P-049 プールス男爵一家の見聞一新
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
▼episode 049 - BGM
①受付〜大階段、絢爛豪華な王城内部
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②鏡の大広間、楽団のチューニング、貴族達が繰り広げる水面下の攻防、群盲象を評す様。
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其処は——正しく「白亜の城」だった。
プールス男爵一家は王城に足を踏み入れた途端、顎を外した。
天井に輝く吊燈のなんと大きく豪奢な事か。煌めく光が彼方此方に反射して眼に眩しい。そもそも何処から、何基吊り下げられているのか。天井は高く——呆れる程にとても……とても高く、果てが見えない。確認しようと見上げるだけで首が折れてしまいそうだ。
一番大きな吊燈を中心にして、金色と真紅の長布が重なり乍らゆったりと八方へ飾られている。薄い絹地に光の粒が弾いて何とも神々しい。壁面に垂れ下がる真紅の綴れ織に金糸で織り込まれているのは王家の紋章。
「お……お兄様……」
ヴェリタの足は震えて床に貼り付いている。潤んだ瞳で縋る目で兄を見上げた。蚊の鳴く様な妹の救難信号は、同じく呆然と立ち尽くしていたフィデルトを奮い起こした。頼り甲斐のある兄は、強張った顔に無理矢理笑顔を作り込んで小声で諭す。
「ヴェリタ——笑顔だ。兎に角、腹に目一杯力を入れて、気合いで笑え」
何とも残念な助言がフィデルトの限界であった。プールス男爵家嫡男も初めての入城なのだ。兄妹共に条件は変わらない。
入口近くに設けられた受付には、黒色の制服に身を包んだ官吏達が姿勢正しく待ち受けていた。扇で引き攣り笑顔を隠した妻を携え、レクトルがぎくしゃくと招待状を取り出す。
「確認致しますので暫し御待ちを」
官吏は優雅に一礼し招待状を受け取ると、手元の書類をぱらぱら捲り照合して行く。文字を追っていた指が或る箇所でぴたり、と止まって左右に視線を動かした。ゆっくりと上がった目線がプールス男爵一家を一人ずつ辿っていく。
ごくり、と唾を飲み込んだ音が響いた気がして、レクトルの口元が痙攣する。
緊張が漏れ出る男爵には気付かぬ素振りで、官吏は和やかに腰を折った。
「プールス男爵閣下、並びに男爵夫人。御令息フィデルト様、御令嬢ヴェリタ様——ようこそ御越し下さいました」
(招待状は本物だった——!)
歓待の言葉に、プールス男爵一家は全員で声にならない喝采を挙げた。
***
先程までの緊張は何処へ飛んで行ってしまったのか。第一関門(正確には馬車寄せを含め第二関門だが)を突破したのも相まってプールス男爵一家に若干の余裕が生まれた。好奇心と言う名の芽がむくむくと発芽し出したヴェリタは、早速本領発揮とばかりに愛らしい瞳を彷徨わせる。
「お兄様、お兄様、此の装飾手帳、本当に頂けるのかしら! 御覧になって! 外装は銀細工の縁取りだし、本革に金の箔押しで王家の紋章が配らわれているのよ? こんな素敵な物を使うなんて勿体無い! このまま大切に持ち帰っても良いかしら?」
「静かになさいヴェリタ、端無い。折角の手帳に御相手の名を刻まぬなんて……貴女はフィデルトとしか踊らないつもりなの? 良いから落とさない様に指輪を嵌めなさい」
受付で手渡された装飾手帳を手に、開いて閉じてを繰り返しつつ瞳を輝かせるヴェリタ。お目付け役のコルディアがぴしゃり、と釘を刺した。今宵、コルディアは母では無い。独身令嬢のヴェリタを陰ながら監督し、正しい淑女へと導くのが役目なのだ。愛娘により良き縁談相手を見定める為、舞踏相手の選定にも力が入るというものだ。
「だってお母様——」
「今宵は“だって”は禁止です。童の御遊戯ではないのですよ」
母親に釘を刺され、ヴェリタは僅かだけ口を尖らせた。手にした装飾手帳の背から連なるのは金の鎖だ。先端に付いた指輪に中指を通す。掌に収まる寸法の手帳をまるで宝物を扱う心持ちで丁寧に握り込んだ。
舞踏会では踊りを申し込む際、合意を得た相手の名を手帳へと書き記す。所謂予約手帳だ。開き部分には小さな銀製の鉛筆が差し込まれている。其れは手帳を閉じる鍵の役割も兼ねた精巧な造りで、鉛筆を抜いて開けば当日の式次第から演奏曲までが順に記載されていた。
