<五>
あやかしだらけの街を通って、辿り着いたのは甘味処“猫甘亭”。
以前、迷魂となって隠世に来た時に入口の前まで来たことがあったのを思い出す。
「いらっしゃいませぇ。あらタマじゃないの」
出迎えたのは花魁風の女性。
玉磨瑪の後ろにいる悠青に気付くと少し驚いた表情を浮かべるも、直ぐに笑顔で歓迎してくれた。
「あなたは初めましてね。わっちは珠甘とお申します。ここの店主をさせてもらってます。どうぞごゆっくりしていってくださいましね」
素性を聞かずに店の中へ通してくれた珠甘に同じように自己紹介をして玉磨瑪のあとに続く。
テーブル席や小上がりのある席を全てスルーして真っ直ぐ店の奥に向かう彼に悠青は首を傾げた。
「何処に行くんだ? この奥は従業員以外入っちゃいけない気がするんだけど……」
「ボクの部屋は二階」
淡々と受け答えする玉磨瑪。
彼がここに住んでいることは分かった。以前もこの店とは親しげであったことは知っていたから納得できる。
しかし悠青は初来店で店主の珠甘とも今初めて言葉を交わした程度の間柄。
「俺もお邪魔していいの? 完全に部外者なんだけど」
「あなたは目立つからボクの客人ってことで招いた。話をするなら個室の方がいい」
言う程目立つかなあと、自分の格好を今頃になって確認する。
急遽友人宅に泊まることになったため、上下共に衛から拝借したTシャツとハーフパンツを身につけていたことを思い出す。
霊体になってもそのままの服装であることに文句はないが、人の目を引くほど派手な格好ではないと思う。
「裸足だからってあやかしたちが気にするとは思えないけど?」
前を行く背中が止まったので悠青もそれに倣い足を止めると、玉磨瑪がくるりと顔を向けてきた。
「服装のことじゃない。悪霊以外の人間の魂が隠世に来ること自体稀なの。だから迷魂って呼ばれてる」
「ああ、そういう理由……」
「いいからついてきて。――珠甘」
「はいはぁい」
玉磨瑪に呼ばれた珠甘が店の方からひょっこりと顔を覗かせた。
「主様に伝達。悠青が来たことと、会うようなら待つって伝えて」
「わかったわ」
彼女との話を終えて再び歩き出す玉磨瑪のあとを今度は躊躇せずついて行くと、二階にある一室に通された。
「ここが玉磨瑪くんの部屋?」
「うん」
「あ、猫もいるんだね」
そういえば店の外にはもちろん、店内にも数匹いたことを思い出す。
それが当たり前のようで、客は気にも留めず甘味を楽しんでいた。
猫憑きの猫屋敷が営む店だから当然のように猫が寄ってくるのかもしれないなと勝手に納得しておく。
「思ったんだけど、こんな遅い時間までお店やってるんだね」
部屋の襖を閉めて迷いなく決まった布団の上に座り込んだ玉磨瑪に問いながら悠青も猫たちの邪魔にならないところに腰を下ろした。
「あやかしに昼も夜もない。ただ陰の気が濃くなる夜の方が動き易いってだけ」
「へえ……」
「それで悠青はどうしてまた身体から離れたの?」
早速本題に入った玉磨瑪は前科のある悠青に疑いの目を向けてきた。
「またおかしな物を食べたんじゃ……」
以前、深淵に落とされた時のことを思い出し、全力で首を振った。
「ないない! 絶対ないから! 今日は友達の家で夕飯を食べさせてもらったけど、毒とか盛るような奴じゃないし」
それに衛も同じ夕食を摂っている。今日は他に人から食べ物を貰った覚えもない。
不意に畳に突いていた手が何かに舐められた。
驚いて咄嗟に手を引っ込めると、見上げて来る一匹の黒い猫と視線がぶつかった。
「この猫ってずっと玉磨瑪くんについてる猫だよね。俺嫌われてると思ってたんだけど、違ったのかな」
ここまで来る道中、ご主人様の足元にぴったり寄り添っていたのが目に入っていた。
玉磨瑪も猫に視線を向けると緩く瞬きをして言った。
「初対面の相手には警戒して当たり前。ボクにも自分にも害がないと分かるまで近寄らない」
「ってことは、少しは信用してもらえたってこと?」
そうであったなら素直に嬉しい。
暫く玉磨瑪と黒猫が見つめ合っていると、何かを得たのか玉磨瑪の視線が悠青に向く。
「ボクが部屋に入れたから仕方なくだってさ」
「まさかの妥協……」
ちょっとがっかりはしたが、会うのはまだ二度目なので仕方あるまい。
「何か気になる気配がして舐めたみたい」
突然の不穏な発言に悠青は眉を寄せた。
「何か、って?」
――まさかまた穢れてるとかそういう話じゃないだろうなぁ!
