O-040 王妃オクタヴィアナの回顧 3
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
※暴力的な表現の記述があります。ご注意下さい。
▼episode 040 - BGM
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メイナードは主の合図を見るが早いか、幌馬車の影から飛び出した。勢いそのままに、この場にいる全員を即座に斬り捨てるか——という衝動をぐっと抑え込む。
破落戸の一人が公女を捕まえようと屈み込む。
メイナードは一気に距離を詰めた。
左手で鞘口を引きつつ右手で柄を押し出すと、鋼が鞘を擦り微かに鳴いた。
暗闇に躍り出た切先が、炎を映して朱く弧を描く。
煌めく一閃、半拍遅れて血飛沫が宵闇の森に散った。
背を斬り裂かれた男が、ぎゃあっ、と悲鳴を上げ転がる。突如現れた人物にいきなり斬りつけられ、彼等は一瞬で恐慌状態へと陥った。仲間の血濡れた姿に驚いて飛び上がったのは残り三人。腰を抜かす者、驚きに固まる者、そして——。
「だ、誰だお前っ!」
辛うじて誰何する度量を見せた者——先程から場を仕切っていた大柄な男は、斬られた仲間とメイナードとを交互に見つめながらじりじりと後退る。
(直前まで子供を殺害する算段を立てていた癖に、思った以上に小物だったか——)
既にメイナードの部下が抜身の剣を手に逃げ道を塞いでいた。下っ端らしき二人は観念したのか、最早抵抗も見せずに俯いている。
だが大男だけは挟み討ちとなっても尚、逃げ場を求めるように視線を彷徨わせていた。
「——降参しろ。逃げられるなどと思うなよ?」
冷えたメイナードの通告に重なったのは複数の足音。正面よりオクタヴィアナ達が歩み寄って来たのだ。自分達が完全に囲まれたと悟ったのか、男の虚勢に翳りが見えた。
この時、僅かに空気が緩んだ。
熟練の敵と対峙するのが常である近衛騎士達は、残念ながら庶民の犯罪者心理に長けては居なかった。騎士は相手の力量に己が敵わぬと判断したら潔く降伏する。自尊心あればこその暗黙の不文律が身体に染み付いているからだ。
だから社会の底辺に蔓延る犯罪者達が、最後の最後まで醜悪な悪足掻きに走る可能性にまで考えが及ばなかった。
「と、止まれ! 止まらなきゃこいつをぶっ殺すぞ!!」
次の判断を仰ごうとメイナードが主人に視線を向けたほんの僅かな隙だった。男は足元の公女を抱え上げていた。少女の細い首元に突きつけられた小刀。鋭利な光がメイナードの眼を刺した。
***
——時は少しだけ遡る。
号令を出したオクタヴィアナは、以の一番に悪漢達の元へ斬り込もうとした。それを制したのはディケンズだ。彼はオクタヴィアナの右肩を強く掴むと顔を寄せ、耳元に囁いた。
「——成りません」
「何をする、離せディケンズ」
「先ずは我等にお任せを。貴女様はもう現場で先陣を切って剣を振う御立場ではない」
ぎりっ、と奥歯を噛み締める主人に第二近衛騎士団長は続ける。
「——王妃陛下、何卒御辛抱を」
オクタヴィアナの元で長く副団長を勤めたディケンズにとって、直情型である元団長の行動など御見通しだ。この現状を前にして心中はさぞや荒れ狂っていることだろう。だが今、彼等の立場と責務は大きく形を変えている。自重して頂かねばならない。
二年前、オクタヴィアナが破傷風に罹ったのは鍛錬中に付いた傷が原因だった。あの時、オクタヴィアナの相手を務めたのはメイナードだ。王妃が木剣ではなく無造作に置かれた剣を手にした時、検分を怠ったのはディケンズである。更には臨月である王妃を嗜めることもしなかった。
——こういう御方なのだから仕方がない。
周囲は良くも悪くもオクタヴィアナの性格を熟知していた。どうせ言っても聞きはしないのだから——と密度の濃い上下関係と気安さの上に胡座をかき、判断を誤った。甘い選択を続けてきた結果、我が国の王妃と第二王子を失う所だったのだ。
オクタヴィアナが産後も生死の淵を彷徨った事実は、部下二人の意識を大きく変えた。メイナードに至っては自刃して責任を取ろうとする程だった。
掛け替えのない御方を危険に晒す愚を、もう二度と犯したりはしない。忖度とは、遜る姿勢のみならず。自らの思考を甘やかす行為をも指すのだと——彼等は主人の生命の危機から学んだのだ。
果たして、制圧は拍子抜けするほどに早く成った。
メイナードとその部下が破落戸達の動きを封じたのを確認したオクタヴィアナは、逸る気持ちを抑えて現場へと進んだ。
近付くオクタヴィアナを視界の端に捉えたメイナードの気がほんの少し逸れた。その一瞬の間に、男が足元に転がっていた公女を素早く抱き上げた。何処に隠していたのか——小刀をひた、と首筋に当て声高に叫ぶ。
「と、止まれ! 止まらなきゃこいつをぶっ殺すぞ!!」
形勢逆転、人質を手にした男は歪んだ笑みを浮かべた。
***
状況は一変した。
臓腑に錘を据え置かれたような自己嫌悪がメイナードを襲う。
——畜生! 油断した! 何故、目を離した!
