第2話:【オオスミ・バイオ・アーチャー】
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シマヅ本社タワー最上階、第3法務統括室。 窓の外にはサクラジマ・サイバー火山の威容がそびえ、電磁灰が降り注ぐ錦江湾を鈍く照らしている。
「……というわけで、昨夜の小競り合いで我が社製ガトリング火縄の威力は実証済みですわ。つきましては独占供給契約の締結を……」
防弾ケブラーのドレスを上品に整え、ツルヒメ=タネガシマは営業スマイルを浮かべた。昨夜、チェストハウンドに弾丸を浴びせ続けた末に「装甲の耐久テストに付き合う奇特な女」と誤認され、そのまま強引に本社まで連行されてきたのだ。 タネガシマ重工の命運を懸けた、社運を賭した商談の場である。
対面に座る男は、優雅にカーボン扇子を開いた。 シマヅ四兄弟の三男にして、最高技術・法務責任者(CTO兼CLO)――トシヒサ=シマヅ。 右目の単眼スマート・モノクル『サイエント・アイ』が青く発光し、ツルヒメの契約書ホログラムを一瞬で走査した。
「論理的整合性に欠けるな」 トシヒサは冷淡に切り捨てた。 「我が社の兵站データによれば、破壊力とは『質量×加速度』である。連射性能を誇る小口径弾薬は、サツマ武士の腕力余剰リソースを無駄に浪費する。ゆえに、却下だ」 「な、なんですって!? これ以上の火力があるというの!?」 「ある。ノダチの重量を増やし、腕部シリンダーの内圧を上げればよい」 「頭が悪すぎるでしょこの会社ァ!!」
ツルヒメが商談用の笑顔をかなぐり捨てて机を叩いた、その瞬間。
ピギャアアアアン――!!
分厚い防弾ガラスに甲高い亀裂が走り、一本の漆黒の矢が窓枠を貫通して床に突き刺さった。 矢羽根には、大隅半島を牛耳る旧弊メガコーポ【キモツキ・シンジケート】の家紋が揺らめいている。
「ヌウッ」 部屋の隅で直立不動のままスリープモードに入っていたチェストハウンドの眼球カメラが、瞬時に真紅へ点灯した。 「敵襲か」
「静かにしたまえ、チェストハウンド=サン」 トシヒサは眉一つ動かさず、床の矢をモノクルで見据えた。 「錦江湾対岸、大隅半島・垂水ゲートウェイからの超長距離狙撃だ。初速マッハ7。使用弾頭は……バイオ毒素を塗布した高密度タングステン電磁矢」
矢の末端に仕込まれたスピーカーから、ねじくれた合成音声が部屋に響き渡る。 『聞こえるか、シマヅの蛮族ども! 我らはキモツキ・シンジケートが誇るオオスミ・バイオ・アーチャー部隊! 錦江湾の航路運行権を即刻明け渡さねば、雨あられの電磁矢でカゴシマ・シティーを焦土と化してくれるわ!』
ツルヒメが目を見張った。 「オオスミ・バイオ・アーチャー……! 大隅の熱帯雨林に潜むバイオ変異弓兵部隊ね。海を越えた超長距離狙撃……これじゃ迎撃も接近も無理よ!」
「なるほど、アウトレンジか」 トシヒサは立ち上がり、カーボン扇子でパチンと掌を打った。その理知的な双眸に、冷徹な光が宿る。 「実に明晰な問題提起だ。では、知性的にこの事態を解決しよう」
トシヒサは空中に弾道計算式を投影した。 「敵の弓兵が矢を番えてから発射するまでに要する時間は1.8秒。錦江湾を渡る矢の飛行時間は2.4秒。すなわち、我々が被弾する確率は100%である」 「ほ、本当に知性派っぽい分析ね……! それで、対策は!?」
トシヒサはチェストハウンドを指差した。 「矢を放たれる前に、敵の頭蓋を0.1秒で両断すれば、撃たれる確率はゼロになる」
「は?」 ツルヒメの思考が停止した。 「……はい?」 「ゆえに解は一つ。海を飛び越えて、初手で全員チェストせよ」 「それ計算関係ないだろーーーーッ! ただの突撃じゃねえか!!」
「チェストハウンド=サン」 トシヒサはツルヒメの絶叫をログごと破棄し、処刑執行者に告げた。 「オオミズチに錦江湾横断用ブースターを積め。大隅半島の沿岸要塞を、初手で叩き割ってこい」 「ハ。問答無用」 チェストハウンドのメンポから猛烈な排気スチームが噴き出した。
「ああっもう! わたくしも行くわよ!」 ツルヒメは自暴自棄になって叫んだ。 「あの電磁弓、タネガシマの特許技術が盗用されてるに決まってるわ! 今度こそ生かして捕縛して、現場検証させてパテント料(特許使用料)を毟り取ってやるんだから!」
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錦江湾上空。 重サイバネ軍馬『オオミズチ』の車輪格納部から展開された固体燃料ロケットブースターが点火された。 ドガアアアアン!!
海面スレスレを猛スピードで飛翔するオオミズチ。 手綱を握るチェストハウンドの背後で、ツルヒメはドレスをバタバタとはためかせながら必死にしがみついていた。
「目標、大隅沿岸・垂水トーチカ。敵影、感知」 チェストハウンドの眼球カメラが、海岸線の熱帯雨林に潜む影を捉える。 筋繊維を肥大化させたバイオ改造武士たちが、巨大な炭素繊維の電磁大弓をつがえ、一斉に狙いを定めていた。
「馬が飛んでくるだと!? 迎撃せよ、矢の雨を降らせろォーーッ!」 オオスミ・バイオ・アーチャー隊長の号令とともに、無数のタングステン電磁矢が一斉に空へ解き放たれようとした、その瞬間――。
「チェストハウンド、待ちなさい! 貴方が斬ると証拠がミンチになるわ!」 ツルヒメが叫んだ。 「ここはわたくしが先手を打って、武器だけを無力化して捕獲する! それが近代的な知性あるビジネスよ!」
ツルヒメはオオミズチの後部座席で立ち上がると、ドレスの裾を豪快にまくり上げた。 大腿部の装甲ラックから、小型ミサイルポッド『連子』が展開される。
「全員、武器を捨てて降伏なさい! さもないと……あーっ、もう狙いをつけるのがまどろっこしい! 吹き飛べチェストーーッ!!」 シュババババババッ!!
