合わない数字
帳簿の照合は、監査院の文書室で、三日がかりの仕事になった。
北向きの窓から入る光は、紙の検めにはちょうどよかった。古い紙と、新しい紙。嘘の書類と、正直な帳簿。その全部が、同じ机の上で、同じ光を浴びることになる。
長い机の上に、ベルモント家の家計帳簿と、私の三冊の綴りの写しを並べる。主席監査官オルトは、私を「記録の作成者」として、照合の立会いに指名した。数字の検めは監査院の会計官が担い、私は日付と書類の対応を、一件ずつ指し示していく。
(一冊の帳簿と、三冊の綴り。どちらも、この数年、あの家を挟んで別々に付けられてきた記録だった。それを、こうして並べて読む日が来るとは)
私のやり方は、いつも同じである。まず、書類の名前を見ずに、日付だけを抜き書きする。一昨年の春の相談。様式の公布。借入の「作成日」。実際の入金日。火災の届出。――日付だけを並べれば、物語は勝手に姿を現す。王都へ来る馬車の中で作った時系列の覚書と、同じ方法だった。
最初の綻びは、入金の日付だった。
「この改修費の借入。契約書の日付は、一昨年の三月です。しかし帳簿では、貸し手の商会からの入金は、五月の末に記録されている」
「書類の上では三月に借りた金が、実際に家に入ったのは五月だった。……日付を遡らせた証拠が、金額の動きの方にも残っていた、ということです」
「そのとおりです。金の動きは、嘘をつけませんから」
念のため、私は自分の綴りの写しを開いた。一昨年の借入の写しの左上には、新様式の番号がある。様式の公布は、その年の九月である。三月の日付の書類に、九月の様式。書類の側の嘘と、帳簿の側の真実が、一つの日付を挟んで向き合っていた。
次の綻びは、使途だった。一昨年の借入は、屋敷の改修費として、銀貨一万二千。だが帳簿の支出の頁を辿っても、改修に使われた形跡は、四千に満たない。残りの行き先を、会計官が指でなぞった。
「同月。ここです。『前回借入、元利返済』。……新しい借金の大半が、前の借金の返済に、そのまま消えている」
「借金を返すために、借金をした。そのたびに日付を偽り、家がまだ健在であるように見せかけた。――少なくとも四件。私の綴りにある契約と、全部、対応します」
四件の借入。四つの印。数字の列は、主張も弁解もなく、ただ静かに同じ物語を語っていた。家が傾くたび、執事長が箱を開け、誰かが日付を遡らせ、跡取りは読まなかった。その繰り返しの総和が、この机の上にあった。
そして今年の、抵当の一件である。契約書の日付は、穀物倉庫の火災の届出より、前になっている。だが帳簿の入金は、火災の翌月だった。焼けた倉庫を、焼ける前に抵当に入れたことにしなければ、辻褄が合わない。――帳簿の日付が、その辻褄の嘘を、静かに崩していた。
(数字に、私怨はない。恨みも、同情もない。あるのは、合うか、合わないか。それだけだ)
二日目には、細かな綻びも拾い上げた。贈与の契約なのに、贈与税の記録がない一件。雇用契約の日付と、給金の支払い開始月が、半年ずれている一件。一つ一つは小さくても、日付の並びの中で見れば、すべて同じ方向を向いていた。
会計官が、検めた頁に小さな付箋を貼りながら言った。
「一つ一つのずれは、小さい。ですが、ずれの向きが、全部同じなんです。作成日だけが、決まって過去へ寄っている。偶然では、こうは揃いません」
「ええ。意図というのは、数字の並びの中に、こういうふうに残ります」
そして三日目の午後、決定的な一行が見つかった。帳簿の、備品費の頁である。
『公証人道具一式、形見分け代として』
金額と、日付が記されていた。クランツの日誌にあった、印の入手の日付と、一日も違わない。会計官が、静かに息を吐いた。
「帳簿と、日誌と、印。三つの記録が、同じ日を指しています。これで、金の流れの側からも、繋がりましたね」
(皮肉な話だ。偽りの書類を作ってきた家が、自分の帳簿には、本当のことを書いていた。帳簿だけは、嘘をつかなかったのだ)
「帳簿を付けた人は、最後のところでは、正直だったのですね」
「……記録とは、そういうものかもしれません。付ける者の、逃げ場であり、良心でもある」
会計官の言葉に、私はクランツの日誌を思った。あの家で記録を付けていた人々は、皆、どこかで本当のことを書かずにはいられなかったのだ。
夕方、私は照合報告書の末尾に、立会人として署名した。日付と対応関係に、相違なし。私の名前が、この一件の記録の連なりの、最後に置かれる。
「ご苦労だった、アーレン。これで、本件の実態は、ほぼ確定したと言っていい」
オルトは報告書を閉じ、それから、少しだけ声の調子を変えた。
「最終の判断は、私の一存では下さん。裁定は、公開の席で行う。日取りは追って知らせるが、その席では、記録のあり方そのものも、問われることになるだろう。――証人として、同席を求めることがある」
「分かりました。呼ばれる日まで、私は領で仕事を続けます」
(終わった。私の証言も、照合も。残るのは、公開の席での、最後の判断だけだ)
文書室を出る前に、私は照合報告書の写しを、刺繍の書類袋にしまった。水車の刺繍の下に、今度は王都の記録が入る。領の紙と、王都の紙が、同じ袋の中で並んだ。
文書室を出たところで、宿からの使いが待っていた。領からの定期便で、小さな包みが届いたという。開けると、ハンナの丸い字の手紙と、市場の登録件数の月次集計だった。今月で、登録は百件を超えたという。水車は毎日回り、フェルト村の新米は、王都から来た商人の口にも合ったらしい。
手紙の末尾に、こうあった。『先生の席は、分室で一番日の当たる場所に、そのままにしてあります』
私は王都の夕方の通りで、しばらくその字を見つめていた。明日にも、帰りの馬車の支度が始まる。
(席は、そのまま。――置いてきた席が待っているのは、王都の局だけではなかったのだ)




