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EC-053 王太子エクセルシウォルの思考

※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。

※更新頻度は緩やかです。


▼episode 053 - BGM

①石灰色と秘色、二人だけの世界(Valse sentimental)

https://open.spotify.com/track/1cd7Pft3rfZ0hmaOLI0EDB?si=YZjhaf2PTOCe71hXWJAAMQ&utm_source=copy-link

②③エクセルシウォル回想で再び、CoppéliaとCinderella



 



 絢爛で重厚な終奏の余韻が消えても尚、舞踏会場は水を打ったように静まり返っていた。


 舞踏(ダンス)は終曲後に向き合って、互いに礼を取るのがしきたりだ。観衆は其れを合図に賞賛を込めた喝采を贈る。しかし広間の中央では、王太子とレクレディ公爵令嬢が未だ見つめ合ったまま——構え(ホールド)を解く気配がない。

 戸惑う人々の頭上に、柔らかい提琴(バイオリン)と中提琴(ビオラ)の爪弾(ピチカート)が降り注いだ。なんと、二曲目の円舞(ワルツ)が始まったのだ。王太子と公女は情熱的な旋律に合わせて緩やかに足を踏み出した。


 会場に集った者達は驚きに目を見開いた。

 王太子妃候(・)補(・)者(・)達(・)を御披露目する舞台では無かったのか。先程、国王が「今から半年掛けて王太子妃としての資質を見極めて行く」と宣言したばかりではないか。式次第(プログラム)には三曲しか記されていない。ならば各自が一曲ずつ踊って終わる筈だ。況(ま)してや同じ令嬢と二曲踊るなど——これではまるで——。


 弦楽器が物悲しい短調の調べを情感たっぷりに奏でている。躊躇いを含む旋律は時に止まり、かと思えば徐に長く余韻を含んで伸びた。二人の心を映して彩る音は追いかけ合って絡み、熱く溶ける。切な気に——互いに互いを捉えて離さぬ視線を恋情と言わずして何と呼べば良いのか。

 先の曲で格調高く華麗に舞い踊った二羽の鳥。しかし今、銀の神鳥は縋(すが)る様に羽を伸ばし、白絹の鳥へ愛を恋うている。秘色の乙女は微笑みを深めて背を向けた。想いに答えぬ秘色の乙女を囲い込もうと銀氷の貴公子が回り込めば、するりと身体を反らされ間が開く。

 指先の(・)み(・)絡めて——離れては近寄り、円を描いては立ち止まる。届きそうで届かない焦(じ)れた想いに石灰色の瞳が怪しく煌めけば、翻った白絹の鳥が濃灰の胸元に滑り込み——宥める様に頬を擦り寄せた。



 ——真逆(まさか)、


 翻弄されているのは王太子の方なのか——。




 ***




 候補者達との初舞踏(ファーストダンス)を行う為、エクセルシウォルは広間へと降り立った。

 パルクトゥード王国の王太子は衆目を集める場で、特定の令嬢と懇意にした事はない。其れこそ言葉も交わさぬ程に距離を置き壁を作ってきた。一縷の望みも持たせぬ、と。

 感情を露わに異性と交流するなど無駄でしかない。王族には権威と責務が伴うのだ。恋や愛といった瑣末な感情に振り回される等、愚の骨頂——国家の安寧を図るのに個人的な情は不要だ、とエクセルシウォルは本気で思っている。


 各候補者を紹介するに辺り——レクレディ公爵令嬢相手にだけ態度を変えれば、貴族達は予想通りに困惑を見せた。想定していた事ではあった。此の思惑が浸透すればこそ、見えない障害物の本質を炙り出せるのだ。喜ぶべき流れである筈なのに、銀氷の貴公子は彼等の反応を何処か冷めた心持ちで受け止めていた。

 国民の為に邁進する日々に後悔はない。しかし——。


(彼等が王族に求めるのが色恋の類いとは——)


 分かっているのだ、自分達は其処(そこ)を利用しようとしているのだから。だが、それでも、此処まで思惑通りに進むのか——。王太子妃に求められるのは、本人の資質と家柄、権力、其れ等が国家国民により多大な利を齎すかどうか。好き嫌いで相手を選ぶなど責務の放棄に等しい。

 公女は此方に合わせて動いてくれている。己を犠牲にするのを厭わず、国の為に、国民の為にと自らを投げ出し矢面に立っているのだ。齢十七の少女が、である。彼女の覚悟と気概は同年代の令嬢とでは比べるに値しない。だが会場に集う一端の貴族達ですら彼女の足元にも及ばないのはどういうことか。

