W-052 王太子妃候補者達の円舞曲
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
▼episode 052 - BGM
①侯爵令嬢カテリーチェ(Coppélia)
https://open.spotify.com/track/1J4OBqQPb2QDKss0RvpcOa?si=VRoBtk8qS8OI1xL0L1cULA&utm_source=copy-link
② 伯爵令嬢ディーリア(Cinderella's Waltz)
https://open.spotify.com/track/1qq2EH18tQjsnbu7LOnFYw?si=pQODLYB1THyk3FKFlDVqVg&utm_source=copy-link
③公爵令嬢クラリオラ(Masquerade Waltz)
https://open.spotify.com/track/4n6mxWdhDavqpH1L7jm5ze?si=gty4EKaGQfGJV7WBbI6jyQ&utm_source=copy-link
人々の騒めきは広間に低く響いた儀礼杖の打音に掻き消された。
儀典長は舞踏会の全権を握る最高指揮官でもある。彼が打ち鳴らす儀礼杖の音は絶対で有り、妨げる事は許されない。彼は今宵の参加者全ての序列や家柄を把握している許りか、式次第や裏方で働く者達への指示も管理する。儀典長は宮廷舞踏会の全てを掌握する指揮者なのだ。
「——場を整えよ!」
彼が打ち振るった儀礼杖を合図に、階下の従僕達が広間中央より円形に空間を作るべく貴族達を誘導した。無言で指示に従う彼等は序列を意識しつつも場所取りに余念がない。少しでも前の位置を確保すべく、水面下では静かな攻防戦を繰り広げている。紳士淑女達は静かに広間を取り囲んだ。
広間中央に大きな空間が出来上がると、近衛騎士達が三名、王太子妃候補者達の前に進み出た。令嬢達は、優雅に礼を取る近衛騎士から差し伸べられた手を取った。彼等は恭しく令嬢達を随伴すると、中二階より階下へと誘った。
エクセルシウォル王太子殿下に続いてエドヴァルド侯爵令嬢、ベルクトゥス伯爵令嬢、最後にレクレディ公爵令嬢が歩みを進める。
人々は羨望と興味を含んだ眼差しで、優麗に階段を降る令嬢達を見守った。華麗に咲く三輪の花々が舞台の際へ並び立つと近衛騎士達は静かに一礼し後ろへと下がった。
儀典長の高らかな声が木霊する。
「——円舞を!」
王太子殿下が洗練された所作でエドヴァルド侯爵令嬢を誘い、広間の中央で立ち止まる。今から王太子殿下と候補者三名が一曲ずつ円舞を披露するのだ。千々の視線が一点に注がれている。
一際大きな吊燈の下——濃灰色と薄緑は向かい合うと静かに礼を取った。其れを合図に軽やかな円舞曲が頭上から降り注いだ。
二人はゆっくりと手を取り合い踊り出す。角笛の柔らかな中低音と提琴の弦を爪弾く音が溶け合って三拍子を奏でる。明るい長調の旋律は、まるでエドヴァルド侯爵令嬢の為に誂えたのか——と思う程だった。軽快な拍子に合わせてくるくると令嬢が回れば薄緑の衣裳が広がる。微笑みを浮かべ舞い踊るカテリーチェ嬢と、事も無げに彼女を支え導く王太子殿下の正確な踊りに、場内の彼方此方から熱い吐息と感嘆の声が漏れた。
-----
フィデルトは妹が声にならない呻き声を発しているのに気付いた。ヴェリタは瞳をかっ——と見開き、紅潮した頬と開いた口を隠す事も忘れて高貴な御方達の踊りに喰い付いている。
