<三>
一泊だけだからと近くのコンビニで歯ブラシやら必要な物を買い込んでその足で衛の祖母の家にやってきた悠青は、「これはまた……」と感嘆の息を漏らした。
古民家とは聞いていたが、伝統的な京町家などと同じ文化遺産に指定されてもおかしくないほど長い年月を感じさせる趣のある家に出迎えられるとは思いもしなかった。想像以上に立派な古民家だ。
「ここでおばあさんと二人で?」
「そうだぜ。ほら、突っ立ってないで入れよ」
「うん……お邪魔します」
門を潜って玄関の扉を開けて入って行く衛に続き、悠青も靴を揃えて家の中に上がる。
中はどことなくひんやりとしていて涼しい。
入って少し奥まったところに二階に続く階段があり、それを上がっていく友人の背中に声を掛けた。
「おばあさんに挨拶したいんだけど」
「あ、それは後でいいぜ。この時間は裏庭に出てるだろうから」
振り向かないまま告げて階段を上がり切った衛のその背中が見えなくなると、悠青も急ぎ階段を上がっていく。
狭い階段を上がり切って左手側を覗くと、奥の戸が開いているのが目に留まった。そこに入ったのだろうと追いかけると直ぐに伊口に呼ばれた。
「悠青こっちだ」
「……ここ、お前の部屋?」
「一応な。最近は下で寝ることもある」
衛の部屋にしては家具や飾ってある物が質素に感じられる。というかほぼ本人の物は置かれていないのではなかろうか。
そんな悠青の疑問を感じ取ったのか、衛が先に答えをくれた。
「急に来ることになったから片付いてないってのもあるけど、居候の身だからあんま私物は置きたくねえんだ。後々持ち帰るのも面倒だし」
「なるほど……。下で寝るようになったのは例の音のせいか?」
「そういうこと。寝心地わりぃし、それこそ変な夢でも見せられたらたまったもんじゃねえからな」
寝る部屋を変えるほど衛を悩ませている“音”とは一体何なのか……。
今日は音の真相を探る為に衛のこの部屋で寝ることになった。
彼の祖母にも無事に了解を得て、暗くなるまで適当に過ごして夜になったら布団を並べて就寝の支度を整えた。
「音聞くの嫌なんだろう? 確かめるの俺なんだし、一階で寝てくれても――」
「雇い主がほっぽり出して安全圏で寝れるかよ」
言い切る前に突き返されて悠青は苦笑を零す。
「雇い主って、別にそんな重く考えなくてもいいと思うけどな。うまい夕食で十分対価は貰ってるし。俺は一人でも平気だよ」
いつもの一人で適当に済ませる食事とは違い、衛の祖母が育てた野菜と肉を加えた料理にありつけたのだ。今度菓子折りを持ってお礼しに来ようとまで考えていたくらいだ。音の件があれど、一晩寝るくらいどうってことはない。
言いながら布団に寝転がり、仰向けになって天井をぼんやり見つめていると、衛が「電気消すぞ」と言って部屋の照明が落とされた。
一瞬真っ暗になった矢先、足元の常夜灯がほんのり部屋を明るく照らす。
すぐに隣の布団に衛が横になる気配がして、悠青はそっちに顔を向けた。
「音って時間帯とか決まってるのか?」
「いつも大体夜中だな。なんつーか……音自体がデカく……いや、重く? なってきてるせいか下で寝てても最近じゃあ聞こえてくんだよ。だから下で寝ようが上で寝ようが大差はねえ」
さっきの話の続きなのか、だから気にするなと言われているようで悠青はまた苦笑した。
「そっか。それじゃあ付き合ってもらおうかな」
今日は無風で時折聞こえてくるのは少し離れた場所にある車道を走る車の音くらいだ。
珍しく衛が躊躇いがちに尋ねてきた。
「悠青はこういうこと平気なのか?」
「こういうことって?」
「ゆ……幽霊とか、怪奇現象? 的なやつ」
「あー全然平気ってわけじゃないけど、嫌いなわけでもないから……」
この感情はどう説明したらいいのだろうか。
テレビ番組なんかで取り上げられる心霊特番なんかは怖いもの見たさでたまに見ることはあるし、幽霊や未確認生命体といったものが居ないとは言い切れないよな、と少し前までは漠然と思っていた。
それが確信に変わったのは、あの出来事があってからだ。
深淵から救い出されたと思ったら隠世という場所に行きつき。そこで元人間だというあやかしだか霊だかに憑かれた人たちが暮らしていて、そこには本物のあやかしも住んでいて。まさに異世界だった。
出会った憑人たちは皆良い人のように思えたし、もう少し話をしてみたかったのも確かだ。
だからといって、怖さが消えたわけではないのでやはり説明するのは難しいが……。
――こんなこと話しても信じて貰えないだろうし。余計怖がらせるだけだよな。
「まあ例え幽霊の仕業だったとしても大丈夫じゃないかな」
「はあ? なんで言い切れるんだよっ」
ビビった様子の衛に今度こそ笑いが零れる。
「っ……うん、まあほら、二人でいれば向こうの方が敵わないって思って逃げてくかなーってさ」
「笑ってんじゃねえよ。……ンなわけあるか。どういう理屈だそりゃ」
ぶつぶつと文句を吐くだけ吐いて背を向けてしまった友人に、悠青はまた小さく肩を震わせた。
それから衛と大学の教授がどうのとか、逆ナンしてきた女がやばかったとか(これは衛の愚痴だが)、など他愛のない話をしているうちに眠りについた。