 余りの落差に王太子は失望の念を禁じ得ない。


 苛立つ感情が自身に湧いているのに気付いて、エクセルシウォルは驚きと共に眉間に皺を寄せた。


(一体どうしたと言うのだ、大衆の面前で心を乱すなど——)


 レクレディ公爵令嬢と出逢って彼女の為人(ひととなり)に触れる度に、エクセルシウォルは心の奥底で小さな火花が引火した心地になる。気が付けば無意識に塞いでいた蓋が開いて、未知の感情が顔を出すのだ。

 瞼を閉じて軽く呼吸を繰り返すと、心持ち気が凪いだ。王太子は思考を整理すると、現状を見据えて算段に入った。


(候補者三名を披露するこの舞台を如何に活用するか——)


 エクセルシウォルは儀礼に従い、エドヴァルド侯爵令嬢の手を取り広間中央へと歩みを進めた。胸元で上目遣いに笑みを浮かべるカテリーチェを誘って踊り始める。明るい三拍子に合わせて刻む足捌き(ステップ)は実に軽やかで、夜会での場数を踏んでいると伝わってくる。

 彼女も王太子妃候補に名を連ねているのだ。素地が無ければ選考に残ったりはしない。


 エクセルシウォルは初対面の場で、カテリーチェ嬢を冷たく遇(あし)らい放置した。無論、故意に——である。端(はな)からベルクトゥス伯爵令嬢を第一候補に考えて居たからだ。あの程度で心を折る様な令嬢ならば、到底務まる訳がない。

 しかしクラリオラと出逢った際に、カテリーチェ嬢に対する自身の所業を指摘され、半ば促された心地で謝意を示す書簡を送った。一度、無駄だ——と判断し切り捨てた行動を振り返るばかりか、改めたのは始めてだった。


 又もや思考の淵に意識を飛ばしていたエクセルシウォルは、ふわりと翻った春風を匂わせる薄緑の衣裳(ドレス)に気付いて視線を整えた。可憐な令嬢との円舞(ワルツ)に会場は大いに沸いている。何処か期待を滲ませたカテリーチェに応えはせず、エクセルシウォルは背後に控えた近衛騎士に其の手を預けた。


 振り向いた先、ベルクトゥス伯爵令嬢ディーリアが待ち受けている。エクセルシウォルは歩み寄ると国色に身を包んだ淑女を随伴(エスコート)し広間に立った。


(さて、今宵も片鱗を見せてくれるのか——)


 榛色は心の内を明かさない。作り物めいた微笑を浮かべ、優雅に舞い踊る。くるくると円を描いては複雑な足捌き(ステップ)を披露した。目新しい踊りに観衆は魔法を掛けられた様に魅了されている。

挑発とも取れる視線を捉えれば、ディーリアは口角を上げて背面へと移動した。擦れ違う瞬間、揶揄う声音がエクセルシウォルの耳元へ届く。


「御遊びも程々に為さいませ」


 刹那——ディーリアの瞳が翳った。


「——面白い事を言う」


 さらりと躱(かわ)せば、胸元に戻ったディーリアは笑みを深めて身を反らす。闇色が濃く広がり榛色から光を消した。


(此れは——煽りが効いているのか?)


 チェスター王国の才女が醸し出す余裕に、ほんの僅かだが逡巡が差し込んだ。


「お願いだから——」


 変則的な拍子(リズム)に身を任せた令嬢の濃紫から切り返す黒色が広がっては萎み、また広がる。


 円舞(ワルツ)に紛れた声は聞き取れるかどうかの小声。


「——失望させないで」


 強い色味を残し、くるりと回転したまま離れたディーリアは其の儘(まま)ゆっくりと辞儀を取った。エクセルシウォルも同じく礼を取れば、会場が大きな歓声に包まれた。



(今のは——どういう意味だ?)



 焦りを滲ませた声音がエクセルシウォルの耳に残った。


 近衛騎士に誘われてディーリアが戻った先にはベルクトゥス伯爵が立っていた。薄(うっす)らと笑みを浮かべた伯爵は娘を見ていない。彼の視線の先に在るのは——クラリオラだ。

 ひた、と見据えた伯爵の瞳に温度はない。




 其の意味を読み取ったエクセルシウォルは、〝愛(・)し(・)い(・)令(・)嬢(・)〟へ向けて一歩踏み出した。





餌を撒いたら喰いつくのをひたすら待て。

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