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第10話 全ジャンルの読者から「次はうちを更新しろ」と言われても困る



 白瀬冬真は朝から、自分の作者ページを開いたまま固まっていた。


 昨日までなら、ランキングに自分の名前が並んでいることそのものに驚いていたと思う。


 けれど今は違う。


 ランキングの数字より、作品一覧の横に並ぶ「連載中」という文字の方がずっと怖かった。


 ハイファンタジー。


 異世界恋愛。


 宇宙SF。


 推理。


 ホラー。


 料理。


 スポーツ。


 VRゲーム。


 童話。


 さらに、すぐ続きを書けるほど最近の記憶が残っている作品まで含めれば、待たせている読者はかなりの数になる。


「……これ、全部俺が書くんだよな」


 当然である。


 作者なのだから。


 しかし問題は、書きたくないのではない。


 書けないものがあることだった。


 冬真はまず、ハイファンタジー作品を開いた。


『勇者が死んだあと、荷物持ちだった俺だけが魔王城に残った』


 最新話。


 魔王城地下。


 長い間閉ざされていた封印扉。


 その扉が、ようやく開いた。


 そこで終わっている。


 感想欄には、当然のように続きを求める声が並んでいた。


『扉の向こう何があるんですか!』


『ここで止めるのは犯罪では?』


『勇者が死んだ理由もまだ全部分かってないので更新お願いします』


『料理を書いている場合ではありません』


「料理民に怒られるぞ、その言い方」


 冬真は苦笑しながらページを閉じた。


 続きを知らない。


 あの扉の向こうへ、自分はまだ入っていないからだ。


 いや、正確には、この世界の冬真が覚えている人生はそこで途切れている。


 その後があるのか。


 もう一度同じ世界へ戻るのか。


 それすら自分では決められない。


 適当に続きを作ればいいのではないか。


 普通の小説家なら、そうするだろう。


 けれど冬真には、それがどうしてもできなかった。


 自分にとって、あれは作品である前に記憶だった。


 実際に歩いた廊下。


 実際に背負った荷物。


 実際に言葉を交わした仲間。


 そこから先を、自分の都合だけで作り替えることに強い抵抗がある。


「知らないところを勝手に書いたら、なんか違うんだよな」


 冬真は次の作品を開いた。


『婚約破棄された王女の護衛だった俺は、彼女が国を捨てるまで何も知らなかった』


 こちらはさらに悪い。


 王女が国を出た。


 護衛だった主人公は、その事実を知った。


 そして追いかける決意をしたところで終わっている。


 感想欄。


『追え!』


『早く追え!!』


『今すぐ馬に乗れ!!!』


『作者、野球部の監督してる場合じゃないです』


『料理もしてる場合じゃない』


『ウサギにもなってる場合じゃない』


「最後は俺の意思じゃないんだけどな……」


 しかも冬真自身も、その後が気になっていた。


 あのとき。


 追いつけたのか。


 王女は何を思っていたのか。


 護衛だった自分は、最後に何を選んだのか。


 思い出したくても、今の自分にある記憶はそこまでだ。


 次。


 宇宙SF。


『廃星を拾った整備士、千年戦争の最後の艦長になる』


 最新話。


 機関室が燃えている。


「これが一番まずいな」


 冬真は画面を見ながら顔をしかめた。


 戦闘中。


 冷却系統に異常。


 警報。


 煙。


 若い整備員が取り残されかけている。


 主人公が工具を持って機関室へ駆け込んだところで、こちらの世界へ戻ってきた。


 読者からすれば、とんでもないところで数週間放置されている。


『まだ燃えてます』


『そろそろ船なくなりません?』


『作中時間では数秒だとしても読者時間では長いです』


『整備士を返してください』


『作者は今ウサギです』


『知ってる。だから困ってる』


「俺も困ってるよ」


 画面へ返事をしてから、冬真は次へ進んだ。


 推理。


『雨の降らない街で、七人目の死者だけが傘を差していた』