社交の場では独身男性貴族が好みの令嬢に踊りを申し込む場合、必ずお目付け役の同意を得なければならない。お目付け役は家格の釣り合い等を考慮しながら許可を出す。今宵のコルディアは、娘が婚姻前に傷物にならない様に細心の注意を払いつつ、より素晴らしい縁談相手かどうかを見極める重要な役目を担っているのだ。
「心配しなくても一曲目は私が相手だ」
フィデルトは自分の装飾手帳を開くと頁をパラパラと捲って中盤に書き記された一曲目に「ヴェリタ•プールス男爵令嬢」と書き記した。
「ほらヴェリタ、お前も私の名を書きなさい」
自らの手帳を開いて見せたフィデルトの背後から、レクトルが遠慮がちに割り込んだ。
「——ヴェリタ、折角だから記念に父様と踊——」
「お兄様——これで宜しくて?」
——フィデルト•プールス男爵令息。
ヴェリタは震える手で装飾手帳に予定通り兄の名を記した。
因みに「愛しい娘とファーストダンス」という父のささやかな望みは、緊張と興奮に忙しいヴェリタの鼓膜に虫の羽音程も響かなかったようだ。肩を落とす夫の背を愛妻が苦笑気味に撫でるのも矢張り常の光景である。
***
王城入口から正面奥に見えるのは舞踏会場へと続く大階段だ。華やかな衣裳に身を包んだ貴族達は敢えてゆっくりと階段を登る。男性貴族は品格を漂わせ、淑女は優雅に。
先に会場入りした貴族達は好奇の目で其れを見定める。現れる貴人は懇意にすべき相手なのか、自分の家格と釣り合うのか、縁を繋いで得と成るのか否か——身に纏う衣裳や宝飾品の質、立ち振る舞いを通して推し量る為に。
「プールス男爵閣下、並びに御一同様、どうぞ——会場へ御案内申し上げます」
どうやら序列順が回ってきたらしい。正装した案内係が大階段へと誘う。姿勢正しく誘導する背を追ってプールス男爵一家は歩みを進めた。
父と母の背のみを見詰めて兄と妹はゆっくりと大階段を登る。フィデルトの右肘に添えられたヴェリタの左手は小さく震えていた。両目は笑みを浮かべつつも扇で隠した唇は同様に震えている。
「お……お兄様……もしかして……私達、とても注目されているのでは?」
怖すぎて両親の背中から視線を外せない。確認せずとも感じるのだ。プールス男爵一家に降り注ぐ数多の視線を。
「ヴェリタ、心配するな。いいか? 此処さえ乗り切れば良いんだ。会場に入れば今度は私達が彼方から注目する側になるじゃないか。後少しだ、根性だぞ妹よ」
「——そ、そうね、その通りだわ。お兄様ってば頭良い。 私、頑張るわ!」
「良し、兎に角、微笑んでおけ。瞳だけでも笑って見えれば私達の勝ちだからな。でも、嗚呼……お前が羨ましいよヴェリタ。何故、男性は扇を持てないんだろう。こうも衆目を集めるとは……顔面が強張り過ぎて痛い」
勝ち負けの問題では無いのだが。「叶うなら私も扇が欲しい」と背後から聞こえる息子の言葉に対して、心中では全力で同意していたレクトルである。
そして遂に、プールス男爵一家は舞踏会場入口の手前へ辿り着いた。意外にも、先程迄の煌びやかな雰囲気と一転して会場内は薄暗い。壁面に等間隔で配されている燭台の全てに火が灯されている訳では無さそうだ。想像と掛け離れた騒めく広間の光景に、プールス男爵一家はぱちぱちと瞬きを繰り返すのみ。
先に誘導して来た案内係は、会場入口に立つ名乗役に耳打ちすると一礼して階下へと降りて行った。プールス男爵一家は待ち受けていた別の従僕に誘導され入口へと並び立つ。
鐘の音が一つ——高らかに鳴り、名乗役の通る声が会場内に響き渡った。
「プールス男爵閣下! 並びに同男爵夫人! 同男爵御令息フィデルト様! 同男爵御令嬢ヴェリタ様!」
レクトルとフィデルトは軽く頭を下げ、コルディアとヴェリタは軽めの膝折礼で呼びに応える。途端に会場の視線が彼等に集中した。四人の心臓は本日一番の早鐘を鳴らす。だが流石は家長、レクトルは小さく「行くぞ」と家族にのみ聞こえる声音で号令を掛けた。一家は静かに場内へと溶け込んで行った。
***
舞踏会場の壁面に沿って置いてある幾つもの椅子はまだ空きが多い。だが男爵家であるプールス一家は爵位で言えば末端である。椅子に座れるのは高位貴族が主で、後は年嵩の貴人のみ。よって一家は会場入口に近い広間の周囲で他の貴族達と共に次の入場者を見守る事となる。
