<一>
地獄門前――深淵。
ひたひたと水気を帯びた洞窟のようなこの場所は、命を落とした人間やあやかしの悪霊が多く集まってくる。
いくつもの悪霊が重なり合ってできた集合体を禍魂といい、これは普通の悪霊とは異なり、祓うことができないため消滅させる他ない。
増え続ける禍魂を短刀一本で斬り伏せていく端正な顔立ちの男――閻煌。
彼は顔色一つ変えず淡々と刀を振るい続けていた。
「今日で何日目だ? エンよ、そろそろ一度休め」
黒い翼を羽ばたかせながら暗い深淵を舞うように飛ぶ八咫烏が、主の無茶な働きにいよいよ口を挟む。
「斬っても斬ってもきりが無かろう。どう考えてもおかしい。一度戻って調査すべきだ」
言いながら蠢く数体の禍魂が閻煌に襲い掛かるのを、翼と三本の足で蹴散らし間合いを作る。
そこに短刀を構えた閻煌が連続で斬りかかった。
汗一つ掻いていない顔に、僅かに疑念の色が浮かぶ。
閻煌は広げた左手に鬼火を灯し、水を撒くように振って炎を足元へ飛ばした。これで暫くはこっちに近付けまい。
「お前は先に出て瀧庵に報告を」
「先にって……おぬしはどうするのだ?」
「もう少し数を減らしてから戻る」
そう言うと、手にした短刀の刃を自身の手の甲に滑らせた。
これを目にした八咫烏は慌てて高く舞い上がる。
「また無茶をするっ。必ず直ぐ戻ると約束せえ! 分かったなエンよ!」
八咫烏はそう言い置いてその場から急ぎ離脱する。
すると、閻煌の血のついた短刀が燃えるように赤く染まった。
刀というより、付着した血が刀を覆ったためそう見えるのだ。
それを振るうと周囲に居た禍魂が一瞬にして燃え果てる――。八咫烏が近くに居たら確実に巻き込まれていただろう。
閻煌は短刀を振って刃についた残り血を払い、そっと鞘に収める。
目の届かない暗闇で蠢く気配はまだあるが、直ぐには動き出さないだろうと判断して背を向けた。