 七人の関係者が一室へ集められた。


 主人公は全員へ、


『ここから一人ずつ話を聞きます』


 と告げた。


 そこで終わっている。


『犯人誰』


『七人全員怪しい』


『作者だけ答え知ってるのずるくない?』


「俺もまだ知らないんだよ」


 次。


 ホラー。


『午前三時、鏡の中の俺だけが眠っている』


 押入れの中から。


 自分と同じ声で。


 名前を呼ばれた。


 そこで止まっている。


『開けろ』


『開けるな』


『どっちだよ』


『開けたら死ぬ気がする』


『でも開けないと続かない』


『作者が開けろ』


「だから俺に言われても……」


 料理。


『王都の路地裏食堂で四十六年、毎日同じ鍋を振っていただけの俺』


 こちらは大事件ではない。


 常連のマルダおばちゃんの誕生日が翌日に迫っている。


 ただし。


 それが逆に厄介だった。


『マルダさんの誕生日はいつ来るんですか』


『読者時間では三週間待っています』


『作中では一晩です』


『分かってるけど待ってる側は長いんだよ』


『今年中に六十八歳にしてください』


「年末みたいに言うなよ」


 スポーツ作品。


『弱小野球部の監督になって十五年、甲子園には一度しか行けませんでした』


 新入生が入ってきたところで止まっている。


 VR作品は大型アップデート直後に重大な不具合。


 童話では、飛べない竜の次の話を子供が待っている。


 どこを開いても。


 待っている。


 冬真は作者ページへ戻り、しばらく作品一覧を眺めた。


「……全ジャンル上位って、こういうことか」


 読者が増える。


 それは嬉しい。


 作品を読んでもらえる。


 過去作まで見つけてもらえる。


 それも嬉しい。


 しかし当然。


 読者が増えれば、続きを待つ人も増える。


 しかも冬真の場合。


 一作品ではない。


 ほぼ全ジャンル。


「普通、一人でこんなに連載抱えないよな」


 今さら気づいた。


 投稿するときは、それぞれの人生を忘れないために書いていただけだった。


 連載数を管理するという発想が、ほとんどなかった。


 書ける記憶がある。


 だから書く。


 終わるところまで覚えていれば完結させる。


 途中でこちらへ戻ってきたなら、そこまで投稿する。


 冬真にとっては、それで自然だった。


 しかし。


 読者から見れば。


 ただの多作作家である。


 しかも更新順が全く読めない。


 冬真は大型匿名掲示板を開いた。


 昨日立ったばかりのスレッド。


『【速報】ノベルスフィアの全ジャンル上位に、なぜか全部白瀬冬真の名前がある』


 すでに新しい話題へ移っていた。


『そろそろ決めよう』


『何を』


『次にどれ更新させるか』


『作者に決定権ないの?』


『あるだろ普通』


『白瀬冬真に普通を求めるな』


『ハイファン』


『異世界恋愛』


『SF』


『推理』


『ホラー』


『料理』


『スポーツ』


『VR』


『童話』


『全部出てるじゃねえか』


『では会議を始めます』


 冬真は眉をひそめた。


「何の会議だよ」


 すぐ下。


『第一回・白瀬冬真更新要求会議』


『議長誰』


『俺』


『何ジャンル民?』


『推理』


『解散』


『なぜ』


『議長権限で推理優先するだろ』


『では公平な人間を』


『全作品読んでます』


『一番危険なやつ来た』


 冬真はコーヒーを飲みながら眺めた。


 どうやら。


 本気で決めるつもりはないらしい。


 当然だ。


 掲示板で決めたところで、冬真には関係ない。


 それでも。


 それぞれの読者が。


 自分の作品を。


 どれだけ待っているか。


 主張し始めた。


『ハイファン代表です。封印扉が開いたままです』


『異世界恋愛代表です。王女が国外逃亡中です』


『SF代表です。機関室が燃えています』


『推理代表です。容疑者七人が無言で座っています』


『ホラー代表です。押入れから本人の声がしています』


『料理代表です。マルダおばちゃんの誕生日が来ません』


