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二つ目の印

 陳述書への返信は、三日で届いた。ただしそれは、監査院からではなかった。王都公証局長からの、私信に近い書状である。


『陳述書は監査院に受理された。貴殿の記録の正確さについては、院内でも話題になっているそうだ。――だが、続報がある。貴殿の綴りにあった一昨年の改修費借入について、ベルモント家が貸し手の商会に提出していた契約書の「原本」が、監査院の手に渡った。その公証印もまた、昨年死去した元公証人のものである。そして作成日とされる日付は、新様式の公布より、半年も前だ』


(……二つ目だ)


 一昨年の、屋敷の改修費の借入。邸を出る日、私が試しに開いた、一番古い綴りにあったあの一件である。写しの左上にあった、新様式の番号。あの違和感は、正しかったのだ。あの家はその頃から、日付を遡らせた書類を、元公証人の印で通してきた。印の主が、その時に存命だったのか、すでに亡かったのかは、まだ分からない。だが少なくとも一つ、確かなことがある。


(私が断ったのは、一度きりの過ちではなかった。あれは、三度目か、それ以上の「いつもの手続き」だったのだ)


 書状は続く。両替商ギルドは、焼けた倉庫を担保にした金の行方について、損害の賠償と関係者の告発に踏み切った。ベルモント家は声明を出したという。『書類の実務は長年、執事長に一任しており、当主一家は公証印の不正を知らなかった』。夫人は衝撃で臥せり、カスパルは声明の文面を巡って母と激しく争った、とまで書かれていた。王都の局の同僚たちが噂好きなのは、相変わらずらしい。


(「知らなかった」。――あの家らしい、防ぎ方だ。読まないことが、あの家では免罪符になる)


 だが、読まなかったことは、私の受理簿の前では免罪符にならない。申出は誰の名で来たか。誰が窓口に立ったか。記録は、それを全部覚えている。


 書状の末尾には、ミナの走り書きも添えられていた。『局ではね、みんなあなたのことを「アーレンの記録」って呼んでるのよ。あなたの受理簿が院に届いてから、若い公証人たちが、みんな真似して不受理の理由まで書くようになったんですって。……それと、カスパル様の馬車、とっくに王都を出ているそうよ。行き先を、局長は知らないふりをしていたけれど』


(私の書き方が、局の若い人たちの手本になっている。……地味な事務屋の三行が、である)


 その朝のうちに、私はいつもの手順で金庫の点検をした。ペーターが鍵を開け、私が三冊の綴りの背の保全札を確認し、出し入れ台帳に点検の記録を記す。照会の写しを送ってから、これは毎朝の決まりごとになっていた。原本は、ここにある。王都で何がどう騒がれようと、原本さえ静かに眠っていれば、真実の置き場所は揺るがない。


 公爵のもとにも、同内容の報せが届いていた。昼、応接間で地図を広げたまま、彼は言った。


「監査院は、ベルモント家の『常習性』を立てる構えだそうだ。一件だけなら『手違い』と言い逃れられる。だが二件目が出れば、話は変わる」

「三件目も、出るかもしれません。私の綴りは三冊あります。その全部が、まだ照合されたわけではありませんから」

「だろうな。……向こうは、綴りの原本を躍起になって探しているらしいぞ。王都ではな」

「怖くはないのか、と聞かれるなら」


 私は地図の端に置かれた、領都の印を目で追った。


「怖いのは、書類の中身を知らないことです。私の手元には記録があります。順番も、日付も、揃っています。……それに、原本を守る仕組みは、閣下との契約で最初に整えていただきました」

「あの条文か」

「はい。条文は、出番が来た時に困らないためにあるのです」


 公爵は短く笑い、「頼もしいな」とだけ言った。


(原本。――そう。あの三冊はあの家にとって、「紙くず」であると同時に、自分たちの喉元に当たった刃でもあるのだ)


 その日の夕方、領都の宿屋『銀の馬蹄亭』の女将から、使者が来た。預かった書面を、そのまま届けに来たのだという。ついでに女将の伝言もあった。『三日前から泊まっている王都のお客様ですがね、宿賃はきちんと前払い、食事も部屋で静かに取る、礼儀正しい方ですよ。昨夜は夜通し、何か書いておいでのようでした』


(乗り込んでも来ず、騒ぎもせず。ただ、書いていた。……何を)


 面会の申入書だった。日時と用件を明記し、署名のある、正式な書面である。


『面会を申し入れたい。用件は、監査院への提出記録に関する確認のため。――カスパル・フォン・ベルモント』


(逃げずに、正面から来た。……意外だった。関所のことを聞いて、乗り込んでくるものとばかり思っていたのに)


 だが、申入書の末尾に、自筆の追伸があった。


『条件は、そちらの指定に従う。ただし最後に一つだけ、記録に残らない話をさせてほしい』


(記録に残らない話。――この人は、まだ分かっていない。記録に残せない話ほど、残さなければならない話はないのだ)


 私はその場で、受諾の回答書を書いた。面会は明朝十時、公証局分室にて。書記二名が同席し、発言はすべて議事録に記録すること。原本類への接触は認めないこと。条件も理由も、すべて文面にした。追伸への返答は、一行だけ添えた。――記録に残らないお話は、お受けできません。


「閣下。面会の間、扉の外に衛兵を置いていただけますか。同席は、要りません。これは、私の仕事ですから」

「……分かった。だが、何かあれば、遠慮なく呼べ」


 回答書を宿屋へ届けさせ、私はその写しを分室の綴りに綴じた。申出も、回答も、記録になる。明日、彼が何を言いに来るにせよ、それもまた記録になるのだ。


「ハンナ、明日の議事録の帳面を用意して。ペーターは、分室の中で原本に触れずに済む動線を確認しておいて」

「はい。……先生、怖くありませんか」

「怖いわ。だからこそ、全部、紙の上でやるの」


 夜の分室で、私は議事録のための真新しい帳面を、机の真ん中に置いた。表紙に、明日の日付と、面会者の名を書く。


(来なさい、カスパル。今度は、記録を挟んで向かい合いましょう。それが、あなたと私に残された、唯一の正直な会い方だ)

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