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神門の鬼番  作者: 煙々茸
第二章 ~人間を狂わす妖の薬・後編~
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23/23

<八>


 隠世の樹海に起きた地響き。それがまた閻煌たちを襲った。

 集まった樹妖たちは慌てふためき、その場で頭を抱えて縮こまる者、逃げ出して木の陰に身を潜める者、敵と決めつけていた閻煌の後ろに隠れる者など動きは様々。

 地響きが起きたということはあの甘いニオイを醸し出すあやかしも奇襲をかけてくると思ったが、今回はその気配はない。

 その代わりに根を伸ばすように地面が幾筋にも割れて、土を盛り上げながら何かが迫ってきた。

「これはかなりデカい!」

 燈鶴の言う通りその存在は周辺の木を根こそぎ持ち上げて倒すほどの力を持っており、木の陰に隠れていた樹妖たちが逃げる暇もなく巻き込まれていく。

「燈鶴」

「――チッ」

 閻煌に呼ばれて瞬時に理解した燈鶴は嫌々ながらも助けに向かう。

 その間も亀裂は迷うことなく閻煌に向かって伸びて来ていた。

 閻煌は八咫烏にも指示を出す。

「お前は皆を先導して安全なところへ避難させろ」

「分かった。おぬしも無茶をするでないぞ!」

 纏わりついていた樹妖たちがいなくなったことを確認して、手の平に一つの鬼火を灯す。

 それを標的とするように地面を突き破って出てきたのは巨大な木の根だった。

 鞭のように地面に根の身体を打ち付けて反動をつけ、更に勢いを増して閻煌に襲いかかる――。

 一方、閻煌は動じず空いた左手を前にかざした。

 何も持たない左手一本で自分よりも太い根と張り合えるわけがないと、誰しも思うだろう。

 しかしそれは起きた。

 とてつもなく厚い壁に阻まれたかのように太い根が閻煌の手の平に弾かれたのだ。

 そのまま左手をサッと横に払うと同じ方向に根っこも煽られ地面に叩きつけた。

 こうして一切寄せ付けないまま、閻煌は一点を注視する。

 右手に灯した鬼火が大きく揺れるのと同時に、蠢く根っこの本体が目の前に姿を現す――。

 薄霧の中から閻煌を見下ろす黒い影は、彼の身長の三倍以上はあるだろうか。

 そこから幾つも腕を伸ばす姿は一見千手観音のようだ。

 腕は更に枝分かれして姿を変え、葉をつけたと思ったら得体の知れない実まで実らせた。

 怪しげな姿はまさに堕ちた樹妖であった。

 その異様さは神域に忍び込んだ樹妖とはわけが違う。

 幾つものあやかしをとり込んでおり、瘴気もかなり強力。つけた実が形容し難いのもそのせいだろう。

「歪だな……。怒りを無理に増幅させられたか」

 樹妖は答えない。その知能さえ崩壊してしまったのか、ただの化け物に成り下がっていた。

 枝についた実からは何かが腐敗した臭いがする。

 さっきの甘いニオイとどちらがいいかと言われれば、双方それぞれ違う意味で嫌なニオイなのでどっちもどっちだ。

 情報を引き出せないならあとは滅するのみ。

 閻煌の構えた左手に血管が浮き上がり、メキメキと音を立てながら骨格をも太くする。

 爪も鋭く尖らせると先端からぽたぽたと赤い血液が滴り落ちた。

 自傷したわけではないがこれも紛れもなく閻煌自身の血。

 体内の血管から吸い上げて外へ送り出しているのだ。

「あれは鬼の血か」

「鬼の血だ……。触れたら死ぬぞ!」

 遠くで息を潜めていたあやかしたちが閻煌から発せられる恐ろしい気配におののき、今度こそ一目散に逃げだした。

 燃え続ける鬼火を更に燃え上がらせると、閻煌はそれを弾くようにして高く打ち上げた。

 それ目掛けて血の滴り落ちる左手を大きく振るう。

 血の触れた鬼火は花火のように弾けて拡散し、禍々しい樹妖の真上に降り注ぐ。

 これに触れた途端、けたたましい悲鳴が一帯に響き渡った。

 葉を焼き、枝まで血の鬼火が侵食すると、再生することなく崩れ落ちていく。

 樹妖の地獄のような叫び声は、ただの悲鳴というにはあまりにもかけ離れており、言い換えるなら憎しみのこもった声、怨嗟えんさの声や凄声せいせいと言った方がしっくりくる。

 上空で見ていた八咫烏もこの火の海には丸い目玉を落っことしそうなくらい瞠目した。

「エンよ……まさか、こんなところで解放する気じゃなかろうなあ……」

 そう危惧させるほどに閻煌の攻撃は容赦がなく、広範囲を焼き尽くした。

 それだけ樹妖の根が広く地上を侵していたということでもあり、速やかに対処するには一気に一掃してしまう必要があったのだ。

 閻煌は火の海の中で無傷のまま佇んでおり、彼に近付ける者などこの場にはいない。

 バキバキと巨木が頽れる瞬間を、赤い瞳に映して静観するその姿は異質でいて、遠くからでも目を惹かれる美しさがあった。



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