『スポーツ代表です。新入生が入部したまま放置されています』


『VR代表です。大型アップデートがバグっています』


『童話代表です。八歳児が続き待っています』


『全部緊急案件に見えてきた』


『料理だけ平和だろ』


『誕生日は重要だぞ』


『八歳児待たせる方がまずい』


『機関室燃えてるのに誕生日優先するな』


『作中時間では燃え始めて数秒です』


『それ何回言うんだよ』


 冬真は声を出して笑った。


「俺も一応、全部気になってるんだけどな」


 特にSF。


 機関室。


 あれは本当にどうにかしたい。


 ただし。


 眠る世界は。


 選べない。


 ならば。


 できることをするしかない。


 冬真は作品一覧をもう一度確認した。


 今すぐ続きを書けるもの。


 ある。


 童話。


 あの人生は最近経験したばかりで、飛べない竜の話は一つだけではなかった。


 孫娘リーナへ何度も続きを話している。


 全部。


 まだ投稿していない。


「……これ、在庫ってことになるのか?」


 冬真は初めて。


 普通の連載作家らしい考え方をした。


 書けるものを。


 一度に全部投稿する必要はない。


 何話か書いて。


 残しておく。


 更新する。


 その間に。


 別の世界へ戻れれば。


 そちらも書ける。


「今まで思い出した順に全部出してたからな……」


 冬真は童話作品を開いた。


 飛べない竜。


 橋を作ったあと。


 その続き。


 今度は。


 火を吐けない竜が。


 冬の村で。


 役に立てないと思い込む話。


 でも。


 竜の大きな身体なら。


 吹雪の中で。


 子供たちを風から守れる。


 何もできないわけではない。


 冬真は書き始めた。


 午前中。


 一話。


 昼過ぎ。


 もう一話。


 そのうち。


 一話だけ投稿。


 残りは。


 下書き。


「……こういうことか」


 少し。


 感動した。


 更新分を。


 持っておく。


 普通の作家にとっては。


 当たり前なのかもしれない。


 冬真にとっては。


 新しい発見だった。


 掲示板。


『童話更新』


『え』


『会議中なんですけど』


『議決前に作者が動いた』


『作者本人に会議参加権ないからな』


『一番あるだろ』


『八歳児救済』


『ありがとうございます』


『いつから童話代表になったんだよ』


『今』


 冬真は笑った。


 さらに。


 旅エッセイ。


 まだ書いていない記録が大量にある。


 七十六歳まで。


 旅をした。


 三話程度で。


 終わるはずがない。


 こちらも。


 何話か書いた。


 詩。


 父のノート。


 まだ。


 投稿していない言葉が。


 たくさんある。


 全部を。


 一気に。


 出す必要はない。


 一つずつ。


 丁寧に。


 残せばいい。


 冬真は。


 その日のうちに。


 更新できる三作品へ。


 少しずつ。


 続きを用意した。


 夜。


 掲示板。


『今日の更新』


『童話』


『エッセイ』


『詩』


『以上』


『長編民全滅』


『短い方から処理したな』


『作者、仕事できる人みたいな動きしてる』


『在庫あったんじゃない?』


『白瀬冬真に更新在庫という概念が生まれた可能性』


『成長を見守るスレになってる』


「失礼だな」


 でも。


 当たっている。


 冬真は。


 少しだけ。


 更新の仕方を。


 覚えた。


 そこで。


 自分でも。


 活動報告を書いておくことにした。


 読者が増えた。


 更新を待っている人も。


 増えた。


 なら。


 何も言わないより。


 少し説明した方がいい。


 ただし。


 本当の事情は。


 言えない。


 冬真は何度か文章を直した。


『たくさん読んでいただきありがとうございます。どの作品も続きを書く予定です。ただ、更新順は現時点では決めていません。書ける作品から順番に進めますので、もう少しお待ちください』