序列同位らしき人々に紛れると、ヴェリタ達にもやっと安堵の心地が訪れた。室内の暗さにも目が慣れたのか、舞踏会場内の輪郭が徐々にはっきりとして来る。
広間の一番奥、中二階に当る場所には王族が座する主賓席が在った。其処から反時計回りで九時の方向に宮廷楽団が並んで座っていた。各々が鳴らす調律音が粒と成って天井から降り注ぐ。まだ旋律にも成り得ないと言うのに何処か幻想的で、ヴェリタは鳥肌が止まらない。
(舞踏会が始まったらどんな音楽が天から降って来るのかしら)
想像するだけで感動が先走って夢見心地になるのは致し方ないだろう。
想像に耽る間にも次々と鐘は鳴り、名乗りが響く。都度騒めきが消えて視線が入口に集まったかと思えば、徐々に人々が行き交い、衣擦れや会話が其処彼処に生まれると云う繰り返しだ。
一頻り、淑女の作法を崩さぬ程度に辺りを見回して居たヴェリタの耳に、小声で話す令嬢達の会話が飛び込んで来た。
「聞きました? チェスター王国からいらっしゃったベルクトゥス伯爵令嬢の御噂」
「確か——離宮に御滞在なさってるのでしょう?」
「国王陛下との御謁見の場で、ベルクトゥス伯爵令嬢を王妃陛下が甚くお気に召した御様子だったとか」
「まあ! それは本当ですの?」
「チェスター王国一の才女と名高い御令嬢ですもの。嘸かし御美しい御令嬢なのでしょうね」
「でも私、少し不安ですわ。何でしたかしら—— “神に最も近しい国”、と仰いましたかしら? 畏れ多くも神を敬う処か自国を祭り上げるかの如く利用する御国柄ですわよ? 我が国の王太子妃として立つおつもりならば、此方の流儀に沿える御方が好ましいと御思いに成りませんこと?」
「本当に。それに来国された時の行列は御覧に成りました? まるで神の御意向を笠に着たかの様な仰々しさ——威厳を通り越して少々滑稽に感じましたわ」
「私はエドヴァルド侯爵令嬢に何度か御目に掛かった事が御座いますの。それはそれは麗しい御令嬢ですわ。王太子妃候補に御名が上がって涙を飲んだ殿方が五万といらっしゃるとか」
「——実は私、少しばかり小耳に挟んだ話が在るのですけれど……エドヴァルド侯爵令嬢が王太子殿下と御対面の折、御不興を買って御自分の失態に泣き崩れたとか——」
「——まあ、何て事」
「私も初耳ですわ。何というか……御労しい限りですわね」
「あら貴女、口元が御弛みになってましてよ? 御気を付けあそばして」
「ま、私とした事が——ほほほ」
「だって——エドヴァルド侯爵令嬢は……少し、ほら、ねえ?」
「殿方には御愛想が宜しいですけれど……ねえ?」
「其れ以上仰るのは不粋というものですわよ」
「あら、嫌ですわ。ほほほ」
「ねえねえ、何方か、レクレディ公爵令嬢に御目に掛かった方はいらっしゃる?」
「——存じ上げないわ」
「私も。傾国の美女——でしたかしら?」
「そうそう、傾国の美女! 国を傾ける程の御美しさって——如何程のものなのでしょうねえ?」
「何ですの? 御言葉に棘がありましてよ?」
「まあ! 穿った見方は御遠慮願いたいわ? 私、純粋に疑問を口にしただけですのに」
「確かに——其の様な御方が本当に実在するのなら、是非とも拝見したい処ですけれど」
「ほら、人には好みと言う物が御座いますでしょう? 他人から見れば大した事は無くとも、御本人からすれば女神の様に神々しく御感じに成る——なんて、ねえ?」
「其の方に取ってみれば女神なのですから——否定するのは些か失礼に当たるのではなくて?」
「審美眼も人それぞれ、ですものね? 私、少し慎まなくては成りませんわね」
「あら、御免遊ばせ? 悪気があった訳ではなくてよ?」
くすくす、ほほほ、と笑みを交わす会話を背に、ヴェリタの舞い上がっていた気持ちは急速に萎んでいった。
(——な、なに? なんなの? 此れが淑女の会話なの!? なんて酷い!)
純朴なヴェリタには理解不能な遣り取り、会った事もない人の悪口を楽しそうに語らう令嬢達に怒りが込み上げる。一気に振り返って「なんて見苦しい!」と一喝したい衝動に駆られた。
でも——自分は男爵令嬢なのだ。
もし仮に。
此の会話の主達が自分の家格より上位ならば、行動如何によっては大変な事態を引き起こすのだ。己が感情を優先して問題を起こす程、ヴェリタは幼くはなかった。
いやーーーーん。
女の社会はやっぱり怖いーーー!




