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N-056 国王ノヴァロムの追憶 2

※ 本文中には、一部自殺を仄めかす記述、およびショッキングに感じられる可能性のある表現が含まれています。精神的に体調が優れない方、あるいは該当の描写に対して苦手意識のある方は、無理をせずここでお引き返しいただけますようお願いいたします。心の準備が整った際、あるいは気が向いたときに、いつでも物語の続きでお待ちしております。

※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。

※更新頻度は緩やかです。


▼episode 056 - BGM

クラリオラの深淵

https://open.spotify.com/track/5t0E9V1RiHBflzs71pfGGG?si=vX7OWGdKQdG7-tZzA21dcA&utm_source=copy-link



 



 六花の薄化粧を纏った冬枯れた木々が、寒風に震えて枝を揺らしている。硝子窓越しに見える冬景色はまるで額縁に収まった絵画の様だ。

 暖炉に焚べられた薪がぱちりと爆ぜた。火の粉が小さく舞い踊る。ノヴァロムは充分に暖かな執務室で公女の到着を待っていた。がたがたと窓枠が音を立てる。少し吹雪いてきたようだ。窓の外に描かれた無彩色の風景に目を向ければ、隙間風が胸の内にまで忍び込んでくる。


 侍従長アイゼナッハが待ち人の到着を耳打ちした。ノヴァロムが頷くと執務室の扉が開く。


 公女クラリオラはレクレディ公爵夫妻に付き添われていた。両脇に立つ夫妻が硬い表情で礼を取る。其れに倣(なら)って少女も頭を下げた。とても美しい礼だった。幼いながらも公女が与えられた教養にきちんと向き合っているのがわかる。


「——堅苦しい挨拶は不要だ。座るが良い」


 促されて長椅子に腰掛けた公爵親子の対面に、ノヴァロムがゆっくりと座る。

 今回、王妃オクタヴィアナはこの場での同席を拒んだ。


 ——私を見て……公女があの事件を思い出せば——また辛い思いをするでしょうから。


 空色の瞳を揺らし呟いた王妃の言葉が蘇る。ノヴァロムは愛妃の不器用な優しさを胸に秘め、呼吸を整えた。


「良く来てくれた。公女よ、怪我の具合はどうだ?」


 国王の問いに、公女は答えない。小さな秘色の視線は、膝の上に置いた自身の手に注がれている。そんな娘の様子を気遣わしげに見守りながら、レクレディ公爵が代弁した。


「お陰様で……大きな怪我はありませんでしたから。目立った傷もほぼ癒えております」


 夫の言葉に同意を見せつつ、公爵婦人が労わる様に娘の手をそっと握った。夫妻が見せる張り詰めた空気は、公爵の言葉と真逆の答えを物語っている。


「そうか」


 短く合いの手を返し、ノヴァロムは背後の侍従長へ視線を投げた。主人の指示に軽い会釈で応えたアイゼナッハが、壁際に控えた侍女達へと声を掛ける。低座卓(ローテーブル)に可愛らしい菓子が運ばれ、茶器が用意された。


「遠慮せずに食すが良い。公女よ、私には娘が居らぬのでな。女児が好む茶菓子には疎い。何か、好みの物が有れば良いのだが——」


 ノヴァロムの言葉の途中で、不意にクラリオラが視線を上げた。何処か切実さを孕んだ瞳で国王を見つめたのだ。

 小さな秘色の瞳は、深い湖の底を思わせた。其れは子供にありがちな愛嬌や純粋さからは遠く掛け離れていた。強いて言うなら——絶望と覚悟を綯い交ぜにした様な複雑な色味だ。


 クラリオラは口を開き掛け——瞳を彷徨わせると口を閉じた。両隣に座る夫妻は、やはり言葉を発する事が出来ない娘の姿に眉尻を下げる。父親は静かに娘の肩を引き寄せ、母親は切なげに頭を撫でた。夫妻が見せる溢れんばかりの愛情の中、公女は静かに俯いた。


 確信に似た何かに突き動かされ、ノヴァロムは口を開く。


「レクレディ公爵、公爵夫人。暫く席を外してくれるか」


 国王の言に夫妻は驚いて顔を上げる。其(そ)の意味を悟りノヴァロムは重ねて言葉を紡ぐ。


「心配せずとも良い。真逆(まさか)、私が其方(そなた)達に隠れて公女に無体を働く——などとは思っておらぬであろう?」


「そ、其の様な事は……」


 先手を取られ言い淀んだ公爵の言葉を切る様に、ノヴァロムは侍従長へと視線を向けた。半ば強引な国王の指示に狼狽える夫妻に向け、侍従長が柔らかな笑みでと退室を促す。否やも返せず公爵夫妻は国王の執務室を後にする。

