G-046 伯爵閣下ゲラルドの詭謀
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
▼episode 046 - BGM
→Yevgeny Svetlanov × USSR State Symphony Orchestra
いや、この曲はハマった!(自画自賛w)
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四方に据え付けられた蝋燭の炎が暗がりの中に踊っている。石造りの壁面に窓はない。何処か空気が湿っていて肌寒く感じるのは、此処が地下にある一室だからだろうか。
対面する男の表情は薄暗い闇に溶け判然としない。目深に被った影衣の隙間から唯一見えるのは薄金色の瞳。暗晦の中、揺らめく燭光を掻き集めて煌めく視線の意味を解くのは難しい。其の背後に控えた赤髪の護衛騎士も表情無く周囲に目を配っている。此の男の反応から状況を推し量るのも厳しそうだ。
ゲラルド・ベルクトゥス伯爵は痺れる程の緊張を覆い隠すと笑みを浮かべた。
「御目通りが叶い恐悦至極に存じます。私はチェスター王国の——」
「この様な場で——猥りに名乗り合うのは得策ではない。そうだろう?」
意外にも、応えは張りのある若々しい声だった。隠された風貌から醸し出される雰囲気との摺れに、ゲラルドは相対する人物を図り兼ねて心中で舌を打った。
(ここで機嫌を損ねれば……全てが水泡に帰す。漸く繋いだ足掛かりなのだ。何としてでも此の御方を——我が陣営に引き入れねばならぬ)
「——此れは……仰せの通り、誠に短慮な発言で御座いました。何卒、御容赦の程を」
「まあ良い。其れにしても——神の御威光を一心に集めた聖教会の地下に、此の様な部屋が存在するなど今の今まで知らなかったが」
何処か呆れた風に言葉を紡いだ影衣の男は、薄金色の瞳を部屋の隅へと向けた。ゲラルドも釣られて後方へと視線を移す。
「光が在る場所だからこそ、影もまた色濃く存在する——此れは世の理で御座います」
朗々とした声が室内に響いた。一歩前に進み出た人物は胸の前で十字を切るとゆっくりと腰を折った。室内に響く衣擦れの音。其の身に纏うのは濃紫色の豪奢な聖職衣だ。奇しくも「神に最も近しい国」と呼ばれるチェスター王国の国色と同じである。暗闇に、薔薇の蔓が巻き付いた十字の金刺繍が浮かび上がった。
——人々の崇拝に絡め取られた神、を模したと言われる聖教会の紋章。
聖職衣の前後に此の紋章を冠する事が出来るのは唯一人。
——南方諸国聖教会の頂点に君臨する枢機卿である。
「大いに誤解を招く発言だな。まるで我々が今から謀議でも始める様な物言いだ」
影衣の男は大仰に溜息を吐いて視線をゲラルドへと戻した。事、今に至っても「我関せず」と核心に背を向ける男へ、ゲラルドは切り込んだ。既に我々の意図が伝わっているから此処にいるのだ。知らぬ、とは言わせない。
「謀議と成るか、大計と成るかは我等次第。手段は幾らでも御座います」
ゲラルドの背後に歩み寄っていた枢機卿も静かに首肯する。
刹那、薄金色の瞳がぎらり、と光った。
「——国家転覆を謀るのを大計、と申すか」
室内に満ちる圧。数多の高位貴族と渡り合って来たゲラルドでさえ、気を抜けば腰が引けてしまう程の怒気。
(——怯む訳にはゆかぬ)
我等は試されているのだ。ならば、とゲラルドは笑みを深める。鷹揚な声音で目の前から発せられる覇気を軽く往なした。
「いやはや——国家転覆などと……些か御言葉がきつう御座いますな。ふむ……強いて言うならば国家再生、とでも申しましょうか。私達で——此のパルクトゥード王国を真の神聖王国と為さしめるのです。無論、王冠を戴くのは貴方様で御座います」
影衣から覗く顎杖の指がぴくり、と動いた。先程までの勢いは鳴りを潜め、薄金色には微かな逡巡が滲む。思考する様に瞳を閉じる。
矢張、と内心でゲラルドは手を打った。事前に得ていた情報の信憑性に不安はあったが——どうやら杞憂だったらしい。
——此の御方は王座を欲していらっしゃる。
同じく、背後で確信を得た枢機卿が頷きながらゲラルドの言を補った。
「閣下——神の御威光を一身に受け、生まれ変わった神聖パルクトゥード王国に仇為すなど——我等、聖教会と其の派閥が認めませぬ。各国に根を張る信徒達の助力は私めが保証致しましょう。我等は水面下で着々と手筈を整えて参りました。機は熟したのです」
影衣の主は小さく唸り——直後に身体からすとん、と力を抜いた。静かに開かれた薄金色の瞳。其の奥に灯った野心が揺らめくのを認めてゲラルドの口角が上がる。
(——堕ちた)
「私に——何を望むのだ」
仄暗い感情を宿した薄金色が問う。
「我が娘、ディーリアが王太子を絡め取る算段に御座います。策は弄しております故、御案じ召されませぬ様——貴方様は一先ず高みでごゆるりと御見物為されませ」
「仔細も明かさず其方に付け、と? 随分と侮られたものだ。一歩間違えば共に奈落の底に堕ちるやもしれぬものを——いや、いざとなれば貴様らは私を切り捨てるつもりか」
「これはこれは……私めの言葉が足りませんでしたな。決して貴方様を軽んじた訳では御座いませぬ」
(流石に愚鈍ではない。籠絡するにしても手順を誤れば傷を負うのは我等となる。敢えて蚊帳の外に放置するのは得策ではない、か——ならばお望み通り、目の前に餌を晒して「待て」と躾けてやろうではないか。安物を充てがっても、喰い付きが悪ければ意味を為さぬしな)
覚悟を決めたゲラルドは、殊更ゆっくりと居住まいを正して決定打を放った。
「——パルクトゥード王国の奇跡は、遠からず神の御許へ旅立たれることでしょう」
衝撃の告白に、影衣の奥で短く息を呑む気配がした。
ゲラルドは態とらしくも憂いを帯びた仮面で本心を覆い隠した。世を憂う伯爵の流暢な言葉が暗がりに溶けて広がっていく。
「神々より天賦の才能を与えられし奇跡の人——ですと? なんともはや片腹痛い。要は少しばかり見目が良く、多少他より頭が回るだけの紛い物では御座いませんか。そうとは露知らず、ただ只管噂に流され盲信する哀れな民達へ知らしめるのです。彼の御人が統べる未来は決して揺らがぬ、などと——愚かにも信じてやまぬ者達の目を覚まさねばなりません」
ゲラルドは、確固たる王太子批判を迂遠な物言いへと変換し、まるで音楽を奏でる様に謳う。一呼吸置くと、黙って其れを聞いていた目の前の貴人に止めを刺した。
「奇跡とは“神の御業”のみを表す言葉——只人の分際で大衆に崇められるのを良しとする不届者に、我等で鉄鎚を下すのです。敬虔な信者で在らせられる貴方様を措いて、王座に相応しい御方なぞ有りませぬ」
背後の枢機卿も深く頷いた。
束の間、沈黙が室内を包んだ。
じじっ、と消えかけ揺れる蝋燭の音が妙に近く感じる。
「——詳しく話せ。無論、貴様達が真に欲する物についても、だ」
暗闇に怪しく光る薄金色の瞳に対し、伯爵と枢機卿は更に笑みを深めると頭を下げた。
これは時代劇で言う所の
「お代官様、これ、此の様に…」
「桔梗屋……お主も悪よのう」
的なノリでwww




