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神門の鬼番  作者: 煙々茸
第一章 ~人間を狂わす妖の薬・前編~
11/12

<五>


 あやかしが蔓延る隠世の街。

 その更に奥へ進むと、隔てるようにして川が流れている。

 川を渡ると何かを覆い隠すかのように濃い霧が立ち込め、決まった道順で更に歩いていくと頂上が見えないほど高い山にぶち当たる。

 普通の人間ならば数日はかかるであろうこの道を、どう通って来たのか息一つ切らさず数分で攻略して目的の場所まで辿り着いた男は、隣人を訪ねてきたかのような気軽さで声を掛けた。

「閻煌様にお目通りを願えるかな」

 この呼びかけに、男の前にそびえ立つ大きな二枚の扉がギギギと音を立てて開かれる。

 男は束ねた艶のある白い髪を揺らしながら、吸い込まれるようにして入っていく。

 その先に見えてきたのは巨大な滝。

 男は構わず真っ直ぐ進み、止まることなく目前まで来ると、巨大な滝がカーテンを引くように左右に割れて彼を中へと受け入れた。

 また少し進んで見えてきたのは日本庭園のような和を感じさせる開けた場所だった。

 あるはずの後ろの滝は最初から無かったかのように静まり返り、まるで場所を空間移動したかのような感覚さえ覚える。

 男は慣れているのか驚く素振りも見せず、前方からやってきたここの住人ににこやかに笑いかけた。

「こんにちは、閻煌様。近頃ご多忙のようですが、少しは休まれていますか?」

「お前なら察しているだろう、瀧庵りゅうあん。向こうで報告を聞こう」

「ふふ、……はい」

 閻煌は黒地に赤い彼岸花の羽織を翻して家屋の方へと引き返していく。

 それに倣い、瀧庵と呼ばれた少し年上の男も掛けていた眼鏡を指先で軽く押し上げて静かに歩き出した。



 立派な日本家屋に辿り着くと、二人は並んで縁側に腰を下ろす。

 目の先には綺麗に手入れされた池があり、これまた鮮やかな紅白模様の錦鯉が優雅に泳いでいた。

「今日は八咫烏様はおられないのですか?」

 白い和装に身を包んだ瀧庵の問いかけに、閻煌は彼につられるように錦鯉に目を留めながら答える。

「少し見回りを強化させている。もうじき戻るだろうが……何か用事でもあったか?」

「いえ。彼には何も。ただ静かだなと思いまして。……あ、他意はないですよ?」

 暗に八咫烏が普段から騒がしいと言っているに等しく、閻煌はふっと笑いを含んだ息を吐く。

「あいつは気にしないだろう。本人も自分のことは分かっているだろうしな」

「そうですか? ふふ、なら良いですが。……この時期に側近が二人とも傍を離れているのは大丈夫なんですか?」

 こっちが本命なのだろう。“この時期”というのは深淵に集まる禍魂が増えていることを指している。

「深淵を破るほどの力はまだないからな。もう暫くは問題ないだろう。しかし悪霊が増え続ければ何が起きるか分からない。そこでお前たちに調査を頼んだんだ。何か分かったのか?」