 読み返す。


「これならいいか」


 投稿。


 数分後。


 掲示板。


『活動報告来た』


『何て?』


『全部続き書くって』


『助かる』


『更新順未定』


『なぜ』


『書けるものから』


『つまり気分?』


『作者の気分で世界情勢が変わる』


『機関室燃えてても気分待ち』


『王女逃亡してても気分待ち』


『犯人も気分待ち』


『マルダおばちゃんも気分待ち』


『言い方がひどい』


 冬真は。


 少し悩んだ。


「気分じゃないんだけどな……」


 だからといって。


『眠ったときにどの人生へ行くか分からないので、更新順も分かりません』


 とは書けない。


 仕方がない。


 気分で更新する人ということに。


 当分。


 なっておくしかない。


 すると。


 掲示板で。


 また。


 新しいスレッドが立った。


『【全ジャンル上位】白瀬冬真更新要求総合スレ』


 冬真は。


 タイトルを見た瞬間。


「専用になったの?」


 と呟いた。


 開く。


『各ジャンル民はこちらへ』


『何の隔離スレだよ』


『毎回本スレが更新要求で埋まるから』


『なるほど』


『では第一回国際会議を始めます』


『いつから国家になった』


『ハイファン王国』


『SF連邦』


『異世界恋愛公国』


『料理共和国』


『勝手に国作るな』


『童話は?』


『竜の国』


『強そう』


 さらに。


 議題。


『次に更新される作品を予想する』


 冬真は。


 少し。


 興味を持った。


 どの作品を。


 読者が。


 予想するのか。


『本命ハイファン』


『理由は長く止まってるから』


『異世界恋愛』


『そろそろ王女追いかけろ』


『SF』


『機関室』


『推理』


『犯人』


『ホラー』


『押入れ』


『料理』


『マルダ』


『全部理由が単語になってる』


『その他』


『ウサギまた来い』


『マルに一票』


『作品名で言え』


『マル』


『強い意志を感じる』


 冬真は。


 声を出して笑った。


 予想。


 自分も。


 参加したいくらいだった。


「俺も知りたいよ。次どこ行くんだろ」


 もし。


 自分で一票入れるなら。


 SF。


 機関室を。


 何とかしたい。


 もしくは。


 異世界恋愛。


 王女。


 気になる。


 推理も。


 犯人を知りたい。


 考えているうちに。


 結局。


 全部になった。


「……選べないな」


 夜。


 冬真は。


 いつもより。


 少し早めに。


 布団へ入った。


 掲示板では。


 まだ。


 予想が続いている。


『ハイファン38票』


『異世界恋愛31』


『SF29』


『推理22』


『料理14』


『ホラー12』


『スポーツ9』


『VR8』


『その他3』


『その他誰だよ』


『俺』


『マル』


『もう分かったよ』


 冬真は。


 スマートフォンを置いた。


「できれば、誰か当たるといいな」


 目を閉じる。


 眠りが。


 ゆっくり。


 近づいてくる。


 そして――。


 次に。


 冬真が意識を取り戻した瞬間。


 熱気が。


 顔へ。


 叩きつけてきた。


「主任!」


 怒鳴り声。


 警報。


 赤い照明。


 床を震わせる。


 低い振動。


 鼻に入る。


 焦げた配線と。


 金属の匂い。


 冬真は。


 反射的に。


 口元を腕で覆った。


 目の前。


 火。


 機関室。


 そして。


 数メートル先。


 若い整備員が。


 工具箱を抱えたまま。


 こちらを見ている。


「冷却管が破裂しました! 第二系統も圧が落ちてます!」


 その声を。


 聞いた瞬間。


 冬真の中へ。


 記憶が。


 一気に。


 戻ってきた。


 輸送艦イーリス


 追撃戦。


 損傷。


 冷却系統。


 機関室火災。


 前回。


 ここで。


 終わった。


 冬真は。


 一瞬だけ。


 目を閉じた。


「……戻った」


「主任?」


「いや、何でもない。リック、消火剤を正面から撒くな。火を消しても冷却管が死んだままなら、次は炉そのものが焼ける。先に補助系統を生かすぞ」


 若い整備員――リックが。


 すぐに。


 動いた。


「でも補助系統は、前の戦闘で死んでます!」


「完全には死んでない。十五秒だけなら動く」


「十五秒?」


「それだけあれば十分だ」


 冬真は。


 工具箱を。


 開いた。


 その瞬間。


 こちらの世界。


 大型匿名掲示板。


『予想締め切る?』


『もう締めよう』


『結果は作者の次回更新まで不明』


『本命ハイファン』


『異世界恋愛も強い』


『SF29票』


『機関室派、祈れ』


『そろそろ消火してくれ』


 その願いが。


 翌朝。


 ようやく。


 叶うことになる。


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