P-047 プールス男爵一家の周章狼狽
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▼episode 047 - BGM
リズミカルな馬車の駆ける音〜車窓から見える王城
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今夕のキャスメルディウス・アルドゥース(白鷺城)は無数の煌めく光を其の身に纏い、薄暮の中で白銀色に浮かび上がっている。今宵は王家主催の宮廷舞踏会当日——城中に配された数多の蘭燈や城内から洩れる灯りが宝石のように光を放って白亜の神鳥を彩っている。
常ならば同時刻の王城は暮れ行く空に溶け込み、静謐な姿で城下を見下ろしているのだ。人々は浮き足だった喧騒に釣られて幻想的に光る彼の城へと目を向けた。城門から長く伸びた車列が場内に全て収まるにはまだ暫くの刻を要するだろう。貴族は厳格なる儀礼に基づいて入場を果たす。後方へと続くに従って家格は上がり高位貴族の馬車となる。光沢弾く車体に飾られた彫刻や紋章は絢爛で、最後尾ともなれば格式高い四頭立て。毛艶良い馬達は美しい意匠の馬具を施され気品高く街路を進む。
「あのばしゃに、おうたいしさまのおよめさんがのっているの?」
沿道は豪奢な車列を一目見ようと集まった人々で溢れ返っていた。一人の幼子がつぶらな瞳を輝かせ父親に問う。澄んだ二つの目が映すのは希望と歓喜。喜色に満ちた色が此の国の未来を物語っているようで父親は破顔して答えた。
「——ああ、そうかもな」
***
プールス男爵家の馬車が王城に到着したのは夕陽が沈もうとしている時刻だった。田舎の領地で細々と暮らす彼等にとって宮廷舞踏会など雲の上の祭り事である。ましてや此度は王家主催というではないか。王室からの文官が使者として来訪したのは一月前。格式高く腰を折る使者を前に、プールス男爵家の面々は腰を抜かしつつも参加の意を伝えた。
今回は下位の爵位である彼等をも招待する大々的な催しとなった。其れはパルクトゥード王国にとって実に八年ぶりの慶司——つまり王太子妃候補者三名を披露するのを目的としていたからに他ならない。
「ほらお母様見て! 王城よ!? 嗚呼……なんて美しいの……星屑がお城に降り注いでいるみたい……」
ヴェリタが興奮して右に左にと車窓へ身体を向ける度に広がる菜花色のドレスを、隣に座した母親が丁寧に整える。
「落ち着きなさいヴェリタ、端ない。淑女は感情を表に出してはなりません。何度注意したら分かるのですか」
お目付け役であるコルディアの声も上擦っている。娘に注意を促しつつも緊張を隠しきれないのだ。
「無理もない。ヴェリタが王城へ入る機会なんてそうそうあるわけではないからな。それよりもコルディア、お前も少し肩の力を抜きなさい。今から気合いを入れ過ぎていると入城前に力尽きるぞ?」
手狭な車内で娘と妻のドレスに圧迫され、所在無さ気に下座で苦笑するのは父親のレクトル、プールス男爵だ。
「父上こそ顔が強張っておりますが? まるで緊張が服を着ている様です。もう少し堂々となさいませ。父上が田舎者め、と謗られてしまってはヴェリタの結婚相手なぞ到底見つけられませんからね」
同じく下座にて——格好付けて足を組もうと画策したものの、菜花色と薄群青の絹布の膨らみに膝上まで占拠され諦めたのは嫡男のフィデルトだ。今宵はプールス男爵家の主役である妹の随伴者という大切な任務を帯びている。結局、此の兄も緊張を隠しきれないのだ。其の証拠に先程から貧乏揺すりが止まらない。
プールス男爵家は公の場で使用する馬車を一台しか所持していない。男爵家として体裁を整える程度の誂えではあるが、維持費だけでも馬鹿にならない。尊き王家より招待を受けたのだからせめて見苦しく見えぬ様に……と使用人達総出で磨き抜いた車内に一家全員が乗り込んでいる。今少しプールス男爵家に財力が有るならば、男性陣は二台目の馬車でゆったりと過ごす事ができたのかもしれないが。
「お母様、あんな素敵な場所に招待されるなんて此れって夢じゃないわよね? いえ……やっぱり夢なのかも——ねえ、私達、本当に入城出来るの? 真逆受付で門前払いなんてこと——」
「全く……我が家に来た招待状が偽物の筈がないでしょう! いい加減になさい——でも……そうよね、やっぱりあんなに素晴らしい場所に私達みたいな下位貴族が招待されるだなんて……確かに現実的じゃないわよね」
「コルディア、お前まで何なのだ。ほら、こうやってちゃんと王家の紋章入りの招待状があるのだから——招待状が……招待状が……んなっ!? しょ、招待状がっ……なっ、ななない!」
「父上——其処ではありません。左です。左の内側の衣嚢に仕舞って居たでしょうに。大体、宿を出る前に何度も何度も確認したでしょう?」
「あ……嗚呼、そ、そうだったな、うむ」
「もう! お父様ったら慌てん坊なんだから! 無くしちゃってたら本当に入城出来なかったのよ?」
「元はと言えばヴェリタ、お前が不安を煽るからいけないのだぞ? 父上が蚤の心臓持ちなのは今に始まった事じゃないだろう」
「やめなさいフィデルト。本人を前に事実を口にするなど失礼ですよ? 仮にも父親なのですから言葉を慎みなさい」
「——はい、失言でした母上。申し訳御座いません」
「かっ——仮に、とはどっ、どういう事だコルディア! フィデルトは……わ、私の本当の息子ではな——」
「何を馬鹿な事を仰ってるんですか! 言葉の綾でしょう。ああもう、狭いんですから動かないで下さいまし! ドレスが皺になってしまいますわ!」
「やだお父様! 今、招待状を落とされましたわ! 無くしたら大変! 早く拾って下さい!」
「父上、落ち着いて下さい。性格は似ても似つきませんが……残念乍ら父上と私は外見が瓜二つでは有りませんか。御心配なさらずとも母上は間違いなど犯しておりません」
「んんっ——フィデルト、慎みを持ちなさい」
「申し訳御座いません、母上」
「ざ、残念……?」
「嗚呼もう! 何方でも良いですから早く招待状を拾って下さいませ!」
賑やかな車内の光景は小さな領地の日常と変わらない。
夜会に期待を膨らませる彼等の馬車は、軽やかに城門を潜った。
此処はパルクトゥード王城——キャスメルディウス・アルドゥース(白鷺城)である。
✳︎プールス男爵一家メンタル強者順ランキング✳︎
一位…フィデルト
二位…コルディア
三位…レクトル、ヴェリタ(僅差)




