第3話:【ネジメ・サイバー・ドック】
◆◆◆
大隅半島南端、根占港。
そこは、鎖国体制を敷くキョウト・メガフロート幕府の目を盗み、南蛮渡来のサイバー義肢や明国製ハックツールが日夜荷揚げされる、無法のサイバー密輸特区である。
岸壁には、黒塗りの強化プラスチック外殻を持つ巨大ガレオン母艦『黒潮丸』が接岸していた。
立ち並ぶ重クレーン、積み上げられる密輸兵器コンテナ。それらを警備するのは、電磁三叉槍を構えたネジメ・ポート・テクノロジー所属のサイバー水兵たちだ。
「……いいこと、チェストハウンド」
港を見下ろすコンテナの陰で、ツルヒメ=タネガシマは神経質にドレスのシワを伸ばしていた。
「今回は潜入・情報奪取よ。ネジメの総帥ネジメ・シゲナガは、大隅の密輸利権を一手に握る狡猾な商人。わたくしが南蛮の高級娼婦――いえ、フリーの武器バイヤーとして船内に潜り込み、シマヅとタネガシマ重工に有利な裏帳簿データを抜き出す。貴方はそこで大人しく待機よ」
「……」
チェストハウンドはコンテナの壁に寄りかかり、スリープモードめいて微動だにしない。
ただ、胸部の排気スリットから低周波の駆動音を漏らすのみだ。
「返事は!?」
「女。貴様の潜入ルート上に、チェスト対象はあるか」
「ないわよ! むしろチェストしたら全てがおしまいよ! 一撃でドックごと沈める気!?」
ツルヒメは額を押さえながら、深くため息をついた。
(まったく、どうして私がこんな脳筋サイバネ野郎の引率を……。でも、ネジメの密輸ログさえ手に入れば、タネガシマの立場は劇的に向上する。今度こそ、スマートなビジネスを成立させてみせるわ)
ツルヒメは防弾ドレスの胸元をわずかに引き下げ、蠱惑的な笑みを作ると、黒潮丸のタラップへと軽やかに歩み出た。
◆◆◆
黒潮丸・最上階、重役サロン。
床一面に敷き詰められたサイバー・タタミの上で、ネジメ・シゲナガは金箔塗りの義手で杯を弄んでいた。
「ホホウ……タネガシマ重工の令嬢が、単身で我が船へ商談に、とな」
「ええ、シゲナガ様」
ツルヒメは上目遣いで微笑み、しなだれかかるようにシゲナガの隣へ座った。
「シマヅの連中は野蛮で、知性のかけらもございません。タネガシマの誇る新型火縄も、彼らには豚に真珠。やはり、海の向こうのハイテクを知るシゲナガ様のような殿方にこそ、お預けしたいのですわ……」
「ククク……よく分かっておるではないか。シマヅのチェスト共など、頭の配線が焼き切れた原始人よ」
シゲナガは下卑た笑みを浮かべ、金箔の義手でツルヒメの肩を抱き寄せようとした。
(よし……引っかかった。このまま懐のデータ端末を密輸サーバーへ直結させれば――)
「だがな、お嬢さん」
シゲナガの瞳カメラが、不快な黄色の警戒色に切り替わった。
「タネガシマの技術は確かに欲しいが……タダで手に入るとしたら、もっと良いとは思わんかね?」
ガチャン!
サロンの四方のフスマが一斉に開き、重装甲のサイバー水兵たちが電磁三叉槍を構えて雪崩れ込んできた。
「えっ」
ツルヒメの営業スマイルがピキリと凍る。
「シマヅが嗅ぎ回っているのは百も承知よ。お前を人質にし、タネガシマの工場設備を丸ごと差し出せば、我らはキモツキとも対等に渡り合える。……さあ、大人しく両手を差し出してもらおうか」
シゲナガが嗤う。
ツルヒメの網膜HUDに、警告アラートが真っ赤に点滅した。
【緊急事態:交渉決裂】
【推奨行動:命乞いおよび逃走ルートの策定】
「……」
ツルヒメは伏せていた顔を、ゆっくりと上げた。
その瞳から「可憐な令嬢」の光は完全に消え失せていた。
こめかみの血管がドクドクと脈打ち、脳内シナプスが沸点を超える。
(あー……)
(あー……まどろっこしい)
(交渉? 裏帳簿? 駆け引き?)
「シゲナガ様」
ツルヒメの声が、氷点下の低音に変わった。
「な、なんだ?」
「タダで手に入る兵器など、この世にございませんのよ」
ツルヒメはドレスの裾を豪快に両手で跳ね上げた。
「代金は、鉛玉の嵐で支払ってやるわァーーッ!!」
ガシャアアン!!
日傘の先端が割れ、80口径ドラゴンスレイヤー・ガトリングが剥き出しになる!
「なっ、貴様――」
「死になさいチェストーーーーッ!!!」
ガガガガガガガガガガガッ!!
秒間120発の超電磁徹甲弾が、至近距離からサロン内を薙ぎ払った!
重装甲水兵たちの胸部装甲がバターめいてミンチにされ、金箔タタミが粉々に吹き飛ぶ!
「ギャアアアア!? 話が違う! 峰不二子めいたハニートラップ要員ではなかったのかァーーッ!?」
シゲナガが床を転がりながら絶叫した。
「うるさい! 撃てば全員死ぬのよ! 死ね! 死ねェーーッ!」
ツルヒメはトリガーを引き絞り、サロンの壁面コンソールごと密輸サーバーをハニカム構造の蜂の巣へと変えていく!
