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神門の鬼番  作者: 煙々茸
第零章 ~地獄の入口に迷い込む一魂~
3/11

<三>


 暗闇の世界。

 時折浮かび上がる凸凹とした岩は血のように赤く照らされる。照らしているのは更に先にある何か……。

 ――ここは何処だ?

 悠青は何かに吸い寄せられるように赤く渦巻く方へと歩いていく。

 見えてきたのは見たこともないほど大きな鳥居。その中央へ流れるように冷気が動いている。

 どうして自分はここにいるのか。どうやって来たのか覚えていない。記憶が飛んでしまったように少し前のことが思い出せないでいた。

 それでもいいかと何となく思う。

 考えることを放棄した悠青の身体は更に加速して鳥居の真下まで来ていた。

 その時、何かに身体を引っ張られた気がして足が止まる。まるでこの先に行ってはならない、行けばもう戻ってこられないと警告しているようで……。

 ――戻らないと。ここに居ちゃいけない。

 そう感じた悠青の足が一歩後退した。

 すると今度は背中に衝撃があり、何かにぶつかったのだと気付く。

 振り向くと同時に声が聞こえた。

「こやつ……悪霊ではないのぅ。餓鬼か? いやそれとも違う……まさか迷魂か?」

「めい……こん……?」

「ほう、口が利けるのか。幾分か霊力が強いようだ。何故こんなところに迷い込んだ? おぬしのような御魂が来る場所ではないぞ」

「……みたま?」

 確か御魂は神様や死者の霊を敬う時に使う呼称だ。

「俺……死んだの?」

 質問になかなか返答がなく、悠青は周囲に目を走らせる。

 しかし声の主は暗闇に溶け込んでいるのかまったく姿が見えない。

 少し周りの冷気が動く気配がして緊張すると、暗闇から漸く答えが返ってきた。

「死んではおらぬが、ここに居てはどの道そうなるであろうな」

 声の質感からして男のようだが、古風な言葉で話す相手は他人事のように始終軽い調子でこっちもなんだか調子を狂わされる。

「ど、どうすれば帰れますか?」

 話しているうちに段々思考が働くようになってきたが、今まで然程感じていなかった恐怖が一気に膨れ上がり、縋るように質問を重ねた。

「俺……なんでここにいるのか分からなくてっ。記憶がぼんやりしてるっていうか……。一体ここは何処なんですか?」

「――深淵だ」

 答えた声は今まで話していた声とは違っていた。耳心地がよく、落ち着いた若い男の声だ。

 そっちへ振り返ると目の前に赤い炎が浮かび上がり、宙をふわふわと飛び、気付けば辺り一帯同じ炎に囲まれていた。

「な、……ど、……はあ?」

 非現実的な光景を前に上手く言葉を出せないでいると、最初の古風な男の声が「落ち着けぃ」と宥めて来る。

「人魂!?」

「鬼火だ。害はない」

 今度は若い男の台詞に一瞬安堵しかけた悠青だったが、鬼火も恐怖の対象であることに変わりないと気付き「いやいや」と首を振る。

「鬼火だって拙いでしょう! 害がないなんてどうして言い切れる――」

 人魂、基、鬼火に照らされて浮かび上がった男の顔を見て、悠青は言葉を失った。

 ――こんな綺麗な人、初めて見た……。

 しかも男だ。肌は白く透き通るようで、鼻梁も細く均等な眉も小顔の中に品良く収まっている。

 何より目を引いたのは鬼火に揺れる赤い双眸だった。

「あいたっ」

 突然後頭部を何かで叩かれた。

 柔らかい物のようで然程痛みは感じなかったが、叩いた犯人を見て悠青は違う意味でまた言葉を失った。

 漆黒の羽に覆われた身体。長いくちばし。首を長く伸ばしてこっちを見下ろす姿には何処か威厳がある。

 この人間とは異なる姿はまるで――。

「カラス……?」

「ただのカラスと一緒にするでない。吾は八咫烏やたがらすよ」

 よく見たら足が三本ある。神話に出て来る姿と良く似ていた。

 まさか人間の言葉を話すとは思わなかったが……。

 悠青を叩いた翼を大きく広げた八咫烏。その全長は五メートルを優に超えている。

 そもそもの身の丈が人間の子供と変わらない大きさなのだ。驚いて言葉を失うのも無理はない。

 ――ここは深淵って場所で、鬼火に八咫烏……。死にかけてるからこんなものを見てるのか?

