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神門の鬼番  作者: 煙々茸
第二章 ~人間を狂わす妖の薬・後編~
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18/23

<三>


 座敷に通されて腰を落ち着けたところで、向かいに座る麟太郎に閻煌は先の問いに答えた。

 まずは深淵に迷い込んできた御魂から始まり、現世で出回っているあやかしの薬のこと、神域に入り込んだ樹妖のこと――。

 そしてこれらに繋がる者が裏で糸を引いているであろう推察も加えて説明した。

 話が進むにつれ険しい表情を浮かべていた麟太郎は詰めていた息を吐く。

「――なるほど、状況は分かりました。その裏で動いている者はあやかしなんですよね? 回りくどい手を使う辺りかなり慎重に動いているようですね」

「小者を使って本人は隠れたままだからな。俺が狙いなら構わないが、それを過程とするなら真の目的があるはず。一先ず潰せるものから潰して見えた尻尾を掴むしかない」

「そうですね。これ以上禍魂が増えても問題ですし、討伐は避けられないでしょうから。……それで自分たちは何を致しましょう。薬の製造元を探しますか?」

 今優先すべきは更なる被害者が出ないよう食い止めること。

 そう思った麟太郎だったが、閻煌は否を唱えた。

「お前たちには黒幕の手がかりを追ってもらいたい。薬の製造元へは俺が向かう」

 これには麟太郎だけでなく、後ろに控える蒼や柳も驚きと困惑した表情を浮かべた。

 麟太郎はあることに気付くと重たげに口を開く。

「樹妖はこの先にある樹海を縄張りにしています。だから閻煌様はわざわざ此処に立ち寄ったわけですね」

「近くを通るなら使いを出す必要はないからな。敵方にこっちの動きを悟られたくないという理由もあるが、齟齬が無いよう俺から説明したかった」

「しかし閻煌様を敵視している相手の縄張りに御自ら出向かれるのは非常に危険です。八咫烏様もご一緒とはいえ……焔舞羅様はお許しになったのですか?」

「だからここに来た。……それほど心配か?」

「当然ですっ!」

 思った以上に声が大きく出て、本人も吃驚したのか咄嗟に口を押さえて黙ると、一つ息を吐いてから続ける。

「……閻煌様の強さは分かっているつもりですよ? それでも怒り狂ったあやかしは何を仕出かすか分かったもんじゃない……。なんでしたら高麗狛の誰かに護衛させますから遠慮なくお申し付けてください。自分でも良ければお供します!」

「いや此処の統括が現場を離れたら駄目でしょう」

 後ろから柳にぴしゃりと発言を叩き落とされ項垂れる麟太郎。そこにまた落ち着いた声音で割って入る者がいた。蒼だ。

「横から失礼。閻煌様、少し疲れてませんか? ずっとそんなニオイがするんですが……」

 この問いには閻煌も眉を動かした。

 さすがは犬憑きの高麗狛。嗅覚が鋭い……というだけではない。

 先に言っておくと飲み込んだあの飴玉の穢れを感知したのではない。既に溶け込んで残ってはいないのだから。

 彼らは近くに寄って嗅いだわけではなく、閻煌の纏う空気や霊力から直感的に感じ取ったのだ。

 それは閻煌を出迎える前から察知していたことで、この場にいる麟太郎も難しい顔をして閻煌を見ている。酷く心配するのもそのせいだろう。

 双子と同じく表に曝している片方の金眼が閻煌を捉えたまま質問を重ねてきた。

「穢れを解放したのはいつですか?」

「………」

「まだそれ程経っていないはずですが、もう限界に近いのでは?」

 鋭く切り込んでくる麟太郎に、閻煌の赤い目がすっと細まる。

 それだけで普通の者なら危険を感じて目を逸らすか逃げ出しただろう。

 しかし麟太郎は緊張しながらも臆せず見つめ続けた。

 大所帯の高麗狛を纏め上げるだけのことはある。

 たまに抜けているところもあるのだが、麟太郎には欠点を帳消しにするほどに強い正義感があった。

 心根が頑固とも言えるのだが……それも彼の愛嬌で済まされてしまう。それだけ皆に慕われているということだ。

 そのことを知っているだけに、折れざるを得ないと閻煌は判断した。

 ――今は長々話し込む余裕はないからな。

 閻煌は交わしていた視線を一度落とし、改めて麟太郎に目を向けて言う。

「お前の言う通り近くはあるが、直ぐ限界を迎えるわけではない。この一件が片付いたら対処するつもりだ」

「本当ですか?」

「ああ」

「嘘だったら承知しませんよ」

「分かっている」

 どう承知しないのか気になるところだが、話を広げると本題が進まないと思い黙っておく。

 一方、閻煌から言質を取っても心配が消えるわけではないが、ここが落としどころと判断した麟太郎の目から緊張の色が消えた。

 双方が口を閉じたのを見計らい、蒼がすかさず口を挟む。

「黒幕の調査ということですが、現段階で手掛かりになりそうなのは小妖怪の動向ですか? 薬が出回ってるのが現世だけならそっちに重点を置いた方がいいように思いますが」

「現世は狐禅寺に調査させている。さっきも言ったが製造元は俺が対処するから気にしなくていい。双方を抑え込むことで黒幕も動きを変えて来るだろうからお前たちには隠世で目を光らせていてもらいたい」

