C-051 キャスメルディウス・アルドゥース(白鷺城)の神采奕奕
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
▼episode 051 - BGM
①ベルクトゥス伯爵の軽侮
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②王族一家、御入来
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「——チェスター王国、ベルクトゥス伯爵閣下!」
暗然たる場内に犇くパルクトゥード王国の貴族達へ、ゲラルドは柔らかな笑みを浮かべて軽く頭を下げた。驚嘆の響動めきを浴び乍ら彼は歩みを進める。自身に集まる数多の視線——其処に含まれるのが好意や好奇だけでは無い事など百も承知だ。
(何と間の抜けた反応か。肩透かしも良い所だ。名高きパルクトゥード王国の者達相手だからと警戒していたが杞憂だったな。所詮貴族なぞ何処も同じ——否、安逸を饕り腑抜けている分、此の国の方が遣り易いか)
ゲラルドが着用している上着の色はチェスター王国の国色である濃紫だ。濃紫は聖教会の典礼色(祭色)でもある。信仰心が篤い者は此の色に対しての畏怖が強い。加えて聖教会派とも成れば、濃紫の衣裳を身に纏うのを控える程だ。
濃紫を着熟し、悠然と歩みを進めるベルクトゥス伯爵に向ける視線の中に、ちらほらと畏敬の色が混ざっているのをゲラルドは見逃さない。
(ふむ——先ずは上々)
向かう先に見知った顔を確認し、伯爵閣下は仄暗い瞳で北叟笑んだ。
主要な盤上の駒は出揃った。
さて、何方の盤面から動かすか——。
***
薄闇が広がる舞踏会場の騒めきは臨界点に達していた。
「お兄様、もう全ての家門が入場し終えたのよね? 此の後はどう——」
——どうなるのかしら、と問い掛けた ヴェリタの言葉は、どん、と鳴った硬質の打音一つに掻き消された。
何事? と狼狽えたヴェリタはそのまま言葉を飲み込んだ。会場に満ちた音という音が瞬時に消え、静寂が広がる。
再度、どん——と地響きにも似た低い音が、広間の奥から響いた。人々の視線は音が鳴った方へと吸い寄せられる。暗くて判別し難いが、黒の衣裳を纏った男性が身の丈より高い杖を床に打ち付けた様だ。
「儀典長が儀礼杖を鳴らしたんだ」
フィデルトがヴェリタに囁いた。
「それって——」
なに? と問うた言葉の続きをヴェリタが紡ぐ事は叶わなかった。
直後に、頭上でしゅるしゅる、と微かな音がして——。
何十基もの吊燈が一斉に点火したのだ。配された数万本の蜜蝋が、吊燈の中心から順に火を移して行く。幻想的な光景を目の当たりした会場は、溜息混じりの歓声に包まれた。高い天井から中央に一際大きな吊燈が輝く。其の周りを飾り立てる様にして他の吊燈が輪を描いた。
一気に薄闇から明るくなった広間は円形状。吊燈には職人の技術を結集し研磨された無数の水晶が散りばめられていた。黄金色の明かりと共に乱反射する光の粒は、舞踏会場を余す処なく照らし出す。
人々は——隣の令嬢が纏った衣裳の色や宝飾品の意匠に驚き、天井の精緻な模様の石彫に驚嘆し、壁面に等間隔でぐるりと嵌め込まれた無数の鏡に目を回した。柱の上部で天井を支える天使の像は、金箔に身を包み灯りを受けて黄金色に輝いている。柱に沿って置かれた大理石の花瓶には、色取りどりの美しい花々が咲いていた。蜜蝋の微かに甘い香りと瑞々しい花の香りが会場に漂う。
突然の光景に虚を突かれたヴェリタは泳ぐ視線のままに兄に縋り付いた。
「すっ、凄いわ、お兄様……何処から見ればいいの?」
「あ、嗚呼——凄いな……」
「ヴェリタ、口が空いてますよ、早く閉じなさい」
「コルディア、注意をする前にお前も閉じなさい」
プールス男爵一家の狼狽振りなど誰も注目していない。誰しもが目に飛び込んで来る光景に息を呑み、歓声を上げている。
歓喜に満ちた会場に再び、どん——と床が鳴った。瞬間、舞踏会場は水を打ったような静けさに包まれる。
儀典長の太く、朗々とした大音声が広間を震わせた。
「——国王陛下! 王妃陛下! 王太子殿下! 第二王子殿下! 御入来!」
中階奥の大扉がゆっくりと開いていく。
金管楽器が高らかな音を奏で、最高位である国王陛下の入場を告げた。
前方より、男性貴族の踵を鳴らす音と共に、衣擦れの音が波の様に後方へと続いて行く。それは地響きにも似た音だった。淑女は膝折礼を取り、男性貴族は胸に手を当て黙礼を取った。
プールス男爵一家も周囲に倣い、同じく頭を下げた。 ヴェリタは耐えた。国王陛下のお赦しが出る迄、頭を上げる事は許されない。背筋を伸ばしたまま深く膝を折る。支える片足に全体重が乗り、震えそうになるのを必死で堪えた。結い上げた頭も、普段は身に付けない重めの首飾りも、向日葵色の絹の衣裳も、全てがヴェリタに伸し掛かる。
(はっ……早く御出ましに成って下さいませっ!)
産まれて初めての苦行とも言える淑女の洗礼を受け、ヴェリタは心中で神に祈った。
(神様っ! 私には高位貴族など到底務まりません! 男爵家に生を受けて心より……本当に、心から! 感謝して居りますので、どうか——国王陛下の歩みをほんの少しで良いので早めて下さいませっ!)