 彼らの言葉と自分の身体の感覚がいつもと違っていることを冷静に考えられるようになって、漸く置かれた現状を理解する。

 しかしどうして死にそうになっているのかが分からない。

「もしかして、この先に三途の川とかあったりします……?」

 小説なんかで出て来るあの世とこの世の境界に流れる川。

 それを渡ってしまったら最後、現世に戻ることができなくなる。

 実際見たこともなければ渡った人の話も当然聞いたことがないので本当か分からないし、こんな状況に立たされても半信半疑だ。

「貴様は怖くはないのか?」

「怖いですよ、当然。聞いといてなんですがあなたの答えを聞くのが怖くて逃げ出したい衝動に駆られてます」

 ほら、と震える手を差し出して本心を曝すと、八咫烏は翼を大きく動かして飛び上がった。

「それでも冷静でいようとするおぬしは肝が据わっておる。一先ず話はここから出てからだな」

「出られるんですか!? どうやって?」

「エンについてゆけ」

「えん?」

「あやつだ、閻煌えんこう。決してはぐれるでないぞ」

 既に歩き出している美しい男は、歩く後ろ姿も綺麗で卒がない。

 閻煌は歩きながら辺りに浮遊する鬼火を手の平に集約させていく。

 そんな彼の背中を見失わないようにぴったりとついていく悠青の頭上には、大きな翼をバサバサと羽ばたかせる音がずっと聞こえていた。

 手の平に吸い込まれるようにして全ての鬼火が消えた頃――。

 暗い深淵を漸く抜けて視界が明るく開けた。眩しい光に抗えず瞼を伏せる。

 夢から覚めたのかと思った悠青だったが、目を開けた先に広がる景色にまたしても驚かされた。

「…………ここ、どこだ?」

 日が暮れようとしているのか空は夕焼けに近い色をしている。

 丘の麓に建つ家々も悠青のいた現世の物とは少し異なり、時代を遡ったかのように古めかしい建物ばかりだ。

 舗装されていない見知らぬ道の片側には川が流れており、幅は大体四メートルといったところか。

 覗き込むと形容し難い姿をした生き物が泳いでいる。

 魚にしては透明で、まるで骨そのものが泳いでいるようだ。

「俺はまだ夢を見てるのか? ……まさかっ、これが三途の川!」

「三途の川がこんなしょぼいわけなかろうが」

 突然空から声が降って来たかと思えば、脳天に軽い衝撃が加えられ足がよろめく。

「何か落ちてきたっ」

 慌てて頭に手をやると、もさっとした感触に一瞬怯みながらも持ち上げて目の前に持ってくる。

「――っ」

 ソレと間近で目が合って声を上げそうになった。

「え……カラス」

「八咫烏だ。物覚えの悪いおつむよのぅ」

「本当に八咫烏さんっ? いやだって、さっきまでのサイズと全然違うじゃないですか……」

 どう見てもカラスそのもの。

 深淵で見た時と変わっていないのは会話ができることと三本足であることくらいだ。威厳もそれほど無い。

「あの姿だと村の者を驚かせてしまうでな。身体を小さくすることなんぞ朝飯前よ」

「そう……なんですか。便利ですね」

 当たり障りのない感想しか思い浮かばないが、八咫烏は気にした風もなく両翼を二度ほど動かすと悠青の頭に再び飛び乗った。

 退く気はないようで三本足を縮めて腹の下に隠す八咫烏。完全に居座る気のようだ。

「俺の頭は鳥の巣じゃないんだけど……」

「誰が鳥だと? 言っておくがおぬしは吾らに文句を垂れる立場にないぞ。ここから出たいのであろう?」

 悠青はぐっと言葉を詰まらせ、改めて状況把握に努めることにした。

「三途の川じゃないなら、俺はまだ死んでないってことですよね? ここは夢の中、なんですか?」

隠世かくりよだ」

 答えたのは前を歩く閻煌だった。

「かくりよ………あの隠世っ?」

 また二次元的単語が出て来て頭がパニックを起こしかける。

 ただオウム返しする悠青には構わず閻煌は説明を続ける。

「夢と思う者もいるが、実際に存在している場所だから夢と断ずるのは危険だ。お前の肉体は魂が抜け、現世うつしよに放置されている。魂が消滅したら肉体は朽ちるか、知恵ある者に悪用されるだろう」

