<八>
悠青は衛とその祖母を起こさないように古民家からそっと抜け出した。
今度はちゃんと靴を履いて出たので足元も寂しくはない。
「どこに行くんだ?」
尋ねたところで白蛇が答えてくれるはずもなく、悠青は溜息を零してはあとを追った。
辺りは寝静まっていて暗さが際立つ。
ただ前を行く白蛇がほんのり光ってくれているお蔭でこっちは明かり要らずだった。
――こうして見ると……普通の蛇よりかなり大きいな。
八咫烏のように身体の大きさを自在に変えられるのかもしれない。
そうでなければ天井裏に忍び込んだり、悠青をぐるぐる巻きにして縛り上げることなどできないだろう。
白蛇はうねうねと道を折れてはどこかへ誘う……。
正直わざと遠回りしているのではないかと思わせる行動だった。
もう何回角を曲がったか分からない。
いつの間にか木や竹の生い茂る場所に入り込み、少し広い参道から獣道へと進んで行く。
そして白蛇が漸く動きを止めたので悠青も倣って歩みを緩めると、目の前に広がる光景に一瞬息を呑んだ。
「……祠?」
それも一つや二つではない。
何十基もの石でできた小さな祠が所狭しと並び、まるでネズミなどの小さな生き物が住まう集落のようであった。
石祠は土手の傾斜を利用して上の方へと高く連なっている。
悠青は一歩前に出て、丁度目線の高さにある石祠を覗き込んでみた。
一見ただの石祠のようだが、少しだけ嫌な感じがして直ぐに顔を引っ込めて、白蛇を振り返る。
「どうして俺をここに連れて来たんだ?」
白蛇は答える代わりにまたその身体を悠青に巻き付け、気付けば高く持ち上げられていた。
「はっ!? ちょ、下ろせ!」
暴れてもびくともしない白蛇。明らかに先程よりも身体が大きく成長している。
どうすれば抜け出せるか考える暇も与えられず、悠青はそのまま石祠の真上へ放り込まれてしまった。
石祠に叩きつけられると思い頭を抱えて衝撃に備えたが、身体に痛みは感じない。
それどころかぶつかる衝撃もなくて不思議に思った。
何かがクッションになった様子もない。本当に何も感じないのだ。
恐る恐る頭から腕を退けて、視線を辺りに向けてみると……。
「………またかよ」
第一声がこれであった。
一番最初に体験したのは深淵に落ちた時。次に昨夜。そして今回が三度目だ。
そう、悠青はまた身体から魂が離れてしまったのである。
白蛇に投げ込まれた時に感じた浮遊感と、今自分のいる場所が現世でないことがそれを決定付けている。
「一体いつからだ? ……いや、石祠に来るまでは身体はあったはずだよな。靴も履いて来てるし」
ということは、やはりさっき白蛇に絡めとられた時に肉体から離れたのだろう。
それはもういい。幽体離脱にはもう慣れた――というよりも自分ではどうすることもできないので諦めるしかない。
今はここが何処なのかということが問題だ。
――深淵じゃないよな。全部真っ白だし……悪霊とかあやかしもいないしな。隠世とはまた別なのか?
