D-045 伯爵令嬢ディーリアの片鱗
第二章の始まりです。
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
▼episode 045 - BGM
①王都ガレイニュス驚天動地
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②白亜の間、互いの会話
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長く空席だった王太子妃候補者を決定すべく厳正なる選定が重ねられ、遂に三名の貴族令嬢に白羽の矢が立った。他国にまで轟く、パルクトゥード王国の奇跡——エクセルシウォル王太子殿下が、漸くその重い腰を上げたらしい——。
瞬く間に社交界から伝播したこの確報は、王都ガレイニュスの民心を大きく揺さぶった。
実は、八年前の婚約解消時に発布された国王ノヴァロムからの布告は国民にも深い傷を残していた。
一人の幼い侯爵令嬢が事実無根な流言によって社交界から消えた。貴族界隈から派生した噂は瞬く間に国中へと広がった。普段から貴族に対して大なり小なり不満を抱いていた平民達もその根拠なき噂に飛び付き味わい尽くした。彼等もまた、己が不満を解消する為に罪なき侯爵令嬢に悪意をぶつけたのである。
国王ノヴァロム直々の署名にて発した厳命なる布告。
「まだ幼き侯爵令嬢に於いては一遍の瑕疵も無し。こと今回の公示内容に憶測を持って吹聴する事は断じて許容せず」
一番に表したのは侯爵令嬢の無実、王家の体面や矜持などには一つも触れられて居なかった。貴族も国民達もこの布告に王家の覚悟を見たのだ。そして我が身を振り返る——自分達はなんと浅ましい行動を取ってしまっていたのか。後に根拠なき噂には他国の陰謀も絡んでいた事実が判明し、更に国中に戦慄が走った。
人々は悟った。
人心を惑わすのは何時の世も「心地良く響く他者への悪意」なのだ、と。
それから今日まで、自国の王太子には浮いた話一つ持ち上がらなかった。だが国民は黙したまま待った。あの頃の——胸の痛みを知る者達の矜持である。
そしてとうとう訪れた慶事の報に、国民が沸き立たない訳がない。
折しもチェスター王国一行の隊列が来着したのは数日前。
壮麗かつ絢爛な一団の来国に王都の人々は歓喜に沸いた。加えて護衛として前後左右に並走するパルクトゥード王国騎士団の勇壮な姿が、観衆の興奮に拍車を掛けたのは言うまでもない。
隊列中央よりやや後方、一際豪奢な四頭立ての馬車が優雅に街路を進む。白く光沢を弾く車体の屋根と側面には、十字と王冠を模る金の紋章が装飾されている。それは「神に最も近しい国」を表すチェスター王国の国章だ。
真紅の絹地に金糸で艶やかな刺繍を施された御者台に、姿勢正しく正装した御者が座している。チェスター王国の国色は濃紫。御者は金糸の縁取りや飾り紐に煌めく格式高い国色をその身に纏っていた。手綱を巧みに操る度に、斜に被った三角帽の鮮やかな羽飾りが揺れる。見慣れぬ異国の衣裳や佇まい、自国とは違う色合いに溢れた隊列の物珍しさは人々の視線を集め、更なる好奇心を煽った。
この中に——高貴なる次代の王太子妃候補が居るのだと。
***
「良くぞ参られた。ベルクトゥス伯爵令嬢」
キャスメルディウス・アルドゥース(白鷺城)の名を呼ぶに相応しい“白亜の間”に王太子の声が響いた。
光溢れた眩い室内の床は白大理石、熟練の職人が極限まで磨き上げた大理石粉を混ぜた漆喰の壁は、床と遜色ない光沢を白く弾いている。中庭へと続く扉窓を支えるのはやはり大理石を切り出した柱。驚くべき事にその柱には硝子扉を包み込むように彫られた数多の 高浮彫に彩られている。その場に居る人々を天界へと誘うが如く施された天使や神々は、今にも動き出しそうな精緻さで見る者を圧倒する。
「叡智溢れるパルクトゥード王国の至宝、エクセルシウォル王太子殿下へ拝顔の栄に浴し恐悦至極に存じます。チェスター王国より罷り越しましたベルクトゥス伯爵家が子女、ディーリアで御座います」
静かに首を垂れ、王太子の言葉を待ち受けていた令嬢がゆっくりと姿勢を正した。目の前に立つ銀の貴公子を捉えた榛色の瞳が僅かに揺めいた。
エクセルシウォルは首肯しつつ対する令嬢を観察する。
耳下まで緩く編み込まれた朽葉色の髪は艶やかで腰まで流れている。細い金の細工に紫水晶が散りばめられた髪飾り、他の装飾品も同色の宝石で統一しているようだ。絹地を濃い紫色に染め上げた衣装は胸元から裾へと向かうに従って黒色へと変化する。
(——チェスターの装飾品工芸はやはり見事だな。絹の染色技術は我が国と然程変わらぬ。意外と目線が高い……上背はレクレディ嬢より拳二つ程、高いくらいか)
微笑みながら優雅に着座するディーリアと同じく自らも椅子に腰掛けたエクセルシウォルは、そのまま気のない素振りで窓の外へと視線を向けた。ぼんやりと庭園で風に揺れる花々を眺め続ける。
緩んだ沈黙が二人の間に続く。
(さて、どう出てくるか——)
予め蒔いた種は城内で、其処彼処から小さな芽を出している。
背後では忠実なる補佐官や王宮侍女達が顔色を変えてあれやこれやと考えを巡らせている事だろう。
生まれて初めて恋に落ちたらしい王太子が気もそぞろで——向かい合った令嬢を無視して時間を浪費しているのだ。自分に興味を示さぬ王太子に対してベルクトゥス嬢はどう動くだろう。
チェスターが推挙した才女は、純粋なる想いでパルクトゥード王国へと嫁ぐ気なのか。それとも何らかの思惑を孕んでいるのか。そもそも策謀を持つのは父親のベルクトゥス伯爵か、若しくはその上か——つまり、令嬢自身は何も預かり知らぬ事なのか。
惚けた表情の裏で、密かに思考を巡らせていたエクセルシウォルの耳にくすり、と笑う声が届いた。
緩慢に振り向けば、ディーリアの舐めるような視線とぶつかる。
「王太子殿下は——我が国で耳にする御噂とはかなり違う印象でいらっしゃるのですね」
声には微かに嘲りが滲んでいる。
(苛立ち——いや、これは焦り、か?)
