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第2話 料理ジャンル民まで俺を取り合わないでほしい



 新作を投稿してから十五分。


 白瀬冬真は、自分が少し軽率だったのではないかと後悔し始めていた。


「いや……こんなに来るとは思わないだろ」


 ノートパソコンの画面には、今朝投稿したばかりの新作が表示されている。


『王都の路地裏食堂で四十六年、毎日同じ鍋を振っていただけの俺』


 投稿したのは、ほんの少し前だ。


 まだ一話目しかない。


 文字数も五千字程度。


 それなのに、アクセス解析の数字だけが恐ろしい勢いで増えていた。


 更新する。


 増える。


 もう一度更新する。


 また増える。


「……壊れてないよな、これ」


 冬真は念のためブラウザを閉じ、再び開いた。


 数字はさらに増えていた。


 壊れていないらしい。


 もっと悪かった。


 理由は分かっている。


 大型匿名掲示板である。


 例のスレッドでは、新作発見から数分も経たないうちに、すでに料理ジャンルへの大移動が始まっていた。


『新作読んできた』


『早すぎだろ』


『投稿十二分だぞ』


『白瀬冬真の新ジャンル開拓をリアルタイムで見られる機会なんてそうそうないからな』


『珍獣観察みたいに言うな』


『で、面白い?』


『腹減った』


『感想になってねえ』


『いや本当にそれしか言えん。朝市で野菜買う場面が妙に長いのに、読んでるとスープ飲みたくなる』


『俺も読んだけど、主人公が玉ねぎの値段で三軒の店を回ってるだけの場面がなぜか面白かった』


『相変わらず生活部分だけ異常に細かいな、この作者』


 冬真は画面を眺めながら、少しだけ安心した。


 内容そのものは受け入れられているらしい。


 派手な物語ではない。


 少なくとも、今朝書いた範囲では。


 王都の外れにある小さな食堂。


 朝になれば市場へ行き、その日に安い食材を選ぶ。


 昼になれば労働者たちがやってくる。


 夕方には余った材料で翌日の仕込みをする。


 そんな日常が中心だった。


 向こうの世界で四十六年を過ごした冬真にとっては、何でもない日々だ。


 だが読者にとっては、むしろそこが面白いらしい。


『料理ジャンル民だが聞きたい』


『どうぞ』


『お前ら、どこから来た?』


『ハイファン』


『SF』


『ホラー』


『異世界恋愛です』


『推理』


『純文学』


『なんで料理ジャンルの新着コメント欄に全ジャンル民が集合してるんだよ』


『作者が悪い』


「俺のせいなのか……?」


 冬真は思わず呟いた。


 どう考えても、勝手に移動してきた読者たちの方に責任がある。


 とはいえ、作者ページから別作品へ移動できる以上、止める手段もない。


 そのうち、書き込みの流れが少し変わった。


『ところで料理民、この作者どう?』


『まだ一話だから判断できん。ただ料理ものとしてはかなり好き』


『ほう』


『調理法を延々説明するタイプじゃなくて、店を回す生活そのものを書いてる感じ。仕入れとか、常連ごとに飯の量変えたりとか、そういうところが細かい』


『よし』


『何がよしなんだ』


『料理ジャンルでも戦えるな』


『お前は作者のマネージャーか何かなのか』


『全ジャンル制覇を見届けたいだけ』


『本人はそんなこと一言も言ってないぞ』


 冬真は大きく頷いた。


「そうだぞ」


 ランキングを制覇したいわけではない。


 そもそも昨日まで、そんなことを考えたことすらなかった。


 作品を書く理由は単純だ。


 覚えている人生を残しておきたい。


 それだけだった。


 けれど、掲示板の住民たちは完全に別の遊びを始めている。


『現在の白瀬冬真未確認ジャンル一覧』


『やめろ』


『童話』


『詩』


『スポーツ』


『VRゲーム』


『エッセイ』


『その他』


『まだ結構残ってるな』


『全部埋まったら何が起こるんだ』


『知らん』


『称号もらえる』


『誰からだよ』


『運営』


『運営も困るだろ』


 冬真は苦笑しながら、コーヒーを飲んだ。


 完全に面白がられている。


 だが、不快ではなかった。


 自分の作品を馬鹿にされているわけではない。


 むしろ、これをきっかけに普段読まないジャンルまで読みに行く人が増えているようだった。


 実際、新作の感想欄には、見慣れない読者名が並び始めていた。


『ハイファンから来ました。料理もの普段読まないけど面白かったです』