 後ろ髪を引かれた視線を我が子に向けながら。


「——皆も下がれ」


 控えの侍女と護衛も下がらせて、室内には国王と侍従長、そして公女クラリオラが残った。


「公女クラリオラよ——此(こ)れでもう、誰も居らぬ」


 ノヴァロムの呼び掛けにクラリオラは顔を上げた。泣きそうな顔をしているが怯えとは違う感情が滲んでいる。


「私に、何か言いたい事があるのだろう?」


 クラリオラは膝の上で両手を固く握りしめると、掠れた声を出した。


「——国王様」


 矢張(やは)り言葉を失った訳では無かったのか、とノヴァロムは思った。先程、彼は公女の瞳に意思を見たのだ。伝えたい何かがある、と。

 次の言葉を出せずに唇を噛む少女に、ノヴァロムは語る。


「心配せずとも良い。誰にも話せぬ何かがあるのだろう? 此処(ここ)には私と侍従長しか居ない。其方(そなた)が話した事は誰にも言わぬ。国王として誓っても良い」


 ちらり、と公女がノヴァロムの背後に立つアイゼナッハを見る。


「嗚呼、すまぬな。流石に幼子と言えど、女性と二人きりになる訳にはいかんのだ。だが安心するが良い。此(こ)の者は私よりも口が固いぞ?」


 背後で静かに腰を折る侍従長を再度確認し、クラリオラは小さく頷いた。


「——あの、国王様は……」


 またもや言葉を飲み込む公女に、ノヴァロムは約束を重ねる。


「良い、言葉を選ぶ必要はないのだ。不敬は問わぬ。其方が聞きたい事、話したい事を其(そ)の儘(まま)言って良い」


 覚悟を決めたのか——クラリオラは三度(みたび)、重ねた手を強く握りしめるとノヴァロムを見た。

 深く、掴み所が無い黒曜石の瞳に秘色が問い掛ける。


「国王様は、一番偉い御方なのでしょう?」


 ノヴァロムは頷いた。


「それなら……」


 クラリオラは震えていた。秘色の瞳に泪が溢れて零れ落ちる。あどけない顔には血の気が無い。次から次へと流れ落ちる泪が公女の頰を伝って衣裳に落ち、其れを濃く染めていく。


「——どうか、私を罰して下さい」


 侍従長が息を呑む音がした。


 国王ノヴァロムは静かに次の言葉を待つ。


「わ——私は、わた、私の所為(せい)で……大切な友達の——父親と、お、弟が死んでしまいました」


 泪が、零れ落ちる。


「わ、私は公爵令嬢なのに……何も、なにも分かって、無かった、んです、私は——自分が、思った通りにする事で……誰かが傷付いたり、苦しんだり、する……なんて考えた事も無かった……」


 泪は——止めどなく零れ落ちる。


「良い事をしたって、思ってた……喜んでくれるって、思ってた……ただ、皆んなが好きで……だ、から、自分の行いが、間違っているなんて、考えもし、しなかったんです」


 潤んだ秘色は、深淵の色を宿して訴える。


「私は、自分が、公爵令嬢だって、分かって無かったんです——皆んな同じって思ってた……だから、わ、わた、私の友達が怒るのは、当たり前なんです」


 泪が——止まらない。


「あ、あの時、死ねば良かったんです! わ、私が死ねば! アーチェがっ、わた、私のともっ、友達が! 死ぬことは無かった!」


 激流が公女を押し流す。吐き出される言葉は戒めとなり、公女に絡み付いて行く。


「国王様! トビアスは、優しいお父さんでした! ロニーは、身体が弱くて……頭がいい、可愛い子だった……アーチェは——ビアーチェは……い、いつも明るくて、私の、た……たい、せつなお姉さんみたいに大切なお友達だった! 私が、馬鹿だった所為(せい)で、み、んな——皆んなが死んでしまった!」


 公女が——助けて、と叫んでいる。だが、彼女が求める救いは、己を許さぬ罰なのだ。


「お父様も、お母様も、お兄様達も……私に、わ、私が可哀想だ、と言うのです。私は悪くない、って言うのです! ほ、本当に可哀想なのは、私じゃない! トビアスも、ロニーも、ビアーチェも、大切な国民です! 私が、ちゃんとしてなかったから、皆んなが死ん、じゃったのに……」


 堰を切って止まらない後悔が、公女から溢れて止まらない。


「お願いです! 私を罰して! 私を——殺して下さい」


 哀惜に染まる幼い少女の告白が室内に満ちた。



 窓の外は白く吹雪いて——先が見えない。







無言にて

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