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神門の鬼憑  作者: 煙々茸
第一章 ~人間を狂わす妖の薬・前編~
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15/26

<九>


 一仕事終えて深淵を出たら、もう辺りは真っ暗だった。

 神域から一番近い場所に神門かむどを開いたため、数分で屋敷に到着する。

「これは……」

 閻煌を出迎えたのは、酷く荒らされた自分の家だった。

 あらゆる家具の引き出しは全て引き出され中身も床にぶちまけられ散乱している。

 枯れかけの落ち葉も散らばっていて、まるで室内に嵐が訪問してきたかのような有様だ。

「ああ、帰っていたんだね。お帰り閻煌」

 そう声を掛けて出迎えてくれたのは、この屋敷のある神域全てを管理している宮司。火の神憑きの憑人、焔舞羅ほむらだった。

 彼は火之迦具土神ひのかぐつちのかみに憑かれていることから姓を迦具土かぐつちとしている。

「少し尋問に時間がかかってね。まだこの屋敷までは手が回っていなかったんだ。直ぐに片付けさせるから君はゆっくりしているといい」

 言った途端、屋敷のあちこちから湧くように姿を見せた人ならざる者たちが、散らかった部屋を駆け回り、着々と綺麗に片付けていく。

 今いるのは焔舞羅を慕い側で仕えている付喪神たちだ。

 全くと言っていいほど戦闘には向かないが、小柄ゆえにこういった細々とした雑務をこなすのが得意で、我先にと床に散らばる小物を奪い合うように拾っては元あった場所に戻していく。

 足の生えた茶碗が、自分の中に落ち葉を押し込んでよたよたと運んでいると、前方不注意で閻煌の足にぶつかってしまう。

 ごろんと転んで茶碗から落ち葉が零れ、それを待ってましたとばかりに横から箒の付喪神が頭を床に押しつけるとササっと表へと掃いて行ってしまった。

 仕事を奪われた茶碗は呆然と座り込み、程なくしてカタカタと身を震わせ始めた。

 一部始終を見ていた閻煌はその場で身を屈めて今にも泣きだしそうな茶碗を指先で撫でる。

 どこに目があるのか分からないので、涙を拭えているかは定かではないが……。

 ふと、茶碗の傍に掃き漏らしの枯れ葉が目に留まり、手に取ってみると胸の辺りがざわついた。

 ――同じ瘴気の気配……。

 間違いない。

 僅かだが自分が飲み込んだ飴玉(あやかしの薬)と同じ気配を感じた。

 こっちの言動を窺っているのか戸惑う様子を見せる茶碗に、閻煌は思考を一度戻して拾った葉を手の中で焼却すると、行っていいぞと促すように茶碗の縁を指先で押してやる。

 閻煌の赤い目にじっと見降ろされて動けずにいた茶碗であったが、彼の優しい指に励まされたようで、また立ち上がって片付けを再開した。

 その様子に安堵して息を吐くと、後ろで笑う気配があって振り返る。

 すると同じ赤い瞳と目が合い、居心地の悪さに眉を寄せた。

「……なんだ?」

「ううん。ただ微笑ましいなと思ってね。君は言葉数は少ないけれど、誰よりも優しい子だ」

「………」

「少なくともここにいる子たちはみんなそう思ってるよ」

 何故そう言い切れるのか閻煌には分からない。

 目の前のこの男はこうやって当たり前のように諭してくる。こっちは『違う』『そんなわけない』と否定する言葉しか持っていないというのに――。

 だから諦めず自分を肯定してくるこの人が昔から少し苦手なのだ。

 閻煌は目を伏せて話を変える。

「今回は派手に襲撃されたな。尋問の成果はあったのか?」

 これに焔舞羅は素直に乗ってきた。

「襲撃ってほどではなかったけどね。部屋が荒らされていたのは探し物をしていたからだ」

「探し物?」

「侵入者は樹妖で、彼らはヨミガエリの薬なんてものが神域にあると誰かに聞かされてきたようだよ」

 数時間前にあったことを聞かされた閻煌だが、想定していたことなので然程驚かず、内容を咀嚼するように一つ頷く。

 禍魂討伐関係で怨恨を持たれることは良くあること。

 さすがにヨミガエリの薬なんてありもしない物を自分が持っていると吹聴されていることには驚いたが、恨みを持たれていたらこういったことも起こり得る話なので特に動揺はない。

「つまり、彼らにヨミガエリの薬のことを持ちかけた者の正体は不明だが、現世で出回っているあやかしの薬を作ったのは彼ら、樹妖で間違いないな」

「そうだよ。それだけはどうにか聞き出せた。……前から確信があったような言い方だね」

 これには少し返答を躊躇った。

 さっき拾った落ち葉で出所は確定したのだが、あやかしの薬を飲み込んだと焔舞羅が知ったらまた面倒なことが増えそうだ。

 なのでそれらしく聞こえる言い訳をすることにした。

「直近で恨みを持っていそうなやつは限られてくるからな。あとこの惨状を見れば大体想像がつく」

「うん、まあそうかもね……。――はい。彼らの葉から抽出されたものがこれ」

 すんなり頷いてくれた焔舞羅から小さな白い半紙の包みを受け取り、中身が零れないように慎重に広げる。

 半透明の粉のように見えるが、摘まんだ指を擦り合わせると粘液のように指に貼り付いた。

「摩擦でこうなるのか?」

 閻煌の呟きに焔舞羅は「ちょっと違うかな」と言って続ける。

「元々が粘液で、時間が経過すると乾いて粉になるらしい。摩擦でもそうだけど水を加えても粘液に戻るんだ。さっき試したから間違いないよ。粉の状態でも液体の状態でも薬としての効果が同じならいろんな用途に使えそうだよね」

「分かった。これについては瀧庵に調べさせる」

 そう言って包みを畳んで元に戻すと袂にそっと仕舞い込む。

「それで樹妖たちは?」

 この問いに焔舞羅は微笑む。

「大丈夫。一時的に神獣のお腹にいてもらったから楽に浄化できたよ。もう暫くすれば元気に動けるようになる。そしたらもう一度説明しておくよ。君が恨まれたままなのは嫌だからね」

 それは自分で、と言いたかったが、仇を前にしたら冷静に聞いてはもらえないだろうと思い直し、閻煌は開きかけた口を一度閉じた。

「……分かった。頼む」

 神域に残された落ち葉はここにある限り自然と浄化されるだろう。

 あと気掛かりなのは、あやかしの薬の出所が分かっても流通を止められたわけではないことだ。樹妖は侵入した彼らだけとは限らない。

 それと樹妖をけしかけた奴が野放しのままだ。またその者の嘘を信じ込んで襲撃にくるあやかしが現れるかもしれない。

 今度は焔舞羅も通さないだろうが、神域が無理ならと街や集落に矛先を向けられては厄介だ。

 閻煌は思考を巡らせると、捜索範囲を広げるためすこぶる鼻の利く者たちに声を掛けることを決めた。

 そして自分は隠世のとある場所に向かうため、表に待機している八咫烏を呼び寄せた。



【第一章・前編/終】


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