『SFから。早く宇宙船直してください。でもこっちも読みます』


『異世界恋愛の更新を待ちながら来ました。食堂のおばちゃん好きです』


「みんな、ちゃんと元の作品の更新も催促していくんだな……」


 一つひとつ返事をする時間はない。


 それでも冬真は、いくつかの感想に返信した。


 ありがとう。


 読んでくれて嬉しい。


 続きも書きます。


 無難な内容である。


 本当なら、


 ――続きは書きたいのですが、次にあの世界へ行ける日が分かりません。


 と書きたかった。


 さすがにやめた。


 読者から見れば意味が分からない。


 十六作品も抱えている作者が「続きをいつ書けるか分からない」などと言い始めれば、計画性を疑われるだけだ。


 もっとも、すでに疑われている可能性は高かった。


『作者返信きたぞ』


『普通だ』


『当たり前だろ』


『もっとこう、狂人っぽい返事期待してた』


『十六ジャンル書いてるからって本人まで狂人扱いするな』


『でも投稿ペースおかしくない?』


『それは思う』


 冬真の手が止まった。


『この作者、更新の波が極端なんだよな』


『ハイファン三日連続更新したと思ったら一か月止まるし、その間にホラー五話進んだりする』


『SFなんて去年一週間で十話くらい更新したあと二か月消えたぞ』


『複数人説あるんじゃない?』


『またその話か』


『作家集団で一つの名義使ってる説』


『でも本人、昔の配信で一人って言ってなかった?』


『言ってた』


『じゃあ多重人格』


『診断するな』


 冬真は静かにブラウザを閉じた。


「……説明できないんだから仕方ないだろ」


 更新速度が安定しないのは、冬真自身にもどうしようもない。


 眠った先でどんな人生を送るのか選べない。


 昨日まで料理人だったから、料理小説を書ける。


 今夜もう一度同じ世界へ行ければ、その続きを書ける。


 しかし、剣士になるかもしれない。


 宇宙船の機関士になるかもしれない。


 あるいは、何の事件も起こらない地方都市で会社員として四十年働くかもしれない。


 その場合は、それを書く。


 冬真はそうやってきた。


 投稿サイトの都合へ夢の方を合わせることなどできない。


 それから二時間ほど、冬真は新作を書き続けた。


 料理人として生きた記憶はまだ鮮明だった。


 初めて店を持った日のこと。


 客が一人も来なかった初日。


 近所の石工が、店を閉める直前に駆け込んできたこと。


 その男が三十年以上常連になること。


 書こうと思えば、いくらでも書ける。


 気づけば昼を過ぎていた。


 そこで再びスマートフォンが震えた。


「今度はなんだ……」


 サイトからのお知らせだった。


 料理ジャンル。


 日間ランキング。


 十四位。


「早くないか?」


 投稿から数時間である。


 冬真は思わず二度見した。


 掲示板を開く。


 案の定、祭りになっていた。


『十四位www』


『料理民防衛失敗』


『まだ一話だぞ!』


『白瀬冬真が侵攻してきた』


『侵攻じゃない。本人は店開いただけだ』


『路地裏食堂がランキングを登ってくるの怖すぎる』


『お前ら他ジャンル民が読みに来たせいだろ!』


『でも料理民も普通に評価入れ始めてるぞ』


『ちくしょう、面白いから仕方ねえ』


 冬真は口元を緩めた。


 なんだかんだ言いながら読んでくれている。


 それなら十分だった。


 ところが、その直後。


 別の書き込みが流れた。


『問題発生』


『今度は何』


『異世界恋愛民が暴れてる』


「え?」


 冬真は嫌な予感を覚えた。


『新作の感想欄見ろ』


 言われるまま確認する。


 上の方に、新しい感想があった。


『食堂も面白いです。でも王女と護衛の続きが一か月止まっています。作者様は王女を放置して料理を始めてしまったのでしょうか』


「言い方」


 冬真は額を押さえた。


 さらに続く。


『王女、今ちょうど国を捨てたところですよね?』


『護衛が追いかけるところで終わってますよね?』


『そこから一か月料理してる場合ですか?』


「俺だって続き気になってるよ」


 書いた本人なのに。


 正確には、まだ経験していない。


 あの人生では、王女が国を出たところまでしか冬真の記憶にない。


 次に同じ世界へ行かなければ、その先は分からない。


『恋愛民落ち着け』


『お前ら昨日まで作者をSF民に取られたって騒いでただろ』