「ええ。なのでこうして尋ねて来たんです。なかなか面白いことが分かりましたよ」

 含みのある言葉を零す瀧庵の横顔を見つめた閻煌は、一瞬眉を上げ、小さく嘆息を漏らす。

「お前の面白いは“個人的には”が付くからな……」

 閻煌の反応に瀧庵は軽く笑いを落とし「まあそう嫌がらずに」と続きを話す。

「現在発生している禍魂は人間の悪霊がほぼ占めているということでしたので、閻煌様の指示通り現世にて調査させました」

 “させた”というのは言葉通り、瀧庵本人ではなく他の者を示す。

 瀧庵は“狐禅寺こぜんじ”という属名を持ち、瀧庵本人は狐に憑かれた元人間なのである。

 その証拠に、彼の傍には常に白い狐が二匹以上ついている。

 庭で遊んでいた狐たちが瀧庵の元へ駆けて来ると、一匹は膝の上に乗り、もう一匹は隣で丸くなって眠ってしまった。

 両方の狐の頭を撫でてやりながら、瀧庵は再び口を開く。

「狐たちの情報によると、現世では変わった物が裏で流通しているようで……それには隠世にしか存在しない物が含まれていることが分かりました」

「……あやかし類の物か」

「恐らく。ニオイを追ったところ、これに辿り着きました」

 そう言って瀧庵がたもとから取り出したのは、両端を捻じって閉じただけのどこにでもありそうな飴玉だった。

 中身もそうとは限らないと思い、手に取った閻煌は包みを開いて飴その物を見て双眸を細めた。

「見た目はただの飴に見えるが、ニオイと気配が異様だな。此方の者にしか分からないニオイのようだ。それとあやかしの霊力を感じる……それも堕ちたあやかしのものだ」

 人間には嗅ぎ分けられないニオイであるため、人間が躊躇わず口にしてしまうのも頷ける。

 そして異様な気配の正体は“あやかしの瘴気”。

 閻煌は飴玉を摘まみ上げると、そのままポイと口に含んだ。

「閻煌様!?」

 瀧庵は呆気に取られ、閻煌を凝視した。

 口の中で飴玉を転がす閻煌に、「もうその辺でいいでしょう」と少し焦った様子で吐き出すよう求める。

「うん……瘴気以外は嫌いな味ではないな」

「いえ、味の好みとかそういう問題ではなくてですねぇ……。はぁ……それ一粒しかないのに……」

 ぼやく瀧庵に平然と飴を舐め続けながら少し湧いた悪戯心を真顔で零す。

「お前は俺の心配ではなく飴の心配をしているのか」

「当然でしょう? 貴方がこの程度の瘴気にやられるはずありませんから」

 そうはっきり言われて悪い気はしないが、少し寂しく思うのは何故だろうか。

 とはいえ、瀧庵が温厚そうに見えて理屈っぽくサバサバしている男であることは分かり切っているので言い返すことはしない。

「これから解析しようと思っていたのにそれを食べてしまうなんて……まあまた手に入るでしょうからいいですけどね……、でも一言あって然るべきでしょう……」

 狐禅寺の中でも瀧庵は薬に詳しい家系である。

 こうして珍しい物が出回れば探求心を駆り立てられ、分析、解明しなければ気が済まないところがある。

 嘆く彼を横目に、閻煌はある程度小さくなった飴を瘴気ごと飲み込んで体内に収めると、縁側から立ち上がった。

「これで隠世にある同じ瘴気を感じ取ることができる。現世の方は引き続きお前たちに――」

「閻煌様。面白い話はまだ終わってませんよ」

 我に返った瀧庵に、まだあるのかと眉を寄せる閻煌だが、思い当たることが一つあって視線で彼に続きを促す。

「以前閻煌様が“猫屋敷”に依頼していた深淵に落ちてきたという迷魂の調査ですが、名前は確か……源元悠青みなもとゆうせいでしたか。彼が迷魂となった理由が分かりました」

「この薬か」

 閻煌は自身の胸に手を当て、体内に取り込んだ飴玉を指し示す。それに頷く瀧庵。

「現世では飴玉として出回っていますが、あやかしの瘴気を混ぜられたそれは現世では麻薬……いえ、それ以上の効果を発揮する代物となりました。一粒で死に至ることはほぼありませんが、数粒で意識が混濁し、幻覚を見ながら命を落とします」

「しかし、悠青は一粒貰っただけだったはず……」

「そこなんですよ。麻薬でもあやかしの薬、身体と魂を剥離する力があります。恐らく彼は引っ張られやすい体質だったために一粒で引き寄せられてしまったのではないかと」

 瘴気のせいで悪霊となった魂が行きつく先は地獄。

 人間にとっては強制的に地獄に落とされる恐ろしい薬(飴玉)だったのだ。

 猫屋敷が悠青の様子を見張っていたところに、例の男、坂下の存在が時折目につくようになり、彼の行動を注視していた矢先、あやかしの薬と化した飴玉に行きついたのである。

「分かった。猫屋敷には引き続き悠青と男の監視をするように伝えてくれ。悠青に危害が及ぶ場合に限り対処するように」

 これに瀧庵は意外そうな顔をした。

「やけにその人を気にしますね。引っ張られやすいこと以外は普通の人間だと聞いていますが……」

 閻煌は腕を組み、背を向けて言う。

「またおかしなものを口にして深淵に落ちてこられては困るからな」

「それはそうですが……。まあ良いでしょう。しかと伝えておきます」

 瀧庵が深く触れてこないことに少し安堵した。

 閻煌自身、あの人間のことを気にする理由について明確に説明できないからだ。

 ――また関わるようなことがあれば、そっちも把握しておく必要はありそうだがな……。

 それより今はあやかしの薬についてだ。

 人間が禍魂に堕ちる原因は掴めたが、その根源となる薬の出所が分からない。

 閻煌は彼を振り返る。

「瀧庵。このまま薬の流れを追い続けてもらいたいが、もう一つ、現世にいるあやかしを探ってほしい」

「分かりました。あやかしの薬ならば此方の者が関与しているのは間違いないでしょうからね。少し視点を変えて探らせます」



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