第5話:【オオスミ・フォール:Q.E.D.】
◆◆◆
大隅半島中央部、岩剣要塞・本丸タワー。
全域を電磁シールドで閉鎖した最上階の執務室で、キモツキ・シンジケートのCEO、キモツキ・カネツグは爪を噛んでいた。
網膜HUDに並ぶステータスは、すべて赤色のロスト表示。
大弓部隊は消滅、根占の密輸船は両断、そして一乗院の野戦主力二百騎は「物理的に圧殺」され音信不通。
「バカな……! なぜだ! 我らの防衛アルゴリズムは、キョウトの軍事顧問団が策定した完璧な包囲網だったはず……!」
カネツグの叫びに応じる者はいない。室内に残る役員たちのサイバネ喉仏が、恐怖のオイル漏れでカタカタと震えるばかりだ。
その時、要塞のメインゲートから凄まじい衝撃波が走った。
ドォォォォォォン!!
重厚な三重チタン装甲扉が、蝶番ごと吹き飛んで執務室の床を滑り、壁にめり込む。
立ち込める白煙の中から現れたのは、優雅にカーボン扇子を手にした男――最高技術・法務責任者、トシヒサ=シマヅ。
その背後には、ノダチを帯びたチェストハウンドと、ガトリング日傘を引きずりながら疲労困憊のツルヒメが付き従っていた。
「ドーモ、キモツキ・カネツグ=サン。シマヅ・コングロマリット法務部だ」
トシヒサはスーツの埃を払い、単眼スマート・モノクル『サイエント・アイ』をカネツグへ向けた。
「ひ、ヒィッ……! シマヅの知性派……トシヒサ=シマヅ!」
カネツグは椅子から転げ落ち、床に這いつくばった。
「ま、待て! 我らは交戦規定第4条に基づき、無条件降伏を宣言する! 資産も、大隅全域のサーバー管理権もすべて譲渡する! 命だけは……命だけは助けてくれ!」
役員たちも一斉に土下座し、頭部ポートから『降伏申請パケット』を一斉送信した。
ツルヒメが煤だらけの顔で胸をなで下ろす。
「ふう……よかった。ここまできちんとした降伏手続きを取ってくれれば、あとはシマヅとタネガシマで資産を差し押さえるだけね。これぞ血を流さない近代的な合意形成よ」
チェストハウンドが無言でノダチの柄に手をかけたが、トシヒサがカーボン扇子をスッと掲げて制した。
「待ちたまえ、チェストハウンド=サン。我が社は法と論理を尊ぶ先進企業だ。蛮行は慎まねばならん」
「えっ」
ツルヒメが目を丸くした。
(トシヒサ様が……人を止めた!? まさか本当に話が通じるの……!?)
トシヒサは冷徹な眼差しで、カネツグが投影した降伏条約のホログラムをスクロールさせた。
「カネツグ=サン。貴殿の降伏条約案を法的に精査した。結論から言えば、すべて無効だ」
「は、はい……? 無効……?」
カネツグが固まる。トシヒサは淀みなく、冷徹な事務口調で畳みかけた。
「第一に、貴殿らが譲渡を申し出た大隅サーバー群は、先ほど我が社のヨシヒロCOOが山ごと粉砕した。目的物が物理的に滅失している以上、契約の履行は原始的不能である。第二に、降伏とは相手方の承諾を要する契約行為だが、当社取締役会は先ほど『貴殿らとの一切の契約締結を拒絶する』旨を決議した」
トシヒサは優雅に書類ホログラムを握りつぶした。
「よって降伏契約は不成立。貴殿らの武装解除は一方的な過失であり、交戦状態は依然として適法に継続中と解釈する」
「な……何を言って――」
カネツグが絶叫しかけた瞬間、トシヒサは扇子を畳んだ。
「チェストハウンド=サン。残務処理だ」
「問答無用」
チェストハウンドの油圧ダンパーがうなりを上げた。
一切の躊躇のない、処刑の構え。
「ひ、卑怯者ォーーッ! 降伏を受け入れないなんて法理があるかァーーッ!」
カネツグが床から飛び退こうとした、その刹那――。
「ウオオオオーーーッ! キエーッ!!」
密閉された執務室で炸裂する超音波猿叫!
空気の圧縮波によって、防弾ガラスが外へ向かって粉々に爆散! カネツグと役員たちの聴覚センサーが火花を吹いて焼き切れる!
「チェストーーーーーッ!!!」
ズババババババッ!!!
初太刀の横薙ぎ一閃!
カネツグの首骨、役員四名の胴体、そして部屋を二分していた巨大な重役デスク、背面の大型モニター壁面が完全に同一平面上で水平両断された!