『今回は料理民に取られています』


『作者は共有資源じゃありません』


『では更新日を公平に分配してください』


『作者に言え』


『もう言ってる』


 冬真はしばらく考えた。


 そして自分の活動報告ページを開いた。


 何も説明しないままだと、さすがに読者たちも不安になるかもしれない。


 少しだけ言葉を選び、短い文章を書いた。


『いつも読んでいただきありがとうございます。更新が止まっている作品も忘れてはいません。書けるものから順番に書いていますので、気長に待っていただければ嬉しいです』


 投稿。


 数分後。


『活動報告きた』


『作者からのお言葉だぞ』


『書けるものから書くとのこと』


『つまり順番はない』


『知ってた』


『我々は待つしかない』


『異世界恋愛民、解散』


『解散しません』


『強い』


 冬真は笑ってしまった。


 少なくとも、怒っているわけではなさそうだ。


 読者たちも、この不規則な更新を含めて楽しみ始めている。


 それから午後。


 料理小説は十四位から九位へ上がった。


 夕方には六位。


 夜七時を過ぎた頃には、料理ジャンルの日間三位まで来ていた。


「……本当に上がってる」


 冬真自身が一番驚いていた。


 掲示板では、実況スレッドまで立っている。


『【実況】白瀬冬真の食堂が料理ジャンル一位になるまで見守るスレ』


「勝手に一位になる前提にするなよ」


 もっとも、気になってしまう。


 冬真も何度かランキングを更新していた。


 午後九時。


 二位。


「…………」


 ここまで来ると、少し期待する。


 別にランキングを狙っているわけではない。


 狙ってはいないが。


 一位と二位では、やはり違う。


 冬真は少し落ち着かなくなり、意味もなく部屋を片付け始めた。


 十分後。


 また見る。


 二位。


 三十分後。


 二位。


「別に気にしてないからな」


 誰もいない部屋へ言い訳した。


 さらに一時間後。


 日付が変わる少し前。


 ランキングが更新された。


 料理ジャンル。


 一位。


『王都の路地裏食堂で四十六年、毎日同じ鍋を振っていただけの俺』


 作者――白瀬冬真。


 冬真はしばらく画面を見つめた。


 そして、静かにスクリーンショットを撮った。


「……まあ、記念だからな」


 今朝から二枚目だった。


 掲示板は当然、大騒ぎになっている。


『陥落』


『料理ジャンル陥落しました』


『言い方やめろw』


『一日かからなかったぞ』


『白瀬冬真、料理一位』


『また一個増えた』


『現在ジャンル一位、ハイファン、ローファン、SF、ホラー、料理』


『もう作者ページが領土みたいになってきた』


『次どこだ』


『知らん』


『作者本人も知らなそう』


 それだけは正しい。


 冬真は時計を見た。


 もう午前零時を過ぎている。


 今日は朝から書き続けたため、さすがに眠かった。


 歯を磨き、布団へ入る。


「次も料理なら、二話目すぐ書けるんだけどな」


 そんな都合のいいことは、ほとんどない。


 冬真は目を閉じた。


 眠気はすぐにやってきた。


 そして――。


 次に冬真が意識を取り戻したとき。


 目の前には、泥だらけの少年たちが並んでいた。


 全員が同じ服を着ている。


 白いシャツ。


 泥まみれのズボン。


 手には革製のグローブ。


 遠くから、歓声が聞こえていた。


「監督!」


 少年の一人が、泣きそうな顔で冬真へ駆け寄ってくる。


「九回裏です。二点差。ツーアウト満塁です。ここで逆転しないと、俺たちの夏が終わります」


 冬真はゆっくり周囲を見回した。


 野球場。


 ベンチ。


 スコアボード。


 そして、自分の手には選手名の書かれた小さなノートが握られている。


 どうやら。


 今度は食堂ではないらしい。


 こちらの世界で翌朝を迎えた頃。


 大型匿名掲示板では、まだ料理ジャンル一位の話題で盛り上がっていた。


『ところで未確認ジャンル一覧にスポーツあったよな』


『あるけど』


『さすがにスポーツは無理だろ』


『この作者、運動もの書いたことないし』


『そうだな』


『次はたぶん恋愛の続きだろ』


『頼むからそうであってくれ』


 その会話を。


 眠っている冬真は、当然知らなかった。


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