こうも早く感情をぶつけてくるのか、とエクセルシウォルは思考の隅でディーリアの人物像に情報を加えた。
「印象——とは?」
「例えれば鋭利と言いますか。端麗な面持ちでとても有能な御方だと聞き及んでおりましたが……少なくとも初対面の令嬢相手に会話もままならない程、のんびりとした御方だとは思いも寄りませんでした」
榛色の瞳が三日月に形を変えた。開かれた漆黒の扇。その下にある口元はどのように形を変えているのか。
「これは……随分と手厳しい」
「嗚呼、私とした事が大変失礼を——」
三日月が更に細くなる。ほほ、と笑みを深めた伯爵令嬢は言葉とは裏腹に悪びれた様子を消そうともしない。
畳み掛ける様に圧を強める伯爵令嬢の言動は、ある一つの答えを導き出すには充分だった。
(——この令嬢には目的がある。それも急を要するものだ)
ならば、と殊更緩慢な態度を滲ませて、エクセルシウォルは口を開いた。
「わざわざ我が国にお越し頂いておき乍ら、この様な事を伝えるのは大変心苦しいのだが……」
大仰に溜息を吐く。
「私は——我が半身とも言うべき相手に巡り合ってしまったのだ。それは——ベルクトゥス嬢、貴女ではない」
「——まあ」
王太子の爆弾発言と伯爵令嬢の冷えた相槌は、室内の温度を一気に引き下げた。
それもその筈——遠くチェスター王国から候補者として来国した令嬢との初顔合わせで、ばっさりとその芽を摘んだのだ。いや、踏み潰したと言ってもいい。幾ら王族であろうとも此れでは余りにも他国の貴族令嬢に対して非礼極まりない。
「其れは——困りましたわ。疑うつもりは御座いませんが……突然過ぎて正直どうお答えすれば良いのやら——。真逆、私の見目に不足が有り、殿下のお好みに敵いませんでしたでしょうか。其れとも何か他の理由で、程の良い断り文句を仰っているのですか?」
優雅に扇を靡かせる度に榛色は暗く光った。エクセルシウォルはその意図を注意深く探りつつも首を振る。
「いや——偽らざる本心だから手に負えない。自分の感情を持て余してしまう事態になるなど私自身が想像もしていなかったのだ。チェスター国王初め、父君のベルクトゥス伯爵にもなんと詫びれば良いものか……。それに貴女の此処に至る迄の覚悟を軽視している訳ではない。だから——」
「——今、私の覚悟——と仰いましたか」
自分の言葉を遮ったディーリアの瞳が瞬間、闇色に染まったのをエクセルシウォルは見逃さなかった。
——見つけた。
覚悟、という言葉が彼女の琴線に触れたのだ。
(垣間見えたあれは——憎悪だ)
緊迫した空気を緩めたのもまた、ベルクトゥス伯爵令嬢であった。
「——失礼致しました。私とした事が……王太子殿下、御心をお聞かせ下さり感謝申し上げます。ですが、私もチェスター王国の期待を背負って此方へ参ったのです。殿下の御事情をお聞きしたとはいえ、簡単に其れを飲む訳には参りません」
ベルクトゥス伯爵令嬢ディーリアは、洗練された所作で立ち上がると衣裳を捌き、優雅に膝折礼を取った。
「御案じなさいませぬ様——王太子殿下の御心が何処に在ろうとも、最後は——このディーリアをお選び下さる事でしょう。私には、その価値が在るのです」
再び顔を上げた伯爵令嬢に、硝子窓から降り注ぐ春の日差しが煌めいた。明るい光の中で柔和に微笑む榛色の中に——深遠を宿したまま。
エクセルシウォルって初対面下手くそか!
①エドヴァルド侯爵令嬢初対面
「貴女はこの国現状をどう見る?」
からの置き去り。
②レクレディ公爵令嬢
完全無視からの
「——まるで仮面のような笑顔だ」
③ベルクトゥス伯爵令嬢
「私は——我が半身とも言うべき相手に巡り合ってしまったのだ。それは——ベルクトゥス嬢、貴女ではない」
まさかの初対面で別の人大好き発言!
本章でも宜しくエクセルシウォルを愛でてやって下さい……(陳謝)




