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C-054 公爵令嬢クラリオラの危惧

※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。

※更新頻度は緩やかです。


▼episode 054 - BGM

クラリオラの心情

https://open.spotify.com/track/5VNlUlsA6yZLzDzEctTkst?si=-JcXMLT0Sf-PTqMUDjW97g&utm_source=copy-link

円舞曲のシーンは前回と同じく。


 



 ——時は舞踏会開始前まで遡る。



「お会い出来て光栄ですわ。チェスター王国より参りましたベルクトゥス伯爵家が子女、ディーリアと申します。以後、何卒(なにとぞ)善(よ)しなに」


 貴賓席へと続く大扉の前で、王太子妃候補者の三名が初めて対面を果たした。王族一家が御目見得(おめみえ)する迄にまだ幾らか間があった時分である。互いを認識した直後、ベルクトゥス伯爵令嬢ディーリアが一番に口を開いた。三日月型に細めた榛色の瞳で、商品を値踏みでもするようにクラリオラとカテリーチェを眺めながら——。


 爵位では公爵家令嬢のクラリオラが最高位だ。次点にエドヴァルド侯爵令嬢カテリーチェが続く。ディーリアは伯爵令嬢だから三名の中では末端だ。家格が下位の者から上位者へと声を掛けるなど無礼千万。ディーリアは有り得ない暴挙を犯した事になる。


(伯爵令嬢の分際でなんて失礼な方なの!? でもお生憎様、下手に手出しして火傷するつもりはなくってよ)


 カテリーチェは口元が引き攣るのを懸命に堪えた。返答を違えるのは醜聞の種を撒くのと同義だ。カテリーチェは後方で控える王宮侍女達の表情を確認し、こっそりと息を吐く。国王陛下が配した侍女達の品性は認めるが人の口に戸は立てられないものだ。一度(ひとたび)淑女としての対応を誤れば、話題は一気に社交界に広がるだろう。

 カテリーチェは困った様な笑顔を作(・)っ(・)て(・)扇を広げた。幸いにも隣で柔和に微笑む公女は自分よりも高位だ。先に彼女のお手並みを拝見すれば良い。それにしても——。


(聞いていないわ! 公女がこんなに美しいなんて!!)


 公爵領に引き籠もり、決して表舞台に顔を出さない令嬢の存在は噂で知っていた。実(まこと)しやかに流れる〝傾国の美女〟という二つ名も耳にした事はある。だがカテリーチェは「信憑性に欠けた噂話など気にするまでもない」と意に介さなかった。少なくとも王都の社交界に於いてカテリーチェの美しさは有名だったから。其れは周囲の認識のみならず、本人に至っても大いに自覚した武器だった。しかしそんな物はただの自己満足に過ぎなかった。


 緩く編み込んだ亜麻色の髪を飾る宝飾品も、繊細な縫い目で描かれた銀糸の刺繍模様も、上質な絹の光沢も、それらを纏う本人の優美さには敵わない。クラリオラが放つ圧倒的な美を前にすれば、誰もが目を奪われてしまうだろう。


 公女は軽やかな鈴音の声でディーリアに応えた。


「まあ、御丁寧に——チェスター王国一の才媛と名高いベルクトゥス伯爵令嬢にお会い出来てとても嬉しく存じます。私はレクレディ公爵家のクラリオラと申します。どうか——」


「——貴女がレクレディ公爵令嬢ですの? 成程……確かに、御噂に違わぬ御美しさですこと」


 クラリオラの言葉が終わらぬ内にディーリアが言葉を挟んだ。伯爵令嬢の余りにも不躾な態度にカテリーチェや控えの侍女達は息を呑む。言葉とは裏腹に何処か相手を見下す伯爵令嬢に対し、クラリオラはふわりと微笑みを深めた。


「御褒めの御言葉、有難く頂戴致します。でも——私はベルクトゥス嬢の凛とした御姿に憧れますわ」


「——あら、社交界には縁が無い御方だと耳にしておりましたが……随分と措辞(そじ)が御上手ですわね」


 ばさり、と漆黒の扇が翻り、榛色の三日月が強く光る。


「左様で御座いますか? ベルクトゥス嬢こそ率直で芯の強い御令嬢とお見受けしました。御国柄なのでしょうか? 其れともチェスター王国の女性は、貴女様と同じく革新的な思考をお持ちでいらっしゃるの? 仰る通り、私は社交界に馴染みが薄くて——是非御国の事も含め御聞かせ頂きたいですわ」


 ふぁさり、と白銀の扇が舞い踊り、秘色の宝石が輝いた。


 クラリオラとディーリアは本心を巧みに織り交ぜ乍(なが)ら言葉を交わす。例えるなら——黒剣が斬り付ける鋭い切先を、白剣が流麗に流し受ける剣舞に似ている。


 王太子妃候補として同じ舞台に立っていた筈のカテリーチェは、此処(ここ)に来て自分だけ蚊帳の外に居ると気付き愕然とした。慎重さを言い訳にして保身に回った。ほんの一歩分、躊躇った僅かな隙に外野に弾かれてしまったのだ。

 相手も周囲も巻き込んで力尽くで捩じ伏せるか、はたまた全てを自分の引力に引き込んで逃さず囲い込むのか——綺麗事だけでは王太子妃の座は勝ち取れない。自身の魅せ方も含めて踏み込む以外に方法はなかったのだ。

 出遅れてしまったカテリーチェは笑みを浮かべたまま、内心で臍を噛んだ。





 ***





 広間に蝟集(いしゅう)する貴族達からの眼差しを一身に浴びてクラリオラは微笑む。隣に立つ王太子殿下エクセルシウォルへと視線を移せば、熱を孕んだ石灰色の瞳は虹色を纏って、真っ直ぐに秘色を捉えた。


(相変わらず器用な御方。何処からどう見ても私に好意を抱いているようにしか見えないんだもの)


 ——覚悟は決めたか?