結局サツマの血が暴走した! 32発の小型追尾ミサイルが精密迎撃ではなく絨毯爆撃めいてトーチカ周辺へ一斉に着弾! ドガガガガガガアン!! 海岸線の熱帯雨林ごと大爆発が巻き起こり、敵の電磁大弓は弓弦もろとも粉々に吹き飛んだ!
「アイエエエ!? 武器が! 我らの電磁大弓が全滅!?」 爆風で吹き飛ばされ、砂浜に転がったアーチャー隊長は、焼け焦げたトーチカの中で両手を上げた。 「こ、降伏だ! 我らは武装解除した! 武器商人の娘よ、捕虜としての権利を……!」
オオミズチが砂煙を巻き上げて着地した。 ツルヒメは満足げに日傘を肩に担ぎ、勝ち誇った笑みを浮かべる。 「ウフフ、見なさい! 完璧に制圧完了よ。丸腰の捕虜がいれば、キモツキから巨額の賠償金とライセンス料を引き出せるわ。さあチェストハウンド、この者たちを縄で……」
ズシン。 オオミズチから降り立ったチェストハウンドが、一歩前へ出た。 背中から巨大なカーボン・ノダチ『ジゲン・スラッシャー』を頭上へ引き抜く。
「……えっ?」 ツルヒメの笑顔が凍りついた。 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。敵はもう丸腰よ? 降伏してるのよ?」
チェストハウンドのメンポから、冷徹な低周波ボイスが響いた。 「トシヒサ=サマの指令ログ:『敵の頭蓋を両断し、撃たれる確率をゼロにせよ』。現在、敵頭蓋の存続を確認」
「待て! 俺たちはもう矢を撃てない! 弓がないんだぞ!?」 隊長が砂浜を這いずりながら絶叫した。
そこへ、上空の衛星通信からトシヒサの涼やかな声がスピーカー越しに割り込む。 『隊長=サン。当社の法務的見解を述べよう。貴殿らには現在、武器が存在しない。しかし生体筋力および敵対的意思は依然として維持されている。将来的に石を投擲してくる確率は0.003%残存する。ゆえに、交戦状態は継続していると解釈するのが合理的だ』 「屁理屈だろーーーーッ!?」 隊長が泣き叫んだ。
「チェストハウンド=サン、業務を遂行したまえ」 トシヒサが冷徹に命じる。
「問答無用」 チェストハウンドの全身シリンダーが最大内圧へと達した。
「ウオオオオーーーッ! キエーッ!!」
大気を引き裂く超音波猿叫! 至近距離で浴びせられた隊長は耳から冷却液を噴き出し、網膜HUDが完全ホワイトアウト!
「チェストーーーーーッ!!!」
ドゴォン!!
命乞い? 無意味! 砂浜に正座した状態の隊長ごと、背後のトーチカの基礎コンクリート、そして海岸の岩盤がまとめて真っ二つに両断された!
「サヨナラ!」 隊長は左右に泣き別れ、空中で綺麗に爆発四散した。インガオホー!
残された非武装のバイオ弓兵たちは、恐怖のあまり失禁しながら蜘蛛の子を散らすようにジャングル奥深くへ逃げ去った。 「アイエエエエ! 悪魔! 話の通じない悪魔だァーーッ!」
ザシュッ。 チェストハウンドはノダチを背中へ収め、立ち上る紫煙を見つめて短く呟いた。 「二の太刀要らず」
「……」 ツルヒメは呆然と、真っ二つになった岩盤と立ち上る黒煙を見つめていた。 彼女が苦労して無力化した「生きた交渉カード」は、わずか0.1秒の知性派法務判断によって完全に灰燼に帰したのだ。
ツルヒメは天を仰ぎ、喉が千切れるほどの悲鳴を上げた。 「だから! 捕虜を! 刻むんじゃないわよォーーーーッ!!」
通信回線の向こうで、トシヒサが優雅にカーボン扇子を畳む音が響いた。 『敵戦力の無力化、並びに法的リスクの完全消滅を確認。Q.E.D.(証明終了)』
ネオ・サツマの夜明け。 知性と狂気が美しく手を結んだ時、大隅の地に慈悲の入る余地など爪の先ほども残されていなかったのである!
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【あとがき】
読者=サン、第2話の読了ドーモ。原作者です。
「撃たれる確率が100%?
ならば放たれる前に頭蓋を0.1秒で割れば確率はゼロである」
知性派(三男)の明晰なる数式。
これぞ法と論理を尊ぶ先進企業シマヅの完全なるソリューション。
Q.E.D.(証明終了)!
武器商人の小娘がどれほどパテント料や生け捕りを訴えようと、敵頭蓋の存続を確認した瞬間に処刑シークエンスは不可逆。
石を投擲してくる確率は0.003%残存している。ゆえにチェスト!
次回、ネジメの密輸ガレオン母艦へ潜入!
知恵も裏帳簿もまとめて船ごと真っ二つに割る!
次回は明日19時投稿予定!
いいねとブックマークを初太刀で叩き込め!
チェストーーーーーッ!!!
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