少女に意識があるかどうかはわからない。だが全身の力が抜けているのだろう。ぐにゃりと芯のない身体を抱こうにも位置が上手く定まらないのか。男は悪態を吐きながら何度も抱え直している。動く度に当てられた刃先が公女の首筋を掠めた。細かな赤い線が一本ずつ確実に増えていく様に護衛騎士達は歯噛みするしかない。
その状況を黙って見ていたオクタヴィアナがゆっくりと口を開いた。
「——下郎、よもや命を乞うておるのではあるまいな」
地を這う唸り声にも似た低い声は、到底女性が発した音とは思えない。全身から溢れる怒気が闇に溶け、黒い炎となってオクタヴィアナから立ち昇った。
一歩、更に一歩。
オクタヴィアナは男に歩み寄る。
乱れた銀糸が頬に一筋、暗闇に浮かび上がった。瞳はぎらぎらと朱く燃えている——いや、燃え盛る焚き火を映しているのか、まるで業火を宿した形相だ。
「う、五月蝿え! い、いいい、いいからどけったらどけ! この餓鬼がし、しし、死んでもいいのか!?」
男は極度に狼狽していた。起死回生を図ろうにも言葉が上手く出てこない。恐怖と呼ぶには軽すぎる。目の前の人物に自分の声が届く気がしない。勝手に手が震える。小刀を持つ指に力が入らない。重い。腕に抱く餓鬼が重くて重くて——。
「——そうか。好きにしろ」
一歩、近付く。
「は? な、なんだって!?」
「好きにしろ、と言ったのだ」
男はあんぐりと口を開けてオクタヴィアナを見る。
怒気を孕んだオクタヴィアナの口角が片側だけ上がった。
「——どうした。口だけか?」
また一歩。
読めない相手の圧力に男の思考が完全に止まった。
既に他の悪漢達は腰を抜かしていた。逃げるなんてとんでもない。少しでも動いたら殺されてしまうという恐怖に打ちのめされている。
ディケンズもメイナードも他の騎士達も。
オクタヴィアナの怒気に呑まれて身動きが取れない。
既に抗戦意欲を削がれた男達を拘束するは容易い筈だ。
それなのに——。
ついに、オクタヴィアナは男の前に立ち塞がった。
男はぶるぶると震え、恐怖に歯を鳴らして縋るように目の前の悪魔を見上げる。
「——どうした下郎。公女を殺めても、逃しても、お前を殺してやろう。喜べ、この私が——直々に手を下してやると言っておるのだ——嗚呼、だが簡単にあの世に行けると思うなよ? お前の身体の、部位という部位を、一つずつ削いで、抉って、剥いで、切り刻んでやろう。元の形など分からぬ程に、だ。ただの細かな肉片にしてやらねば私の気が済まないからな。じっくりと嫐ってやる。だが、直ぐには死ぬなよ? さあ、互いに——楽しもうではないか」
緩慢な動作でオクタヴィアナの右手が男の首を掴んだ。
男は抵抗しなかった。否、出来なかった。
五指がゆっくりと男の皮膚に食い込んでいく。
男の両足が地面から浮いた。男の自重に耐えかね、支える首が伸びていく。止められた呼吸、青黒く染まる顔面。
オクタヴィアナの面相に感情は宿っていない。
男はとっくに子供を手放していた。
気圧されていた騎士達は我に返り、慌ててオクタヴィアナを止めに入った。騎士が四人で割って入っても怒れる主人と男を引き剥がすことはできない。
筆者がオクタヴィアナが好きすぎるのがバレバレで草。