大爆発! スプリンクラー作動! 硝煙と火薬の狂宴!
だが、多勢に無勢。
船内の警報が鳴り響き、下層デッキから数十名のサイバー水兵が増援として階段を駆け上がってきた。
「小娘を囲め! 弾切れを待て!」
「チッ、弾倉交換が……!」
ツルヒメが舌打ちし、空になったドラゴンスレイヤーを床に叩きつけたその時――。
ドォォォォォォン!!
黒潮丸の強化船底が、下から垂直にブチ抜かれた。
「アイエエエ!? 水中からの魚雷攻撃!?」
「否! 馬だ! 馬が下から突き破ってきたァーーッ!!」
木っ端微塵になった甲板の穴から、水しぶきと高純度エタノールの白煙を撒き散らしながら跳躍してきたのは、二輪駆動式重サイバネ軍馬『オオミズチ』。
そして、その背に乗る漆黒の巨漢。
チェストハウンドであった。
「な、なぜ貴様が船底から……!?」
ツルヒメが煙の中で目を見張る。
「上空通信ログ、四男イエヒサ=サマより入電」
チェストハウンドのメンポから猛烈な蒸気が噴き出した。
『オイオイ、ツルヒメの小娘が中で派手にドンパチやってるぞ! 待機などクソ喰らえだ、一番乗りで敵の総大将をチェストした奴にボーナスだァーッ!』
チェストハウンドの眼球カメラが、瓦礫の陰で震えるシゲナガを瞬時にロックオンした。
「き、貴様……シマヅの処刑人か……! 待て、我がネジメ・ポートの貿易利権を貴様らに譲渡する! 話し合おう、命だけは――」
シゲナガが両手を広げて後退る。
チェストハウンドは巨大ノダチ『ジゲン・スラッシャー』を頭上へ引き抜いた。
右腕の油圧ダンパーが軋み、リミッター解除の警告音が鳴り響く。
「標的、確認」
「話を聞けェーーッ!」
「ウオオオオーーーッ! キエーッ!!」
サロン内に反響する、密閉空間での超音波猿叫!
生き残っていた水兵たちの頭部電子脳が次々とショートし、目や鼻からオイルを噴いて昏倒する!
シゲナガが恐怖のあまり金箔の義手を顔の前にかざした、その刹那。
「チェストーーーーーッ!!!」
ドゴォォォォン!!
シゲナガの金箔義手? 切断。
首骨のサイバネフレーム? 切断。
最上階サロンの床板? 切断。
下層デッキの装甲板? 切断。
そして、母艦『黒潮丸』の竜骨? まとめて真っ二つに両断!!
「サヨナラ!」
シゲナガは左右に裂け、空中で美しく爆発四散した。インガオホー!
ギシ……ギシギシ……メキメキメキッ!
「……あ」
ツルヒメが固まった。
ノダチの初太刀の余波は、巨大ガレオン母艦の船体を縦に綺麗に二つへと割っていた。
浸水アラートがけたたましく鳴り響き、黒潮丸は真っ二つに折れ曲がりながら、根占港の海底へと急速に沈没を始めたのだ。
ゴボボボボボボボ!!
「……ふむ。二の太刀要らず」
チェストハウンドは平然とノダチを背中へ収めた。
「船ごと沈めてどうするのよォーーーーッ!!」
傾く甲板の上で、ツルヒメの絶叫が夜の港に木霊した。
「密輸ログ! 裏帳簿データ! 全部海の底じゃないのよ! どうやって利益を回収するのよバカーーッ!!」
そこへ、港の埠頭から爆音とともに突っ込んできた高速バギーの上で、四男イエヒサ=シマヅがメガホンを片手にゲラゲラと笑っていた。
『ガハハハハハ! 見事なチェストだチェストハウンド! 敵の親玉も船も港もぜーんぶ海の藻屑! これで根占港は今日からシマヅの完全直轄地だ! 文句を言う奴は全員魚の餌だァーッ!』
「イエヒサ様ァーーッ! 貴方の現場指揮、大雑把すぎますわーーーッ!!」
海へと沈みゆくガレオン船の先端で、ツルヒメはびしょ濡れになりながら夜空へ向かって吠えた。
だが、この根占港の壊滅により、大隅の軍閥連合はその補給線を完全に断たれた。
次なる標的は――キモツキ・シンジケートの本拠地、岩剣城!
◆◆◆
【あとがき】
読者=サン、第3話の読了ドーモ。原作者です。
潜入工作? 失敗!
裏帳簿データ? 海の底!
母艦『黒潮丸』の竜骨ごと、縦に真っ二つに両断すれば万事解決!
これぞ四男イエヒサの現場主義。
「一番乗りで敵の親玉をチェストした奴にボーナスだァーッ!」
せっかくの潜入工作も、色仕掛けも、ガトリング砲も、最後は船ごとぶった斬って帳消しにする!
これがサツマの風通しの良さです。
タネガシマ令嬢の胃壁とメンタルはすでにボロボロ。
密輸ログも裏帳簿も海の底。
だが、大隅の補給線は物理的に寸断された!
次回、シマヅの伝統的戦術『釣り野伏』が炸裂!
次回は明日19時投稿!
……本当に『戦術』なのか?
迷うな! ブックマークと評価の星を初太刀で叩き込め!
二の太刀要らず!
チェストーーーーーッ!!!




