O-042 王妃オクタヴィアナの回顧 5
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
※暴力的な表現の記述があります。ご注意下さい。
※残酷な描写があります。ご注意下さい。
▼episode 042 - BGM
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公女は——泣き疲れたのだろう、半ば意識を失うように眠ってしまった。
オクタヴィアナは哀れな公女を己のマントに包んで抱え直した。下す気は無さそうだ、とディケンズは素知らぬ顔でそれを見た。ほんの一時の眠りですら護り通そう、とする王妃の心を。
ディケンズは亡き少女の骸の前に跪く。どの様な経緯だったかなど知る由もない。だが無惨にも散らされた幼い命を改めて目の当たりにして口の中に苦いものが広がった。力無く開いたままの双眸は今、何を見つめているのか。もう少し早くこの場に辿り着いていたならば……この子も救えたのだろうか——。
背後から、オクタヴィアナの声が飛んだ。
「ディケンズ、侯爵邸に伝令を飛ばせ。兄上に事の成り行きを説明し、至急応援と医師を寄越すように伝えよ。此方に揃い次第レクレディ公爵領へ向かう」
「——御意」
「メイナード、お前はレクレディ公爵家へ向かえ。先ずは公女の無事を伝えよ。概要のみ説明し、我等の到着を待て。ガーディアナを使うがいい——ゆけ!」
「——はっ」
ガーディアナは国一番の駿馬だ。メイナードは素早く王妃の愛馬に跨ると一路、レクレディ公爵領邸へと駆け出した。オクタヴィアナの「一刻も早く」という想いに呼応するように、駿馬は地を蹴り風を切る。靡く鬣、ガーディアナの額飾りと鞍には王家の紋章が象られている。この黒馬が使者であるメイナードの言質を証明してくれるだろう。
***
シュタインガルド侯爵家では、前日まで継爵の祝賀会が執り行われていた。普段は王国騎士と近衛騎士、王城務めに王妃、そして領主代行と——顔を合わせるのも困難な家族である。三男の継爵祝いを機に、侯爵一家が一堂に介したのは実に十四年ぶり。オクタヴィアナが国王ノヴァロムと婚姻した時以来となる。末娘の快気祝いも兼ねた祝賀会は無事に幕を下ろした。
以前にも述べたが、シュタインガルド侯爵一家は全員が末娘のオクタヴィアナを溺愛している。せめて一日位は家族水入らずで過ごそう——と楽しみにしていた矢先、団欒の主役であるオクタヴィアナが護衛達を引き連れ、乗馬へと飛び出してしまった。しかも待てど暮らせど戻ってこない。痺れを切らした男性陣が腰を浮かし掛けた時、待ち人から急報が届いた。
——レクレディ公爵家御令嬢の誘拐事件に遭遇す。犯人は拘束。事態収束の為、小隊と医師を派遣されたし。
想定外の報せを受け、シュタインガルド侯爵邸は忽ち喧騒に包まれた。
果たして——到着したのは騎馬兵、歩兵合わせて四百名を超える部隊だった。シュタインガルド侯爵邸を警備する最低限の騎士を残し、残りを全て投入したであろう大規模な編成にオクタヴィアナも苦笑を禁じ得ない。
「全く……大袈裟な。領地戦でも始めるつもりか?」
誘拐犯は平民の破落戸だ。ここまでの兵力を投入するなど行き過ぎとも思えるが、急報を受け取った側からすれば一大事だったのである。一国の王妃が犯罪者と遭遇したのだ。仔細も分からぬ状況の中、出来得る限りの行動を取った結果だった。
更にはあろうことか——先頭で陣頭指揮を取っているのがパルクトゥード王国騎士団を纏め上げる総督であり、昨日、前シュタインガルド侯爵となったばかりの父親という事実。
「——ディケンズ、これは苦言を呈すべきだろうか」
「流石は王妃陛下の御父上君でございますな」
「それは皮肉か?」
「おや、そう聞こえましたか? 実は私も苦言を呈した直後に、御一人で果敢にも誘拐犯に歩み寄り、素手で締め上げた御方を存じ上げておりますので」
「——お前は息を吐くように嫌味を言うのだな」
「嫌味ぐらい吐きませぬと我が身が持ちません」
ぼそぼそと言い合う声に腕の中の公女が身じろいだ。オクタヴィアナは口を噤んで抱き直す。涙の跡にそっと触れ、安眠たれ——と小さく願った。
前侯爵は軽やかに馬上より降り立ち、オクタヴィアナの前に跪いた。現役の騎士にも負けぬ身のこなしである。
「御身、大事なればこそ——急ぎ馳せ参じました。王妃陛下、この場は私めがお預かり致しましょう。周囲の探索と警戒、犯人共の処置はお任せを。国王陛下へは既に早馬を飛ばしております。これよりレクレディ公爵領邸へはエイゼスタッド率いる二個小隊をお引き連れ下さりませ」
父親の背後に控えたエイゼスタッドはオクタヴィアナの長兄、その隣に次兄のミューゼルが並び、黙したまま跪いた。
「——大儀である。レクレディ公爵家へは伝令を飛ばしているが……夫妻の心痛は計り知れぬ。即、出立するぞ」
前侯爵と兄二人は、王妃が抱いた少女の痛ましい姿に一瞬眉尻を下げた後、王妃の命に諾の意を示した。再編成された隊列中央には馬車が配されている。オクタヴィアナは公女を抱いたまま静かに乗り込んだ。
「医師を同乗させよ。道行きながら傷の手当てをさせる——ディケンズ、我等が向かっている旨、再度伝令を飛ばせ」
「畏まりました」
「——なるべく静かに走らせてくれ。公女を起こしたくはないのだ」
「——御意」
レクレディ公爵家当主アウルスは国王ノヴァロムと旧知の仲でありオクタヴィアナとも縁が深い。上の公子二人とは面識もあったが、オクタヴィアナは末娘の公女とはまだ対面した事がなかった。
初対面がこんな救出劇となるなど一体、誰が予想し得たであろうか。
隊列はその数に似合わぬ静けさで夜を駆ける。
森を抜けると空には満天の星が輝いていた。
車窓から見えるその美しさが——。
オクタヴィアナの瞳に哀しく映った。
無言にて




