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神門の鬼番  作者: 煙々茸
第二章 ~人間を狂わす妖の薬・後編~
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16/23

<一>


 多くのあやかしが我が物顔で闊歩する隠世の世界。

 各地を治めるのは憑人つきびとなる元人間の者たち。

 彼らは妖や神に憑かれ、人間という枠から逸脱した存在であり、その力を以て悪霊や禍魂を祓い、時には暴走するあやかしを成敗したりと隠世の秩序を保っていた。

 そこの頂点ともいえる神域から南西の方角に、彼ら――犬に憑かれた憑人が住まう領地はある。

 ほぼ山に囲まれた辺鄙な場所だが、犬憑きたちの暮らす中心地はそれなりに整備され、田畑や民家が密集している。

 彼らは集落の入口から一番遠い場所に屋敷を構えていた。

 属名――“高麗狛こまいぬ”。

 特に憑人を多く抱えるこの高麗狛の中で、別格なのは五人。

 その内の二組は兄弟であり、一方の双子の兄弟は暇を見つけては鍛練に出掛けていく。

 今日も今日とて仕事が入るまでは暇なので、集落から少し離れた岩山で手合わせをしていた。

やなぎ、能力に頼りすぎるな。特に背後に注意を向けろ。常に俺が援護できるわけじゃないんだからな」

「分かってます。でもあおいだって隙はありますよ。こことか……!」

 岩場に出来た影を踏んで崖を高速で駆け上がった柳は兄の真横に一瞬にして距離を詰めると手刀を繰り出す。――影から影へ飛躍して移動する術の一種だ。

 しかしその動きを読んでいた、というよりも誘っていた蒼は視線をくべないまま崖から足を離し、重力に任せて下へと落ちることで手刀を躱し、そのまま空中で上下逆さに身体の向きをぐるりと変えると弟の背中を蹴りつけた。

 一瞬の出来事に柳は防御も間に合わず息を詰める。

「だから言っただろう。能力を過信するなと」

「っ……もう一回! 今度は絶対に躱して見せますっ」

「躱すんじゃなくて当ててくれ」

 地上に下りた二人は向かい合って再び拳を構える。

 双子なだけあって背丈や顔つき、左目に眼帯をつけているところまでそっくりだが、性格や得意とする事柄は全く違っていた。

 深緑の髪を持つ兄の蒼は体術に長け、兄よりもやや薄い千歳緑に近い髪を持つ弟の柳は追跡能力が高い。

 だからつい霊力を使う技に頼りがちになってしまうのだが、そんなものは言い訳だと柳自身わかっているのでこうして食らいついていくのだ。

 柳が交互に何度も繰り出す拳を、蒼は片手を後ろに回してもう一方の腕だけで受け止めいなしていく。

「くっ……これでどうだ!」

 身体を捻り、強く蹴り上げた足は蒼の顎下へと向かう。

 だがそれ以上に身体を回転させて後ろ脚で柳の蹴りを叩き落とした蒼は、体勢を崩した弟をそのまま地面に押さえつけた。

 頬が地面を擦って痛いし、体重もかけられていて抜け出せない。

「ま、参った……降参です! だから蒼どいて――」

「しっ。静かに」

 突然耳元でそう指示してきた蒼に、柳は反射的にではなく当然のように言うことを聞いて黙る。

 蒼自身も上体を伏せたまま、弟に加えていた腕の力を抜くと辺りに視線を走らせた。

「……珍しいな」

「え?」

「あの人が来た」

「あの人って……あの人っ? あの御方!?」

 声だけは抑えて驚く柳に視線を落とす。

「お前は先に戻って麟太郎りんたろうに報告。俺は彼を出迎えに行く」

「分かりました。……それはいいとして、俺を組み伏す必要あったかな……」

 蒼に手を引かれて立ち上がりながら呟く。

 我が兄にしては強引な一手だったように感じたからだ。

 訪問者が知っている者ならそこまでする必要はないだろう。

 特に答えを求めていたわけではなかったが、聞こえていた蒼は律儀に答えてくれた。

「最初、僅かだが気配が違っていたように感じたから一応警戒した。しかし組み手なら押さえ込みも有りだろ」

 後者には苦笑を滲ませつつ受け止められたが、前者はそうはいかない。

「違うって……どんな風にですか?」

「分からない。会ってから確かめる」

 そう言われてしまってはこれ以上聞けない。

「それじゃあ俺は先に戻ります」

 神域の憑人直々の来訪はただ事ではない。

 そう感じた柳は影から影へと跳ぶ影走りで屋敷へと急いだ。


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