「……黒幕が現世にいるって可能性はないですか?」

 これは柳からの問いだ。

「それは無いと思う。真の目的は不明だが俺を絡めないと達成できないことなら隠世にいないと意味がないからな」

 閻煌の考察に麟太郎も考え込むように顎に手を当てて発言する。

「それなら閻煌様に関わりのある者たちを当たった方が良さそうですね。既に手が及んでいる可能性も考慮して直接話を聞くのは避けて見張りに徹しましょう」

「かかわりある者って……」

 蒼の呟きの続きには皆が思い当たり、場が静まり返る。

 禍魂を討伐する地獄門の番人であり、堕ちたあやかしを退治する立場にある閻煌に、直接でなくとも樹妖のように間接的にかかわりのある者たちなら大勢いるだろう。

 閻煌は袖に手を入れると一つの包み紙を取り出した。

 神域に忍び込んだ樹妖から手に入れたあやかしの薬だ。瀧庵に渡した物とは別に用意してきていた。

「手始めにまずこれを追えば何か掴めるかもしれない。同じ駒(樹妖)を使うとは限らないから頼り過ぎない程度に」

 麟太郎は紙包みを開くなり顔を顰める。

「嫌な気配ですね。まずあやかしなら手は出さないでしょう」

「ああ。だから隠世で持っているとしたら撒き手しかいない。作り出すのは樹妖でもばら撒く者は他にいる可能性も考えられる」

 そこから黒幕に辿り着ければ良いのだが……。

「わかりました。直ぐに調査に入ります。……本当にお一人で行かれるのですか?」

 最後に駄目押ししてくる麟太郎には何か言いたいことがあるようだ。

 閻煌が迷わず頷くと、彼はぐっと唇を引き結んでから思いを吐露する。

「こんな危険極まりない薬を所持していても、閻煌様が溜め込まれているモノの方が勝っています。正直いつ解決するか分からないものを優先して、万が一貴方様が暴走したりしたら……止められる者などいませんよ」

 麟太郎がここまで不安がる気持ちも分からないわけではない。

 当然、閻煌も暴走するつもりはないし、己の限界は自分が良く分かっているつもりだ。

 閻煌が彼を押し切る台詞を紡ぎかけた時、座敷の障子戸が勢いよく開いた。

 入ってきたのは腰に刀を携えた青年。彼も麟太郎たちと同様に片目を眼帯で覆っている。

 覗く片方の金眼が一番に捉えたのは麟太郎だった。

「本人が行くって言ってんなら行かせてやればいいだろ。こうやってぐちぐち言ってる間にも敵は動いてんだ。それこそ手遅れになんだろうが」

 青年は話が平行線になるのを見かねて入ってきたようだ。

燈鶴ひづる……。戻って来たんだね、お帰り」

 仕事に出ていた彼を笑顔で迎える麟太郎に対し、蒼と柳は揃ってひっそりと溜息を漏らした。話が拗れなければいいが……。

 燈鶴は対面する二人の側まで来ると今度は閻煌に視線を向けて言い放つ。

「一人で行くなら行けばいいさ。けど同行を拒否する理由があるなら言えよ。納得のいく理由があるならそれに従うし、そうじゃないなら俺がついていく」

 相手が閻煌だからか口調がやや軟化した。

 閻煌は見下ろしてくる視線を真っ直ぐ見返しながら答えた。

「お前たちにはやってもらいたいことがあったからというのも理由の一つだが、樹妖に関しては俺が対処すべき問題。他の者の手を借りるつもりはない」

「それは気持ちの問題ということか?」

「それもある。が、此方が警戒を強めれば相手を刺激しかねない。それに俺だけというわけではない。八咫烏もいるからな」

「あんなカラスが役に立つか? ほぼ攻撃力ゼロじゃねえか」

 この場に本人がいたら手の代わりに鋭い嘴が繰り出されていたことだろう。

 燈鶴は溜息を漏らすと、それならと妥協案を出す。

「あんたとは距離を取ってついていく。樹妖程度のやつ相手なら気配を悟られずに接近できるからな。刺激しなきゃ問題ないんだろ?」

 どうしても同行することを諦めない様子の燈鶴に、何故か向かいに座る麟太郎が激しく反応した。

「燈鶴優しい! 閻煌様のことが凄く心配なんだね。うんうん分かるよ、その気持ちっ」

「オイっ」

「閻煌様って強くてしっかりしてるのにご自分を犠牲になさるところがあるから見ているこっちはいつもヒヤヒヤさせられるっていうか。だからどうしても何かして差し上げたくなるんだよね。凄く分かるよ」

 同士を得たとばかりに喋る麟太郎に堪らず反論する……と思いきや、燈鶴は呆れたように溜息をついただけだった。強引に怒りを抑え込んだようだ。

 長々と話し合っている時間も惜しいことを、途中から聞き耳を立てていた燈鶴も理解していた。

 麟太郎も統括らしく、落ち着いて姿勢を正すと閻煌に視線を戻して言う。

「燈鶴もこう言ってますし、彼だけでもお供につけてはどうですか? 貴方様が抱えている問題は軽視できるものではないですし、他の些末な問題は早く片を付けるに越したことはありません」

 彼ら二人に加え、蒼と柳からも強い視線を受けて、閻煌は半分諦めたように首を縦に振った。

「その代わり俺が指示を出すまでは手出し無用。傍観に徹するのが条件だ」

 これに燈鶴は頷く。

「ああ。それでいい」

「俺の身に何があっても、だ」

「そ……っ、分かった」

 ぐっと言葉を吞み込んだ燈鶴との険悪な空気を断つように閻煌は立ち上がり、退出した。

 蒼と柳の双子はどうにか話がまとまったことに心の中で安堵した。

 彼を追って出ようとした燈鶴の背中に声がかかる。

「燈鶴、閻煌様のこと頼むね」

 麟太郎の声に僅かに頷いただけでその場を後にする。

 足早に廊下を進みながら燈鶴はぐっと拳を握り締めた。

 自分の役目は分かっている。あの人を見守ること以外、許されてなどいないことも――。


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