O-041 王妃オクタヴィアナの回顧 4
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
※暴力的な表現の記述があります。ご注意下さい。
※残酷な描写があります。ご注意下さい。
▼episode 041 - BGM
① https://open.spotify.com/track/6L0zdACoL1XSAKZ5afacqm?si=-PBmA0DfR6CXLW4WgP81Vw
↑王妃vs近衛騎士
② https://open.spotify.com/track/7nHvS6UUhz2gJhj8TIROLX?si=XUvqOzH2Q-abJ8cmiV74Uw
「王妃陛下! どうかお鎮まりを!」
「オクタヴィアナ様!! 御手を御離し下さいっ! ちょっ……本当に死んでしまいますよっ!?」
現役の、男勝りな正規の騎士達が、全力で男から王妃を引き離そうとするがオクタヴィアナの身体は微動だにもしなかった。メイナードが不敬にも王妃の背面から両脇に手を入れ、力一杯後ろに引くがやはりびくともしない。騎士の一人が男の胴体を抱え上げる。ディケンズはオクタヴィアナの右腕に全体重を掛けながら部下に叫んだ。
「剥がせ! 何を躊躇している! いいからこの指を一本ずつ剥がせ! ええい、馬鹿力め! おい! 糞王妃! 早く正気に戻れ!! 本気で此奴を殺す気か!!」
ディケンズは敬愛なる王妃陛下に罵声を浴びせつつ、ごつ——と盛大な頭突きを喰らわせた。
忠臣捨て身の衝撃が効いたのか。
オクタヴィアナの開き切った瞳孔が、まばたきと共に焦点を合わせていく。
「……痛いじゃないか」
「ばっ……かじゃないのかお前!! いいから早くこの手を離せ!」
身体中に近衛騎士をぶら下げていたオクタヴィアナは、やっと状況を認識したのか掴んでいた首から手を離した。
男とそれを支えていた騎士がどさりと地面に落ちる。
「——悪かった。少々、脅しが過ぎたようだ」
「ふさけるのも大概にしろ! この怪力め!」
赤くなった額を摩りながら悪態をつく部下を無視し、オクタヴィアナの冷えた眼が足下を睨んだ。男は口から泡を吹き、失禁していた。辛うじて生きているようだ。
「——此奴らを拘束しろ。ディケンズ、公女は?」
「……御無事です。大きな怪我は見当たらないようです。意識も御座います、が——此方が問い掛けても反応が無いと——如何なさいますか?」
ディケンズは小声で状況を説明すると、視線で焚火の側にある切り株に座った少女を指した。
襤褸布を身に纏った少女は小さく身体を丸め、空を見つめている。
オクタヴィアナは了承すると少女へと歩み寄った。
***
不思議な色、だった。
恐怖や怯えすら何処かに置き忘れてしまったような瞳。
青でもない、緑でもない、薄くて淡い秘色の瞳。
空虚な——瞳。
オクタヴィアナは少女の前に膝を付く。
王妃が——この国で国王の次に身分の高い高貴な人物が、土に汚れる膝など厭わずに秘色の瞳に目線を合わせた。
空色の瞳が労るように少女を見つめる。
「——痛むところはないか?」
少女は答えない。
オクタヴィアナに焦点も合わせない。
否、未だ状況を把握できないのか。
茫洋とした景色をただ揺蕩っているようだ。
恐怖に思考が追いつかないのか、それとも——。
「——喉は乾いていないか? 怖かっただろう。心配しなくていい。悪者は全員捕えた。もう大丈夫だ」
オクタヴィアナの声音は柔らかい。
可哀想に——さぞや恐ろしかった事だろう。
エクセルシウォルより幾らか歳は下だろうか。十歳前後の少女だった。亜麻色の髪は縺れ全身汚れてはいるが、身形は確かに貴族の——それもかなり高位貴族の物だとわかる。施された刺繍や仕立は実に見事で男達が話していた公女、という言葉に間違いはないだろう。怪我は——手足に擦過傷、首筋には薄くて赤い筋が幾つも付いている。直ぐに消毒せねば。大きな病になれば事だ。
オクタヴィアナが公女を観察している背後では、騎士達が誘拐犯達を拘束し、周囲の確認作業を行っている。
公女は何処を見つめるでもなく、秘色の瞳を緩慢に彷徨わせていた。
一人の騎士が、土の上に横たわったもう一人の少女の肩に触れようと膝を付いたその時——。
「——い、や……」
公女の瞳がそれを捉え、掠れた声が溢れ出た。
「さ、わらな、いで——」
意思を伴う言葉に驚いて、オクタヴィアナは秘色の視線を辿る。折しも騎士がもう一人の少女を検分しようと手を伸ばした所だった。
「や、めてぇ——!!」
悲鳴と共に公女が切株から転げ落ちた。助けようと手を伸ばすオクタヴィアナを払いのける。力が入らぬ足にもんどりうって倒れ込んだ。尚も横たわる少女の元へと這いずる公女の姿に驚いて、騎士は触れそうになった手を止め、後ろへと離れた。
「アーチェ……アーチェ!!」
必死に少女の名を呼び、地を這う公女をオクタヴィアナが抱き上げる。
「さわらないで! はなして! アーチェ!!」
「大丈夫だ——」
「いや、やめて! アーチェがっ! おねがい! ころさないで!!」
「大丈夫だ、大丈夫」
オクタヴィアナの腕から逃れようと暴れる公女の瞳は、ずっと少女の姿だけを捉えている。
オクタヴィアナは軽くて小さな公女の背をゆっくりと、ゆっくりと叩いた。敵意がないと感じたのか、諦めたのか、暴れるのをやめた公女がやはり身を捩って少女を求める。
王妃は公女を抱いたまま、横たわる少女の側に膝を付いた。
血濡れた土の上。
焦茶色の髪は泥と血で汚れ、固まっている。
胸に突き立てられた小刀。
動かない身体。
開いた両目に泣きじゃくる公女が映った。
だが、それだけだ。
公女はしゃくりあげながらも手を伸ばした。
オクタヴィアナが腕から下ろすと、少女へと縋り付く。
公女の動きが止まった。
怯えるように、祈るように、指が少女の頬へと伸びる。
震える手で血の気を無くした白い頬に触れた。
弾かれたように、公女は身を起こすとオクタヴィアナを見上げた。
秘色が空色に問う。
一縷の望みを掛けた視線。
オクタヴィアナは空色の瞳を逸らさなかった。
この世は——残酷であり、無常だ。
もう二度と——少女が動くことはないのだ。
秘色の瞳に涙が溢れてこぼれ落ちた。
深まった闇に——幼い慟哭が響いた。
無言にて。




