はぐれもののうた。 6
壁半分が本棚、立派な暖炉が目立つ部屋にて。
地下から出てきた三人は、オークが使っていた形跡が一番少ない部屋にいた。
「……この人、どうするんだい?」
頬に泣き跡を残したまま、ソファに横たわって寝息を立てているパティを見て、サーヌはロッキングチェアに腰掛けるケルトーに問い掛ける。
泣いて泣いて、気付けば力尽きていたパティをひとまず上の部屋まで運んできたものの、これから先をどうするか分からない。
「そんなの、俺達が知るわけないだろ」
ケルトーはロッキングチェアを揺らして、ぼんやりと宙を見ながら答えた。その横顔から何を考えているのかは、相変わらず読み取れない。
「生きたいって言ってたんだ。だったら、勝手に生きるだろ」
「それは……そうだけど……」
冷たい物言いだが正論だった。
それでもサーヌは、深く眠っているパティに目を向ける。
彼女を支配していたオークを退治したとは言え、心身が傷だらけなのには変わりない。このまま放っておいたら、恐らくはまた壊れてしまうだろう。それ程までに彼女が弱っているのは一目見れば明らかだ。
「……ねえ、ケルトー」
「何だ?」
返事はあるが、視線は交わらない。
この狼は何時だって、傍にいたって、何処か遠くを見つめている事を、サーヌは今更ながら思い出した。
「此処に住もうよ。僕と君と、彼女で」
「…………」
「立派な屋敷だし、それに人目につかない。僕らみたいなのが住むには良いと思うんだ」
ケルトーは口を閉ざして返事を止めたまま、ロッキングチェアをきいきいと鳴らす。
そして不意に立ち上がると、黙って部屋を出て行った。
閉じたドアを見て、サーヌは溜息を吐く。
「……駄目、か」
だけど、と振り返る。
泣き腫らした目を閉じて眠るパティを見て、心優しいサーヌは自然と眉間を寄せた。
「放っておけないよ」
あの時、ケルトーについて行く事が出来た時、自分は心の底から安心した。誰かが傍にいてくれるという事がどれほど救われる事なのか、身を以て知っているつもりだった。
だから、彼女の傍にいてやりたいと、どうしても思ってしまう。
「……よし」
もう一度、ケルトーに言ってみよう。
そう決めたサーヌが立ち上がった時だった。
「おい、サーヌ」
暫くは帰って来ないかと思っていたケルトーがあっさりと戻って来た。
拍子抜けして目を丸くするサーヌだったが、ケルトーはそれを知らんぷりして言った。
「この屋敷、食い物足りねぇわ。買ってこようぜ」
「……え?」
「え、じゃねぇよ。取り敢えず一月分買えば良いか。あと酒な、酒」
おら行くぞ、とケルトーは再び部屋を出て行こうとする。
呆然としていたサーヌは其処で我に返り、慌ててその背中を呼び止めた。
「ま、待ってよ! 何で……」
「はあ? 何でって……住むんだろ、此処に。だったら飯はいるだろうが」
ケルトーは怪訝そうに眉間を寄せる。
返事を聞いたサーヌは口をぽかんと開け、止まりかけの思考をどうにか働かせた後、口元に手を添えてくつくつと笑い始めた。
「……っ、そうだね、そうだよね」
「……?」
「ううん、何でも無いよ。買いに行こうか、彼女が起きる前にさ」
「だな、またあんなに大泣きされちゃ流石に困る」
頷いたケルトーは今度こそ部屋を出て行く。
それを見送ったサーヌは息をつき、未だにソファで眠り続けているパティに微笑んだ。
「……もう、大丈夫だよ」
あの狼は、自分のようにどんなに弱くとも、どんなに汚れていようとも受け入れる。圧倒的な力を持つ故にか、他人を受け入れる事に恐れが無いらしい。
だからきっと、彼と居れば自分を取り戻す事が出来る。生命と力に満ち溢れた彼の傍に居れば、きっと──。
「おい、サーヌ。何してんだ?」
「ごめん、今行くよ」
廊下から掛けられた声に返事をして、サーヌはそっと部屋を出て行った。
この後、買い物から帰って来た二人に起こされたパティが、共に暮らす話を聞いた途端に安堵でまた大泣きしてしまうのだが、今の二人がそれを知る由も無い。
こうして三人は集まった。
救われた吸血鬼と魔女。
そして、本当は誰よりも孤独だった狼男を救う、小さな兎が屋敷にやって来るのだが──それはまた、月が眠る日まで。