そうだとしたら一体いつどこでそうなったのか、全く身に覚えがない。
表情に焦りの色を浮かべていた悠青とは反対に、玉磨瑪はいたく冷静に淡々と告げた。
「瘴気じゃないけど、何かあやかしのような気配。ボクもそれは感じてたんだけど正体までは分からない」
瘴気――穢れていないと分かってほっとしたいところだが、そうもいかないようだ。
「あやかし? が、俺に取り憑いてるってこと? 玉磨瑪くんたちみたいに!?」
「憑いているとまでは言ってない」
少し落ち着いたら? と言わんばかりに目を眇める年下の男の子――いや、年は自分より五倍は上だったかと思い出した悠青は、なんだかなぁと天を仰ぎたくなった。
「えーっと、じゃあどういうことか説明をお願いします」
軽く咳払いをして改まって尋ねると、玉磨瑪は真剣な表情を作って悠青を見つめた。
「……気配がつく場合、そのあやかしが近くに暫く居続けるか、直接触れないとつかない。だから悠青の場合直接触れたんだと思う」
「え、何でそっち? 俺が気付かなかっただけで近くに居た可能性も……」
接触した覚えも当然なくてそんな疑問が浮かぶ。
「それは、ボクが悠青を見張ってたから」
「……見張ってた? どうして」
「あ、監視? この場合なんて言うのか……観察?」
「いや言い方の問題じゃなくて」
つい苦笑してしまう。
前会った時もそうだったが、言葉選びが結構はっきりし過ぎているというか、子供っぽさがあるというか。
見た目相応に感じてちょっと安心した気持ちになる。
「じゃあ玉磨瑪くんは俺を見張ってたからあやかしが近くにいなかったこと知ってたわけだ。だから触れない限りあり得ないって思ったんだね」
「うん。毎日じゃないけど、様子を見るようにって言われてたからそうしてた」
「誰に?」
「主……閻煌様」
なんとなく予想はしていたがやっぱりだ。
はっきりとした目的は悠青には分からないが、気にかけてくれていたことは伝わったので特に不快に感じたりはしなかった。
「怒らないの?」
「怒る? いや、怒りは湧いてこないよ。ここでは助けてもらったし、その事情で様子を見る必要があったのかなって思うから」
この返答が予想外だったのか、玉磨瑪の大きな目が不思議そうに悠青を捉えていた。
その真っ直ぐの視線に少し堪えられなくなった悠青は一度視線を外して話を元に戻した。
「その……あやかしが触れたとして、それも覚えがないんだけど……。前みたいに幽体離脱しちゃったから記憶が飛んだってことなのかな?」
自分の見解に意見を求めるように話すと、玉磨瑪はいつも通り反応を返してくる。
「うん。多分そうだと思う。身体から離れる直前のことで何か覚えてることは?」
「うーん……覚えてることねぇ……」
友人の衛に服を借りて、部屋で雑談をしていたところまでは思い出してきた。
「あ、伊口に“音”が聞こえるかどうか確かめてほしいって言われて行ったんだ」
「音……」
「そうそう。最近ずっと家の中で音がするって。何かが這うような音で日に日に増してる気がするからって他の人にもその音が聞こえるか知りたがってたんだよ」
「多分それ――」
玉磨瑪が何かを言いかけたところで視界が突然ぼやけた。
異変に気付いた少年の輪郭がこっちに身を乗り出してくるが、悠青は反応できないまま薄れていく視界を自分の瞼で覆った。




