<五>
樹海の入口付近に立っていた燈鶴は、目先の嫌な空気に顔下半分を忍び装束の付属品ともいえる黒い布で覆い隠す。
これで完全に瘴気を防げるわけではないが、直に吸わないだけまだましだろう。
足音一つ立てず、樹海の中へと入って行く。
憑人の頂点ともいえる閻煌の存在は、隠世だけに留まらず現世でも恐れられている。
鬼に憑かれているというだけの理由で、彼自身を見ようともしない連中のことが燈鶴は端的に言えば“嫌い”なのだ。
そして彼自身のこともまた腹立たしく思っている。外側しか見ない連中に対して全く怒りを見せない辺りがイラついて仕方ない――。
燈鶴は金色の目を眇めて慎重に進んだ。
隠密を生業とする高麗狛にとっては相手に気付かれることなく追跡するなど造作もない。
今回、閻煌には事前に後追いすることを伝えているが、例え知らなかったとしても間違いなく閻煌には気付かれていただろう。
それを肯定するように前方の密林の中から閻煌の指示する声が聞こえた。
「手出し無用」
と……。明らかに此方に向けての指示だ。
燈鶴はもう少しだけ接近すると木の裏に身を潜めた。
ここからでは相手の姿も数も分からない。加えて霧に覆われては閻煌も把握し難いかもしれない。
少しして、声がした方から戦う気配を感じた燈鶴はその場で高く飛躍し、幹から伸びる太枝に乗った。
ギシッと僅かに揺れた枝が直ぐに鳴りを潜める。
それは隣の木へと伝染するように移っていき、最終的には最初に軋ませた枝から真向いの木に行きついた。
ここからも閻煌の姿は完全には捉えられないが、位置的には彼を追い抜いたことになる。
戦闘直前にも感じたが、地響きが再び彼の方に向かっているようだった。
閻煌に向かっていくその揺れは燈鶴のいる木をも軋ませ、徐々に派手になっていく……。
しかしそれよりも閻煌が対峙している相手が気になった。
――アイツらか!
閻煌を中心に、四方八方から何かが飛んでいく気配に燈鶴は小型の苦無を五本の指に挟むと、丸くて気味の悪い物体に向けて素早く投擲した――。
閻煌との約束を忘れていたわけではない。身体が自然と彼を守らなければと動いたのだ。
燈鶴自身、己の心に従うことを選んでの行動だった。