「——おいヴェリタ、扇はどうした! 顔、顔を隠せ!」
耳元に小声で注意を促せば、ヴェリタは固まった表情其の儘に震える声で兄に問い掛けた。
「もしかして——此処は天国ですか?」
「——は? 御前はちゃんと生きている。此処は現世だ」
「だって……王太子殿下の御美しさが余りにも凄まじ過ぎて……あの光り輝く御姿は絶対に此の世の物では無いわ……ほらまた……動いていらっしゃる……あんなに優雅に——此れは現実? 矢張り夢なの? お兄様、私の目がおかしくなってしまったのかしら!?」
「お前は男爵領の中でも人一倍視力が良いじゃないか。己を信じろ」
返す回答は随分と雑ではあるが——フィデルトも飲まれているのだ。彼の方々が放つ神々しいまでの美に。
「其れに私……高位の御令嬢の御美しさを侮っていたわ……待って? 私、先程から“美しい”しか言葉が浮かんで来ないわ! 他にも形容する言葉は沢山在る筈なのに! 嗚呼——自分の薄っぺらな語彙力が憎い!」
「うむ、其処は同意しか無い。実は私も他の言葉が出てこない。だが、御美しい、は決して間違いでは無い。つまり私達は間違っていない」
プールス男爵家兄妹の残念な遣り取りも最後には互いに傷を舐め合う形で手打ちと成った。兄妹は広間の後方から人々の隙間を縫う様に中央へと視線を注ぐ。
どんなに遠くても問題ない。彼等には田舎生活で培った誰よりも良い視力が或るのだから。
***
エドヴァルド侯爵家カテリーチェ嬢との円舞が終わると、舞踏会会場は大きな拍手に包まれた。小さく息を弾ませて軽く紅潮したカテリーチェ嬢が王太子を見上げる。エクセルシウォル殿下は令嬢の視線を静かに受け止め、背後に歩み寄った近衛騎士に彼女の手を預けた。其の儘踵を返すとベルクトゥス伯爵家ディーリア嬢の元へと向かった。
先程と同じ様に令嬢を誘い広間の中央で立ち止まると、互いに向き合って礼を取る。其れを合図に大喇叭の重厚な低音が三拍子の一拍目を繰り返し踏む円舞を奏で始めた。と同時に二人は手を取り踊り出す。
チェスター王国の舞踏曲だろうか、耳慣れない短調の旋律は何処か幻想的で危うい。高音域と低音域を乱高下する不穏さと、緩やかに畝る華やかな提琴の音色が不均衡さに拍車を掛ける。微妙に傾いだ床の上を滑る様にディーリア嬢が大きく回る。金管の高い音が不規則に差し込まれると、ディーリア嬢は左脚を軽く跳ね上げた。衣裳の黒い裾が怪し気に翻る。徐に転調すれば逆回りに回転し、変調する不安定な拍子には嘲笑う様に上半身を反らす。大きく激しい動きで焦燥感を煽りつつ、ディーリア嬢は余裕の笑みを浮かべて旋律の上を舞い踊った。
王太子殿下は飄々とした面持ちで令嬢を支え誘う。二人の視線が絡み、身体が交差する様は何処か牽制し合う剣士の様でもあり見守る人々は視線を外せない。
-----
(——他の令嬢への闘争心を抑えきれぬとは……彼奴もまだまだ青い)
娘と王太子が踊る場を視界の端に捉えながらも、ゲラルドは注意深く目線を上げた。玉座に座る国王の表情は相変わらず読めない。
実物の王太子エクセルシウォルは、ゲラルドの想像を大きく超える事は無かった。確かに浮世離れした美麗さを持ち合わせてはいるが——所詮は温室育ちの優男でしか無い、と位置付ける。
(其れにしても——)
ゲラルドの懸案事項が一つ増えたのは誤算だった。苛立ちの矛先は、離れた位置に控えている小柄な令嬢へと向かった。
(——思わぬ伏兵が潜んで居たものだ)
