<二>
京都の大学に通う二十歳の源元悠青は、大学から友人と別れて帰路とは逆方向に向けて歩き出す。向かう先は相手が指定した喫茶店。
相手は一つ下の女子大生だが、残念ながら甘い関係でもなければまだ友人と呼べるほどの仲でもない。
たまたま男友達に紹介された時が一回、今回会うのが二回目だ。
大学から遠く離れた場所を指定してきたのは知り合いに見られたくないからだろう。
突然スマホに連絡が来た時は驚いた。紹介された日、一緒に行動した流れでIDは交換していたのだが、まさかこんなに早く連絡がこようとは。
そして用件は悠青に相談事があるとのこと……。
ほぼ初対面の相手がなぜ悠青を指名したのかは、悠青本人にも分からず会った時に聞くつもりだ。
「ここかな……」
ガラスが嵌め込まれた木の扉を押し開ける。
昼を少し過ぎた時間帯で、客入りも少なく隠れ家のような喫茶店だ。
店内も温かみのある明かりに包まれ、居心地は良さそうだ。
少し奥の方へ視線を向けると、見覚えのある横顔を見つけて歩み寄る。
「れんかさん、だよね。待たせてごめん」
「ううん。突然呼び出したのはわたしだから。正直来てくれると思わなかった……」
一度会っただけの相手が呼び出しに応えるわけがないと彼女も思っていたようで、その顔には驚きとほっとしたような感情が滲んでいた。
彼女は何も頼まずに待っていたようで、悠青は店に迷惑がかかると思い、取り敢えずそれぞれ飲み物を注文して一息つく。
先に口を開いたのは悠青だった。
「どうして俺に連絡を? 相談事なら親しい友人にした方がいいと思うけど」
彼女は持ち上げていたグラスを元の位置に戻して悠青を見た。
「友達じゃダメなんです。源元さんみたいな人じゃないと……」
「俺みたいな?」
「はい。あと源元さんは相談に乗るのが上手だって、一志から聞いてて……」
一志は彼女を悠青に紹介した男友達だ。
共通の友人である一志にもできない相談とは一体何なのか。
「俺は話を聞いているだけで、特別アドバイスしてるとかじゃないよ。それでも良ければ聞くけど……」
『相談に乗るのが上手』とは初めて聞いた。
それは買い被りだと悠青は思っている。友人の話を聞き、自分の意見を挟むこともあるが、ほとんど共感するように頷いているだけだ。
物事を最後に決めるのは本人だし、その人が納得する答えじゃないと意味がないと思っているから……。
「俺じゃないといけない理由を聞いてもいいかな?」
彼女は膝に手を置き、意を決したように口を開いた。
「わたしの彼氏になってください」
「……え?」
聞き間違いかとまじまじ彼女を見ると、れんかは真剣な面持ちからハッとしたように慌てて補足した。
「もちろん本当に付き合ってほしいわけじゃなくて、期間限定でいいの! 恋人ってことで友人に紹介させてくれませんか?」
詳しく話を聞いたところ、仲の良い女友達がずっと友人として付き合ってきた男を好きになり、告白しようと思ったがその男はれんかに心を寄せているようで告白に踏み切れないでいるという。
しかしれんかにその気はなく、叶うなら友達の恋が実ってほしいと願っている。
その場のノリで恋人には困ってないからとやんわり距離を取ってきたが、段々それも苦しくなり、つい恋人ができたと言ってしまったらしい。
それが先週のことである。
「話を聞く限り、男性のアプローチが激しいように思うんだけど。実際告白とかは?」
「ううん。告白してくれてたらわたしもはっきり断れて楽なんだけど……。事あるごとに探りを入れてくるから、思わず彼氏いるからって嘘ついちゃったんです」
「そうしたら会わせて欲しいと……」
「はい……巻き込んですみません」
消え入りそうなれんかの声を聞きながら悠青は小さく息を吐き思案する。
友人同士の色恋沙汰は泥沼化することもあると何処かで聞いたことがある。
悠青自身、恋愛においては興味が薄く疎い。故に適切なアドバイスなど当然できる自信がない。
仮に自分が偽の彼氏になることで相手の男が諦めてくれるなら引き受けてもいいが、逆情するタイプであるのなら逆効果になりかねない。
「聞きたいんだけど、どうして俺なの? れんかさんのこと知ってる友人に頼んだ方が良くないかな」
「それは……彼の知らない人って言ってしまったので……。知ってたら直ぐ嘘だって気付かれるかもしれないでしょう? 変に探られることもない……と思ったんですけど、まさか会ってみたいだなんて……、すみません」
それでタイミングよく一志と一緒にいた悠青に白羽の矢が立ったというわけだ。
相手の男も自分の目で見ないと納得できないのだろう。それだけれんかに本気ということか。
――なら告白すればいいのに。
と思うのは他人事だからだろうか……。
悠青は眉間を揉み、不得手である恋愛相談の答えを出すべく、キャラメルラテで糖分を補給した。
一気に飲み干して空になったグラスをテーブルに置くと同時に固めた答えを告げる。
「分かった。引き受けてもいいけど時間が欲しい。俺たちお互いの事何も知らないままじゃ拙いから。恋人として最低限のことは知っておかないと」
「あ、ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げる彼女に、悠青は「できる限りのことはするよ」と苦笑を漏らした。




