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神門の鬼憑  作者: 煙々茸
第二章 ~人間を狂わす妖の薬・後編~
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22/23

<七>


 現世――京都のとある竹林。

 真っ白な狐が数匹、真っ直ぐ伸びる竹の合間を縫うように駆け、怪しげな気配を追う。

 それは同じあやかしでありながら、邪悪な霊力を帯びていた。

 瀧庵の指示のもと、漸くここまできた。気配に近付くにつれ地を踏む四肢が加速する。

 そこに自分たちのものではない、草を掻き分けるような音が聞こえてきた。

 人の足音とも違う、地面を滑るように進む何か……。

 それが直ぐ後ろに迫った時、白い狐は横に高く跳んだ。

 さっきまでいた場所に物凄い勢いで突っ込んできたのは、長く伸びた何かの根っこだった。太さは人間の太腿程あるだろうか。

 相手を仕留め損ねたと見るや、根っこはぴたりとその動きを止めて、またずるずるとゆっくり逆戻りし始める。

 誰かが綱を引くように根を引っ張っているようにも見えるが、そうではない。

 仲間の狐が、根が引っ込んだ先を確認すると、地面にぽっかり穴があいていた。

この中に根っこが吸い込まれるように消えたのは間違いない。それも邪悪な気配と一緒に……。

 そこに淡い紫の着物を着た少女が現れた。

 なめらかな髪は白に限りなく近い銀色で、少女の腰辺りまで真っ直ぐ伸びている。

 ふっくらとした頬はピンク色に染まり、小顔に口や鼻が控えめに添えられ、とても慎ましく上品な雰囲気がある。

「見つけたの?」

 おまけに鈴を鳴らしたような愛らしい声。

 尋ねられた狐たちはどこか嬉しそうに立てた耳をぴくりと揺らした。

 ただ、ずっと目だけは閉ざされていてその双眼を覗き見ること叶わず。しかしそれがまた物静かな雰囲気を強めていた。

「……そう。ありがとう」

 瞼を下ろしたまま忠実な狐たちに頷いた少女――さゑは狐禅寺所属であり、狐の憑人であった。

「閻煌様はお忙しいと思うから、瀧庵に知らせて。地に棲みつく悪しき樹妖の根を発見し“根絶した”と――」

 命令を受けた白狐は早々に姿を消し、ずっとさゑに張り付いていた一匹が尾を大きく振った。

 すると一本だった尾が三本に増え、振る度に数を増やしていく。

 ついには九尾の狐となったさゑの相棒は、口にしなくとも彼女の考えを理解しているかのように攻撃を開始した。

 扇のように広げた九本の尾の先端に火を灯すと、根が逃げ込んだ地面の穴に向けて一斉に放つ。

 到着して直ぐに気付いたことだが、穴はあちこちにあいており、彼女が言った通り本当に樹妖が棲みついていたのだ。

 それぞれの穴に狐火が飛び込むと、暫くして地面が振動し始める。まるで神経を刺激されて痙攣しているような揺れ方だ。

 そして地面を強く押し上げると、それは再び姿を現した。

 禍々しい瘴気を帯びた樹妖の根。太さは先程の根より倍以上ある。

 恐らくこれが中心の根っこ。そこから細かな根が生え枝分かれして少し先にある街の方へと伸ばしていたのだ。まるで蜘蛛の巣のように――。

 そこから小さな枝を幾つも伸ばして葉をつけ、毒を出す。

 今、さゑの目の前で展開されているのはまさにその工程だった。

「これに引き寄せた人間たちを利用して薬をばら撒いていたのね」

 一瞬にして大きく育った禍々しい樹妖――だがその半分は先の狐火によって焼け焦げている。

 頑張ってもっと枝を伸ばそうとしているようだが、根を大半失った状態では完全復活とはいくまい。

「あなたのようなモノが、現世に居場所があると思わないことね」

 この台詞を合図に九尾の狐が再び前に出た。

 尾を一点に向けて揃え、九個の狐火を弾き出すと一つの大きな炎の弾となって樹妖の太い根を貫いた。

 蠢いていた根は形を保っていられなくなり次々に弾け飛び、浄化の炎で焼かれたそれらは灰も残らない。

 頼んだ伝言通り、まさに根絶したのである。

 堕ちたあやかしを消滅させることは閻煌にしかできないはず。

 予想していたことだが、これは樹妖の本体ではないということだ。

「それで……あなたが樹妖の欠片を現世に持ち込んだあやかし?」

 さゑが振り返って質問したのは、狐に咥えられて逃げられずにいた小者妖怪だった。

 思い出したように手足をばたつかせるあやかしだったが、どうにも抜け出せずまた直ぐに大人しくなった。

 見た目は全身に毛の生えた毬栗のような丸い身体に手足が生えていて、顔のパーツは体毛に隠されていて見えない。

 あやかしの薬の気配とは別に現世で不穏な動きをするあやかしを追っていたところ、街中でこのあやかしを見つけて捕らえたのだ。

「穢れた樹妖の一部を運んで大きくなるまで監視していたのよね? 他に仲間はいるの?」

 さゑの質問には一貫として首を左右に振るばかり。

「そう……」とさゑが溜息と一緒に吐き出すと、毬栗のような小さな身体がびくりと震えた。

 一歩踏み出した九尾の狐にも鋭く睨まれ、火に炙られている毬栗のように震えが止まらなくなった。

 最後の仕上げとばかりに一本の尾に火を灯すと、それだけで弾けたように全力で身体を左右に振る毬栗妖怪。

「……嘘は言っていないようね。詳しい情報も与えられず、いいように使われていたってところかしら」

 そう判断したさゑは、このあやかしに興味を無くしたかのように顔を背けて歩き出す。

「あとは閻煌様にお任せします」

 と、ぽつりと呟いて来た道を白狐たちと共にゆっくりと引き返した。


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