真っ白なこの空間には風も音もない。地面も見えないから自分がどう立っているのかすら分からない。
――もしかしてあの祠の中に閉じ込められたとか……。
悠青は直感的にそう感じた。なにしろ最後に見たのがあの密集する石祠だったから。
そこにふと、風に揺られて葉の擦れるような音が聞こえてきた――。
* * *
悠青のあとを追って竹林の中に入った一匹の猫。
それが一声鳴くと、すぐ後ろから一人の少年が音もなく現れる。
猫は少年――玉磨瑪を振り返りながら足を速めて案内する。
仮眠から起きたばかりの玉磨瑪は現世の外気に触れたことで、眠気が徐々に散っていくのを感じていた。
完全に目が覚めたころ、石祠のある場所に辿り着いた。
更に林の奥へと進むにつれて、それは数を増やしていく……。
一度立ち止まり、辺りの様子を窺うが悠青の姿は見当たらず、周囲を見回していた視線を猫に向けた。
「ここで消えたのは間違いない? ……うん、そうだね。あやかしの気配が微かに残ってる」
猫と対話し、ここにいたのは間違いないと知ると玉磨瑪はもう少し先へと足を踏み入れて行った。
小さな石祠が土手の高い所まで埋め尽くされている場所まで来ると、より気配が増すのを感じた。
「何かいる……悠青?」
玉磨瑪の縦長の瞳孔が更に細く収縮した。
地面に倒れている悠青に駆け寄ると、彼の口と首に手を当てる。
――生きてる。
しかし玉磨瑪は眉を顰めたまま動かない。
理由はここにあるのは肉体だけで、魂が消えてしまっていたからだ。
玉磨瑪のような憑人にとって、あのお節介そうな魂の気配は分かりやすいほど目立つのだ。
それは憑人だけではなく、あやかしにも言えることで、もし霊力の高い悪意あるあやかしに目を付けられたら厄介なことになるだろう。
そんな魂が行方不明とは、少々想定外だった。
――悠青についてたあやかしの気配は、危険はなさそうだったけど……。
しかしそのあやかしの気配もここで途切れてしまっている。
ここから移動していないなら、近くに隠れているか、隠世に向かった可能性が高い。
悠青はひとまず寝かしておくことにして、玉磨瑪は立ち上がり、その痕跡がないか周辺を調べた。
雰囲気は言わずもがなだが、状況からして怪しいのは石祠だ。
悠青が倒れている場所から一番近い石祠を一基ずつ注意深く見ていくと、その中の一つに違和感を覚えた。
玉磨瑪は身を乗り出して石祠の中を猫眼で覗き込む。
――見つけた。
微量な気配だが間違いない、悠青の魂はこの中に捕らわれている。
さて、ここからどうやって救い出すかが問題だ。
壊すのは問題外。悠青の魂を一緒に傷つけてしまう。
なら浄化は――と一瞬思ったが相手は悪霊や瘴気に見舞われているわけではないため意味がない。
玉磨瑪は息を吸った。
「悠青を返して」
と、誰が聞いているか分からないまま単刀直入に言い放った。
「その人間は無害だよ。このまま死んでしまったらどう責任取ってくれるの?」
玉磨瑪が口を閉じるとまた静寂が訪れる。
なかなか反応を貰えず、再び問いかけようとした矢先、ようやく異変が起きた。嬉しい異変かは分からないが……。
地面、というより石祠全体が振動してそれが足元まで響いてきているようだった。
すると、突然目の前に淡く白い光が現れ、徐々に形を成していく。
「白い蛇……?」
視界に飛び込んできた光の正体を見て、玉磨瑪は目を瞠った。
白蛇は神の使いとも言われ、あやかしとはまた別の存在とされることが多い。
一番近いのは焔舞羅の神獣だろうか。あれほどではないが、あやかしよりもそっち寄り、という話だ。
白蛇は大きな体を少しだけ縮めて玉磨瑪を見下ろした。
玉磨瑪は臆することなく問いかける。
「悠青をどうするつもり? 何が目的で連れ去ったの?」
すると突然、一基の石祠が爆ぜて粉々に崩れ落ちたではないか。
驚いて視線を向けた玉磨瑪は悠青のいる石祠でないことを確認してほっと息を吐く。
「なんで突然……。もしかして怒らせた?」
そう思ったが、白蛇はゆっくり体を左右に振り、両方の目を伏せた。邪眼にしてはつぶらで可愛らしい。
その目はどこか困った様子でまた玉磨瑪を見ては悠青のいる石祠へと移される。
――石祠……白蛇……。もしかして……。
玉磨瑪には一つだけ思い当たることがあった。
「あなたの主になにかあった? なにかに苦しんでいるとか」
それを聞いて、白蛇は赤い舌を興奮気味に激しく出し入れした。どうやら当たっていたようだ。
石祠が突然壊れたのは、恐らくこの石祠の持ち主の影響を受けてのことだろう。陰の気によって石祠を破壊してしまうなんて、どれほどの苦しみを抱えているのか……。
しかしここにある石祠からは瘴気を感じない。
「あなたの主はどこにいる? 急がないと、手遅れになる――」