 怖い情報が多すぎて悠青は言葉を失った。今日何度目だろうか。

「俺……どうしたらいいですか?」

 もう丸投げして全てを任せた方が良さそうだ。

 どうなるかなんて考えるのも恐ろしいし、自分でどうにかできるわけがないのだから。

 ふと足を止めた閻煌に、悠青も倣うようにその場に立ち尽くす。

 途方に暮れている悠青の顔を、綺麗な赤い瞳がじっと見つめて来る。

「な、何ですか……?」

「お前がここに来た理由だが、お前の魂に穢れが混じっていることが要因だ。まずはそれを取り除かなければ現世に戻ることはできない」

「えっ……穢れ? って、どういう……」

 良くないことなのは想像できるが、いきなり“お前は汚れている”みたいなことを言われても頭が追いつかない。

 ――というかちょっと失礼じゃないか?

 と思うものの、真面目そうな彼が冗談を言っている様には見えないし、ここが現実の世界とは異なる場所であることも飲み込めてきたため信じない選択肢も今は限りなく薄くなっている。

 閻煌は側を流れる穏やかな川に視線を落としながら言う。

「深淵という場所は死んだ者の魂が集まる場所。お前が言う三途の川や六道の辻と同じ役割を持っているが、深淵は中でも悪辣な場所だ」

 そういえばと後ろを振り返る悠青。だが、通ってきたはずの深淵が忽然と消えていた。初めから無かったかのように――。

「悪辣ってどんな風に……?」

 ごくりと固唾を呑んで答えを促すと、赤い瞳が再び悠青を捉えた。

「地獄門。悪霊だけが集まる場所だ」

「地獄!?」

 ――て、俺は地獄に落ちかけてたってことっ?

「大鳥居を見ただろう。あの先に地獄がある」

 地獄と言えば、生前悪事を働いた者が行く場所と認識している。

 三途の川であるなら極楽浄土にいける可能性もあるだろうが、話を聞く限り深淵は地獄に直結しているようで行ったら最後、八大地獄の罰と対面することになる。

 しかし、悠青は地獄に落とされるほどの罪を犯した覚えはない……はず。

 ここに来る前の記憶が曖昧なので肯定も否定もできないのだ。

「あの……俺は何をしたんでしょうか?」

「こっちが聞きたいわ。何も覚えておらんのか?」

 物理的に頭の上からの質問に、悠青はうーんと唸るしかない。もう少しで思い出せそうなのだが……。

 考え込んでいる間に閻煌と八咫烏の間で言葉が交わされる。

玉磨瑪たまめはどうしている?」

「店におると言っておったぞ。今回はタマに任せるのか? ならば呼んでこよう」

「いや、お前が彼を玉磨瑪の元へ案内しろ。終わったらそのまま送り届けるよう伝えてくれ」

「承った。――というわけだ。行くぞ、えーっと……」

 八咫烏の視線と言葉の行き先がまた真下に向けられ、悠青は自分が名乗っていなかったことに今頃気付いた。

「俺は悠青。源元悠青っていいます」

「ゆうせいか。しかし“源”とは……変に運命を感じるのぅ」

「え?」

「いやこっちの話よ。ほれ、もうゆくぞ。あっちだ」

 片翼を持ち上げて方向を指し示す八咫烏に従い、悠青は歩き出す。

「あれ、閻煌さんは?」

 振り返ると既に彼の姿はなく……。

「あやつは忙しいから気にするな」

 と八咫烏に押し切られ、お礼も言えなかったことに後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。


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