魔力を流していけ、以前魔力の操作はできておったからの、そこまではできよう』


フィンは言われるがままに、手に魔力を集中させていく。

『それでは、実際の魔力変換から発動までを、一度わしの方で行ってみる、体を借りるぞ』


急に集約した魔力が違う力に変わっていく不思議な感覚が伝わる。

そのまま、小さな風の刃が倒木へ飛んで行った。


「・・・・」

『これが風の魔術じゃ、変換方法は分かったな?今回そなたの魂との融合を防ぐために、弱めの魔力量での発動だったが、あとはこの変換をもとに、訓練をしていけばよい、一度自分で試してみよ』


もう一度手に魔力を集め、先ほど同様に変換を始める。風が手のひらの前に渦巻き始める。

が、そのまま風の渦はボンという音とともに破裂して終わった。


「あれ、、」


『はっはっはっ、なかなか難しいであろう?変換までは上手くできておったぞ。出力方法の定義に失敗したようだの。訓練あるのみじゃ』

『日ごろからちょっとした魔術を使うのを意識しておけばすぐ上達するぞ。日頃から、体の周囲に風を這わすのじゃな、体の暑さを防げて便利じゃし、いい訓練になるぞ』


「わかった、やってみるよ」


——


『うむ、次はミアじゃな。ミアは属性魔法とは違って、楔と陣を魔力で作り出すのが最初の難関じゃの』

『継承者じゃないミアにはフィンと同じ方法は使えないが、フィン経由で、魔力操作を伝えよう。ミア、空き地に立って両手を平行に突き出してくれ。フィンはミアの後ろに立って手を重ねてくれ』


「「えっ…?」」


『だから、ミアが両手を突き出して立って、その後ろにフィンが立ち両手を重ねるのじゃ、フィンを通して、魔力をミアに流し楔の打ち方、陣の書き方を伝える』


フィンがミアを抱えるように、抱きかかえることになるため、一瞬躊躇したが二人は言われるとおりの体勢を取る。

密着した体勢とミアのいい匂いに、フィンは体が熱くなるのを感じた。

ふとミアを見ると、うなじから耳が真っ赤になっている。


『では、魔力を流すぞ。まず楔を作り、その後陣を作り出す。最後に安定的に魔力を通す』


フィンを通して魔力がミアに通り、そして、陣が形成され、術がミアを中心に発動した。


『これが守護の魔術じゃ、今回も軽く張っただけじゃから、今後精度・強度・速度を自分で磨いていくのじゃ。一度自分でやってごらん』


「はい」

フィンの魔力が通って行った感触にドキドキしながらミアは答えた。


ゆっくりと魔力を集中し、その後楔を置いていく。さらにそれを繋ぐように陣を描き、魔力を通す。

無事に術は発動したが、しばらく明滅するとすぐに消えてしまった。


「あ、、」


『うむ、陣の一部にムラがあったの。しかし、一度で成功させるとはミアは筋がよいの、今後が楽しみじゃ』


「ありがとうございます」


『さて、本日はここまでにしておこうかの。夕食にして、早く休もう、また明日も早いぞ。しかし・・・・』


「どうしたの、マリウス?」


『今日のフィンは役得じゃったの』


「マリウス!!」

たまらずフィンは叫んだ、ミアは真っ赤になる。

マリウスは二人の反応が楽しくてしょうがないようだ。


——


それから、数日が、過ぎた。


朝、火床を埋め、歩き出す。歩きながら、マリウスが、風の応用を少しずつ足していく。また、違う属性の変換方法も教える。ミアには、守護魔術の張り直し、保ちながら歩く技、解いて畳む手順を、繰り返し教える。

朝と夜の訓練に加え、移動中も魔術を利用し技を磨き続けてきた。


その繰り返しのなかで、フィンの風の魔術は、かなりの強度・速度で打ち出せるようになった。ミアの守護の魔術も、安定的に発動できるようになってきている。まだ実戦には足りないが、それでも、昨日よりは、確かに、体が覚えていく。

歩く距離も、伸びた。彼女が黙って前を向いて歩いている時間が、日に日に長くなった。


——


数日目の夕方、丘の上に出た。


木々が一度、低くなり、東の空が、ぐっと開けた。山の稜線が、遠く、薄い橙に染まっている。雲は、ほとんど無かった。

『あと、数日だな』

マリウスが、短く言った。


二人は、また、歩き始めた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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感想もいただけましたら嬉しいです。

次回もよろしくお願いいたします。

※本作は「カクヨム」にも掲載しています。

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