<七>
午後からの講義を終えて今日もその足で衛の祖母の家にお邪魔した悠青は、途中で買ってきた手土産を台所にいたおばあさんに渡して挨拶を済ませ、早々に友人と一緒に二階に上がった。
途中、アルバイトに出掛けた衛を待ちながら大学の課題を片付けていた悠青は、改めて友人の部屋を見回した。
まだ本決まりではないが、もしそうだったとして、何故あやかしがこの古民家に出るのか疑問に思っていた。
――古民家だから? それだけが理由のわけないよな。
どこもかしこも古風な家は、何かが出そうな雰囲気が常につきまとう。
しかし雰囲気だけで本当に出るとなると話は別だ。何か要因になるものがあるに違いない。
――やっぱり聞いてみるしかなさそうだな。
衛にではなく、当然あやかしにだ。
得体の知れない何かがいるなんてことは絶対に信じたくないであろう友人に聞くのは時間の無駄というもの。
何のあやかしか、目的も含めて本人に話を聞けたらと思う。
衛がアルバイト先から帰ってきたのは午後十一時を回った頃だった。
風呂を済ませて二階に上がってきた友人は当たり前のように悠青の隣に布団を敷くと、バイトの疲れを吐き出すように大きく息を吐きながら身体を横たえた。
「つっかれたー」
「お疲れさん。混んでたのか?」
「ん-……うん、それなりにー」
曖昧な返事に首を傾げる。
衛のバイト先はこの近くの府道沿いにあるファミレスだ。
シフトは週に数回入れているようで、今日は休みのはずだったのだがバイトの一人が急病でピンチヒッターに駆り出されたのだ。
ここでふとあることに思い至り、悠青は尋ねた。
「もしかして厄介なお客さんでもいた?」
衛は視線をちらりと寄こして、小さく溜息を吐いた。
「その通り。ちょっと前からやたら見て来る子がいてさ。警戒してたんだけど目が合った瞬間、終わった」
悠青は「あー」と漏らしただけで何も言わなかった。
大学でも目立つこの友人はファミレスでも当然注目を浴び、今回も魅了するという能力を遺憾なく発揮し犠牲者が出てしまったというわけだ。
「言っとくけど俺のせいじゃねえからな」
「うんうん。分かってるよ。伊口は自分を着飾るのが好きなだけなんだよな」
「その通り! 一回対応したら何度も呼ばれるようになって最終的には店長が出てくれて何とかなったけどな。 ――それよりどうだ? 何か……出たりとか……」
突然神妙に言ってくるから思わず噴き出しそうになった。
「それ信じないんじゃなかったのか?」
「べ、別に幽霊とか言ってねーしっ。ネズミとかヘビとか、あるだろ?」
こっちも幽霊と断言したわけではないが……。
「蛇か……」
これにはちょっと引っかかった。どうして気になったのかは悠青自身分からないが、這うような音の感じが少し当て嵌まるような気がした。
衛が帰宅するまでネズミもヘビも見かけていないし、音などの現象も起きていない。
昨晩と同じように少し雑談をしていると良い時間になりふたりとも眠りについた。
深夜一時を回った頃、それは現実になった。
悠青はまたあの音を聞いて目を覚ますと、不規則な木目のある天井を暫く見つめてその音を辿るように聞いていた。
――シュ……シュ……ギギギ……。
今度ははっきりと聞こえた。
天井で何かを擦りつけるようにして移動する音。
そして昨晩と同じように悠青のいる真上で一度音が止むと、また軋み音だけがやたら響いて来る。
隣の布団で眠っていた衛も目を覚まし、ガバッと上体を起こして言った。
「聞こえたか? 聞こえたよな!?」
「しっ、静かに」
唇に指を当てて怯える衛を制すると、天井を睨みつけたまま悠青もゆっくり起き上がる。
――ギギ……ギギギギギ……。
段々音が部屋全体に広がるように鳴りだし、重みに耐えかねたのか天井に穴が開いて何かが落ちてきた。
「うわっ!!」
咄嗟に腕を上げて身を守る悠青。
何かが身体に纏わりつき、ギチギチと締め付けて来る。
――金縛りかっ?
抗いながらも友人の安否が気になり隣に視線を向けると、彼はいつの間にか眠ってしまっていた。
失神してしまったのだろうかと心配したが、友人の眠る姿に違和感を覚えた。
起き上がったはずの衛は就寝した時のまま、ちゃんと布団の上で横になり掛け布団もそのまま彼を覆っていたのだ。
――こんな綺麗に失神することなんてあるか!?
いや、ない。
ふと、悠青を締め付けていた力が弱まり、詰めていた息を吐くと少しだけ冷静さを取り戻す。
薄暗い部屋の中、自分のやや粗い息遣いだけが聞こえ、どうにか深く呼吸をするよう努めた。
そして自分に纏わりつく何かを確かめるように視線を落としていく……。
急くように心臓の鼓動が速まるなか、悠青の目に飛び込んできたのは、真っ白な太長い縄のようなもの。
それはじんわり発光していて、鱗のような模様が浮かび上がり、かと思えば今度はむくりと起き上がった頭が悠青の方を振り向く。
悠青は息を呑んだ。
その真ん中辺りについた二つのつぶらな眼と視線がぶつかったことで正体を得た。
「蛇!」
思わず叫んでしまったが衛が起きる気配はない。
怖がりな友人を起こすのは可哀想だし、この蛇があやかしであるなら眠ったままでいてくれた方が安全だろう。
ちろちろと赤い舌を覗かせる白蛇は、悠青に巻き付いているだけで噛みついて来る様子は見られない。
――隠世に行ってから免疫ついたのかな。驚きはしても恐怖は感じないんだよな。
ただこの白蛇に敵意がないだけかもしれないので一応警戒だけはすることにして、悠青は白蛇に話しかけた。
「お前はあやかしか?」
「……」
「何しにここに来たんだ?」
「……」
「おーい? 言葉分からないのかな……」
白蛇は赤い舌を出すばかりで会話は一方通行。これでは悠青の独り言になってしまう。
しかし玉磨瑪にもあやかしと話すよう言われていたので諦めるわけにいかない。
また幾つか問いかけてみたが結局一言も返してはもらえず、途方に暮れ始めた頃、漸く白蛇が動き出した。
スルスルと床を進んで悠青から離れた白蛇――いや、尻尾の方だけまだ悠青を巻き込んでいる。
「……ついてこいってこと?」
部屋の出口でこっちを振り返った白蛇が己の体を使って促すようにぐいぐい引っ張る。
「わかった行くよ。行くから放してくれないかな……これじゃあ連行されてるみたいだ」