切断面からプツンと光ファイバーと冷却オイルが噴き出し、ワンテンポ遅れて上半分がズズズ……と滑り落ちる。
「サヨナラ!」
五つのサイバネ義体が、密室の中で同時に火花を噴いてショートし、爆発四散した。インガオホー!
残されたのは、綺麗に真っ二つになった執務室と、壁の向こうに広がる錦江湾の夜景のみ。
チェストハウンドはノダチを背中へ収め、静かに呟いた。
「……二の太刀要らず」
トシヒサはカーボン扇子で口元を隠し、満足げに頷いた。
「これにてキモツキ・シンジケートの法人格は消滅。法的瑕疵のない完璧な組織再編(M&A)の完了だ。Q.E.D.(証明終了)」
「……」
ツルヒメはへたり込んだまま、煤けた日傘の先端を床に突き立て、呆然と口を開けていた。
抗議の声を上げる気力すら湧かない。ただ膝の関節がカタカタと震え、ドレスの裾から硝煙が漂っている。
数秒の沈黙の後、ようやく掠れた声が絞り出された。
「法学の教科書を……全部ドブに捨てて出直してきなさーーーーーいッ!!」
◆◆◆
翌朝。
大隅半島を見下ろす城郭のテラスには、早くもシマヅの巨大な【丸に十の字】のネオンサインが掲げられていた。
壊滅したネジメ港の海運網と、キモツキの旧領は、すべてシマヅ・コングロマリットの傘下へと組み込まれたのだ。
「ハァ……とんだ大赤字よ」
テラスの瓦礫に腰掛けたツルヒメは、包帯を巻いたサイバネ脚を投げ出し、空を見上げていた。
「手に入ったのは、使い物にならないガレキと、この頭の悪い連中との業務提携契約書だけ。タネガシマ重工の再建には、まだまだ程遠いわね……」
ドスン!
彼女の前に、無言でドラム缶サイズの巨大な鉄鍋が置かれた。チェストハウンドである。
「食え」
「……何よこれ」
「バイオ黒豚とサツマ・スウィートポテトの濃厚煮込みだ。カロリーは8000キロカロリー」
「い、胃袋が爆発するわよ! なんでそんなものを……」
「貴様が空腹で機能停止すれば、移動時に担ぐ腕部シリンダーの負荷が無駄になる。効率的補給を行え」
「余計なお世話の仕方も全部筋肉じゃないのよ! ……まあ、食べるけど!」
ツルヒメは乱暴にスプーンを突っ込み、熱々の肉を頬張った。
その時、カゴシマ本社から緊急の広域通信パケットが届いた。
ホログラムに浮かび上がったのは、巨大な仏像の陰から薄く笑みを浮かべる長男ヨシヒサ=シマヅの姿。
『大隅の平定、祝着至極。神仏のログも大変お喜びである』
ヨシヒサの穏やかな声が響く。
『だが、休む暇はない。日向の肥沃なるサーバー網を支配する【イトウ・メガプレックス】が、我が社の隙を突き、飫肥の油田データセンターへ向けて大軍を動員した』
「イトウ……!」
ツルヒメがスプーンを止めた。
日向を牛耳る超巨大IT財閥。キモツキやネジメとは桁違いの資金力と物量を誇る、九州南東部の絶対王者だ。
『神仏の託宣によれば、イトウの総帥ヨシスケは、我がシマヅを「文字も読めぬ南蛮かぶれの野蛮人」と見下しているとのこと』
ヨシヒサは微笑んだまま、スッと目を細めた。
『これはいけない。失礼があってはならぬ。……チェストハウンド=サン』
「ハ」
チェストハウンドが直立し、メンポから熱い蒸気を吹き出す。
『日向の民に、我がシマヅの温かなご挨拶(物理)をお届けせよ』
「問答無用」
ネオ・サツマの統一戦線は、次なる地獄の舞台――日向・飫肥油田電脳戦へと突入する!
◆◆◆
◆◆◆
【あとがき】
読者=サン、第5話の読了ドーモ。原作者です。
「無条件降伏? 目的物の滅失により契約履行は原始的不能。加えて当社取締役会が締結を拒絶したため降伏は無効。よって交戦継続」
これが先進メガコーポ・シマヅのコンプライアンス!
重役室の防弾ガラスもろとも、首級とデスクを同一平面上で水平両断!
完璧なる組織再編(M&A)の完了。Q.E.D.(証明終了)!
法学の教科書を錦江湾に叩き捨てろ!
これにて第1幕・大隅平定編は完結。
だが、8000キロカロリーの芋黒豚煮込みを喉にねじ込まれたツルヒメの前に、次なる地獄――日向のイトウ・メガプレックスが立ちはだかる!
迷うな! 評価の星とブックマークを初太刀で叩き込め!
チェストーーーーーッ!!!
◆◆◆