そんな男爵令嬢の祈りが神に通じたのかどうかはさて置き——国王一家が主賓席に辿り着いた。
***
国王ノヴァロムは緩やかに階下を見渡すと静かに右手を挙げた。宮廷楽団の音がぴたり——と鳴り止み、静寂が戻る。
「——皆の者、面を上げよ」
緩やかな衣擦れの音と共に、広間に揃った一同がゆっくりと姿勢を正した。初めて玉体に拝する貴族の方が圧倒的に多いのだ。此の御方が我が国の礎か——と歓喜に震える者、感動に呼吸を荒げる者、ただただ圧倒される者と反応は様々だ。
国王ノヴァロムは、紅の地に白の毛皮が縁取られた肩掛けを軽く翻すと一歩、進み出た。パルクトゥード王国を治める智略に優れた賢王は、圧倒的な存在感を放って諸侯を見下ろしている。
国王の隣後ろには気高く美しい王妃オクタヴィアナが立つ。同じく紅色の衣裳は実に豪奢で、匂い立つ様な美しさはとても齢が四十を超えているとは思えない。
国王陛下の威風堂々とした声が階下へと降る。
「皆、今宵は良くぞ集ってくれた。既に承知置きの事と思うが——王太子エクセルシウォルの妃候補を三名、選出した。此れより半年の期間——王太子妃候補者達は城に滞在し、様々な宮廷行事に参加して貰う事と相成った。未来の国母として、エクセルシウォルに並び立つ資質が在るか否かを判別する為だ」
おおお、と会場が大きく響動めいた。いよいよ選定が本格的に進むのだ。我が国の至宝である王太子と共に——未来を牽引する御方が半年後に定まる、と此処に宣言された。
「では——三名の令嬢を紹介しよう」
国王陛下が背後へと目線を向けた。呼ばれて前へと歩み出た人物の姿に、会場内から令嬢達の小さな悲鳴が飛び交った。
階下から見えない位置に控えていた人物——彼こそがパルクトゥード王国の奇跡、エクセルシウォルであった。
濃灰色に銀糸が施された衣裳に、羽を広げた神鳥が刺繍された同色の肩掛けを左肩から流し、肩下まで伸ばした銀髪は緩く括っている。身の丈は高く、色の無い瞳で会場内を見渡す面立ちに感情は一切宿していない。正に銀氷の貴公子——彼の方の笑顔を見た者は極僅か、然も稀に見せる微笑も、実は相手の心をも凍らせる程の圧を孕んでいるとか。
整った鼻梁、長い銀色の睫毛、石灰色の瞳、薄く淡い色の唇、何処を取っても完璧で文句など付けようが無い。まるで神が造形した地上の神、とでも言えば良いのか。令嬢達は想像を超えた王太子の美しさに、呼吸すら忘れて見上げている。
「今宵——長く空席だった我が妃の座に、最も相応しいと選出された三名の令嬢達を紹介しよう」
王太子の淡々とした声に色は含まれない。銀氷の貴公子は矢張り冷淡な面持ちで振り向き、手を伸ばした。
「エドヴァルド侯爵家、カテリーチェ嬢」
薄緑の衣裳の美しい女性が壇上に姿を現した。薄金色の淡い髪色を結い上げ、明るい薄萌黄色の瞳の令嬢が愛らしい笑顔で腰を折る。
続いて——紹介されるのはレクレディ公爵令嬢だろう、と誰もが思った。先程の名乗りで最後に呼ばれたのはベルクトゥス伯爵閣下だったからだ。傾国の美女、の二つ名を持つ令嬢とは如何様な御方か——と期待を持って見上げる人々の想像は、王太子の発した言葉によって覆された。
「ベルクトゥス伯爵家、ディーリア嬢」
感情を乗せない王太子に差し出された手を取って進み出たのは、朽葉色の髪を結い上げた令嬢だった。会場は令嬢の聡明そうな美しさに感動しつつも戸惑いを禁じ得ない。濃紫の艶やかな絹地で誂えた衣裳は左腰より斜めに切り替えた黒の絹地との二色使いで見た事もない意匠だ。騒めきを含んだ広間の空気など気にも止めない様子で榛色の瞳を持つ令嬢は緩やかに腰を折る。
では——ならば、最後が。
「そして——レクレディ公爵家、クラリオラ嬢」
名を呼び、手を差し伸べた王太子が——柔和に笑んだ。
パルクトゥード王国の奇跡、銀氷の貴公子の微笑みに階下の者達は息を止めた。其の余りの神々しさに——誰しもが目を見開いた。
だが、彼等の驚きは——手を引かれて姿を現した令嬢を見て驚愕へと変わった。
亜麻色に光る柔らかな髪を緩やかに纏め、白絹に銀糸の刺繍と宝石を散りばめた衣裳に身を包んだ天使が歩み出た。陶磁器の様な白い肌、長い睫毛から覗く潤んだ秘色の瞳は煌めく光を宿している。艶やかな唇は緩やかに弧を描き、美麗な微笑みは王太子へと向けられている。
そしてあろうことか、王太子殿下が熱を帯びた瞳で令嬢を見つめ返しているではないか。
壇上に二人が並び立つ。其処に完成されたのは一枚の絵画の様だった。何者をも寄せ付けぬ完璧な一対。
レクレディ公爵令嬢は名残惜しそうに王太子から視線を外すと階下へと向け、ふわりと微笑んだ。
超越した美貌に、唸り声にも似た呻き声と歓喜の響動めきが沸き上がる。
レクレディ公爵令嬢は静かに腰を折った。
一部の隙もない、完璧な所作で——。
御大登場!!!
(長かった……笑)