数多の淑女を目にして来たゲラルドであっても思わず舌を巻く程の美貌。若い王太子が目を奪われるのも無理はない、だが——。
降って湧いた障害物。
如何にして取り除くか——。
***
ベルクトゥス伯爵家ディーリア嬢との円舞が終わると舞踏会会場には感嘆の声と共に拍手の音が満ちた。妖艶に口端を上げたディーリア嬢が挑む様な榛色の瞳で王太子を見上げる。王太子殿下は令嬢へ無彩色の視線を返した。見つめ合うこと数秒——銀氷の貴公子は背後に歩み寄った近衛騎士に令嬢の手を預けた。
直後、石灰色の瞳に虹彩が滲む。
踵を返したパルクトゥード王国の奇跡は其の強い視線をレクレディ公爵家クラリオラ嬢へと向けた。近付く間も彼の視線が令嬢から逸らされる事はない。レクレディ公爵令嬢も柔らかに笑みを湛えて待ち受けている。
次の瞬間—— 広間が大きく響動めいた。
何故ならば——王太子殿下が令嬢の前で片膝を付いたからだ。
高位の貴族達ですら、想定外の出来事に目を見開き固まった。国王陛下と王妃陛下以外に膝を折る事のない王太子が、恋願うようにレクレディ公爵令嬢を見上げているのだ。青天の霹靂、天変地異でも起こるのかと身震いする程に有り得ぬ光景が目の前で繰り広げられている。
王太子殿下は真っ直ぐに令嬢を見詰め乍ら右手を差し出した。令嬢が静かに左手を乗せると、まるで宝物を慈しむ様に細い指先へと口付けた。
小さな悲鳴が彼方此方から湧き上がり、会場中の空気が揺れ動いた。
一体何が起こっているのか。
秋波を送る令嬢の笑顔すら瞬時に凍らせる——と噂の銀氷の貴公子。其の王太子殿下が一人の令嬢へと向ける表情には氷の欠片すら見出せない。
薄く頬を染めたレクレディ公爵令嬢は秘色の瞳を潤ませて微笑んだ。艶やかな唇から吐息を洩す恥じらった見目は、若き貴族令息の視線を釘付けにした。ごくり、と唾を飲む音は一つや二つでは無かった。
王太子殿下はクラリオラ嬢を誘い、広間の中央へゆっくりと歩を進めた。二人はずっと互いの瞳しか映さない。礼を取る間、視線を切るのを惜しむ程に——。
力強い低音の拍子に乗せて主旋律を奏でる提琴の音が、二人の恋情を模した波となって奔流を起こし広間に満ちる。石灰色の瞳に映るのは秘色の瞳のみ。白絹の裾が旋律に揺らぎ、翻る。施された銀刺繍が吊燈の煌めきに反射して輝きを放ち、光の線を描いて余韻を残した。
情熱的な短調の調べは何処か物悲しく、だが絢爛な音色に後押しされ華やかに弾けた。鼓笛の拍子が軽やかに弦の波を滑る。濃灰色の肩掛けが遠心力で広がれば銀糸の神鳥が羽搏いて大波を擦り抜けた。
クラリオラ嬢の衣裳には、両肩から左右の手首へと薄く透けた絹紗が繋がっている。大きく弧を描き床を回転する度に、絹紗がふわりと広がった。其れは王太子の神鳥を追って両翼を広げ舞い飛ぶ白鳥の如き優雅さだ。
そして、人々は目撃する。
エクセルシウォル王太子殿下の微笑みを。
誰も——親である国王や王妃でさえ目にした事のない極上の微笑みを。
恋情の炎を宿した石灰色の瞳が捉えて離さないのは、共に音の波間を舞って踊る白絹の鳥。一糸乱れぬ呼吸で円舞に伴う秘色の令嬢の耳元に、王太子が何かを囁いた。驚きに秘色を見開いた令嬢が、口角を上げて囁き返す。
虹色の虹彩に染まった石灰色の瞳が眦を下げ、令嬢へと再び笑みを浮かべた。
濃灰と白絹が回る——回る、広がって、回る。
終わりが来ない永遠の円舞曲を願うように。
うん。
エクセルシウォル、飛ばしてますな。