 エクセルシウォルの瞳がクラリオラに問い掛ける。


 王太子の美麗な笑みに当てられたのだろう。階下の貴婦人から黄色い悲鳴が漏れた。


 ——殿下こそ、御覚悟為さいませ。


 クラリオラの瞳がエクセルシウォルに応える。


 貴公子達の熱い視線がクラリオラに集中しているのか。軽い咳払いと小さな唸り声が散らばった。




 広間に降り立つとエクセルシウォルが淡々とした面持ちでカテリーチェを誘って舞台となる中央へと進む。軽やかな円舞曲(ワルツ)が音の粒となって落ちてきた。三拍子を刻む明るい旋律はクラリオラの緊張を僅かながら解(ほぐ)した。だが同時に——可憐で、自信に満ちた顔で堂々と舞い踊るカテリーチェの姿がクラリオラの目に飛び込んで来て——解けかけた緊張が一気に再燃した。


 クラリオラにとって、今宵の舞踏会は社交界初参加(デビュー)でもあった。無論、観衆の前で舞踏(ダンス)を披露するのも未経験である。

 失敗は許されない、完璧な淑女として思惑を持つ者達を圧倒せねばならない——という重圧(プレッシャー)が、表向き微笑みを絶やさぬ公女の裏で重くのしかかった。


 更には、二曲目の円舞曲(ワルツ)が奏でる不協和音がクラリオラの不安を増幅した。人前で失敗するだけならば何の問題もないのだ。自分が恥を掻く事に重圧を感じている訳ではない。

 何が何でも〝完璧な公爵令嬢クラリオラ〟を演じ、王太子を虜にして離さぬ姿を観衆に見せ付けねばならないのだ。そうでなければこの計画自体が破綻してしまう。


(今更怖気付いてどうするの。覚悟を決めたと、自分を使えと——偉そうに殿下に伝えたのは私の癖に!)


 身体が震えて止まらない。

 そもそも初めから私などには務まらぬ、不相応な約束だったのではないのか。


 私はまた、間違えてしまうのか。

 いや、最初から間違えていたのか。


 そんな事は許せない。

 許されない。

 何の為に此処まで生きてきたのか。

 私が求めるのは——。

 私が目指す先は——。


 ——嗚呼、アーチェ!



 押し寄せる波にも似た激情が秘色の縁に集まって行く。

 張り付けた微笑みの裏で——必死に涙を押し留めていたクラリオラの思考は、自分に向かって真っ直ぐに歩み寄ってくる石灰色の瞳に捕えられた。


 甘やかな微笑の奥に恋情の炎を宿したエクセルシウォルが、自分への熱い視線を切る事なく——ゆっくりと向かってくる。


 何故だろうか。

 あれ程激しく渦巻いていた不安が、エクセルシウォルの石灰色に絡め取られた瞬間に霧散したのだ。クラリオラは溢れそうに湧き上がっていた涙を必死に抑え込むと口角を上げた。王太子がゆっくりと跪く。虹色の虹彩を光らせた視線は、秘色から逸らされる事はない。


 クラリオラは自然と左手を差し出していた。恭しく其の手を受け取ったエクセルシウォルの視線は、矢張(やは)り自分を捉えて離さない。離してくれない。

 触れた手のひらが熱い。

 それよりも熱い熱が、手の甲にゆっくりと押し当てられた。


 石灰色が語り掛ける。


 ——覚悟は決めたか? と。


 クラリオラは今度こそ心の底から返事を返した。


 ——貴方と共に、参ります、と。



 情熱的な円舞曲に身を任せる。視界の端に銀の煌めきを捉えながら。濃灰色の肩掛け(マント)が風を孕んで舞い上がった。背に回された力強い腕に支えられ、強く握られた手を握り返した。


 何を怖がって居たのだろう。私は、私の果たすべき役割を務めるだけで良いのだ。愚かだった昔の私と同じ轍は二度と踏まない。此の方が居て下さるのだから何も恐れる事はない——今度こそ、公爵令嬢としての責務を全うしてみせる。


 初めて踊ったとは思えぬ程に、エクセルシウォルとクラリオラの呼吸はぴたりと合った。旋律に乗せて誘われる先が何処なのか、聞かずとも分かる。

 不意にエクセルシウォルの顔が近付いて、耳元で囁かれた。


「——私の愛しい秘色の蝶。良ければもう一曲、御相手願えるだろうか?」



 顔を離したエクセルシウォルが笑みを浮かべて応えを待っている。



 ——嗚呼、本当に此の方は——。

 止まる事を知らぬ御人(おひと)ね。



 クラリオラは目を閉じる。

 咲き乱れる花々を二人で眺めたあの日、耳元で囁かれた言葉を思い出すと、そっくり其(そ)の儘(まま)銀糸の王太子へと囁き返した。


「喜んで。物事を印象付けるには、過剰な位が丁度良い——ですもの」




 石灰色を持つ王太子は小さく目を見開いた後、破顔した。








ここを書きたいが為に、今までエピソードを積み上げてきたと言っても過言ではない!(涙)


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