O-038 王妃オクタヴィアナの回顧
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
※妊娠、出産に関する記述がありますのでご注意下さい。
※病例に関する記述がありますが、医学的根拠に伴わない解釈が含まれます。物語の都合上の記載です。何卒ご了承下さい。
▼episode 038 - BGM
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→早駆けする七騎
「今から九年前——私はアルスエストの出産前後に面倒な病を患ってな。長期の療養を余儀なくされたのだ」
王妃は静かに、記憶を言葉に刻んでいく。
***
オクタヴィアナは、ノヴァロムとの婚姻後直ぐに懐妊した。自身の体力と頑健さに自信を持っていた新米王妃は、あろうことか産気づくその日まで剣の鍛錬を欠かさなかった。周囲の者達の寿命を大いに縮めた確信犯は、初産でありながら陣痛開始から二時間という驚異的な早さで第一子エクセルシウォルを出産した。王宮医官達もこれには舌を巻き「まるで神業のような安産」と感嘆した。この豪快な王妃の妊娠・出産逸話も相まって、麗しい王子誕生の報にパルクトゥード王国中が沸きに沸いた。
国民が王妃第二子懐妊の慶報に歓喜したのは約十年後。待ちに待った吉報に側仕え達は殊更慎重だったが、王妃はやはり生活習慣を変えなかった。一度目の妊娠、出産が余りにも順調過ぎただけだったのだ。この時、オクタヴィアナの過信が裏目に出る。
臨月に差し掛かったある日。常ならば鍛錬では木剣を使用するのに、普段より軽く調子が良かった所為か、つい——魔が差した。
オクタヴィアナは騎士団訓練場の脇に置いてあった鋼の剣を使用した。鍛錬用に刃先を潰してあるそれは、事前に手入れを施された剣ではなかった。護衛と数度打ち合っている途中で、腹の子が急に強く蹴りを入れた。その衝撃で下腹が張った。僅かな違和感に気を取られたオクタヴィアナの手首に、護衛の刃先が掠った。怪我自体は軽い擦り傷だった。己の失態に平身低頭する護衛に「大した事はない」と手を振り、井戸の水で傷口を軽く洗った。それはほんの些細な出来事。本人もすぐに忘れる程度のもの。
数日後、オクタヴィアナに異変が起きる。
朝、酷い寝汗と倦怠感に目が覚めた。取るに足らない寝苦しさだと軽視した矢先、微熱が出て下がらなくなった。首筋、肩、背中と筋肉が張って身体が重い。医官が呼ばれ往診したが原因はわからなかった。
翌日、口が開きにくいと感じた。水を飲むのも辛い。身体のあちらこちらが軽い痙攣を起こす。微熱は続いた。
「疲れが溜まっているのだろう。暫くは安静に」と診断を受けたその日の夜、王妃は呼吸困難に陥った。全身が痙攣し意識をなくした。心の臓が止まりかけ、蘇生した直後に陣痛が始まった。とてもではないが無事な出産は見込めない。医官は母体か子供、どちらを優先するのかを国王に問うた。苦渋の決断を迫られたノヴァロムに向かって、渦中の王妃が声を荒げた。
「っ——子は死なぬ! 私も、死なぬ!」
何度も何度も痙攣を起こし、幾度となく意識を飛ばしながらもオクタヴィアナは第二子を無事出産した。壮絶な覚悟と強靭な精神力が運命に抗った成果だったが、代償は大きかった。
王妃は破傷風に罹っていた。ほんの小さな擦り傷が二つの命を脅かしていたのだ。途轍もない難産でありながら第二王子アルスエストは順調に育った。しかし、オクタヴィアナは——出産時の無理が祟り、長く療養せざるを得ない状態となった。
***
「アルスエストを産むまで——私は王妃足り得なかった。何処かに甘えがあったのだな。自己の望みを優先するは容易いが……万人と、王籍に身を置く者を同一には図れない。国を背負う重さを改めて知った。私が臥せっている間も国は動いている。国王陛下を一番傍近くで御支えすべき場所が空席となったのは、私の短慮が招いた失態に他ならない」
自重の念を滲ませつつ苦笑する王妃の言葉は、そのままクラリオラに刺さった。
——責務と覚悟。
クラリオラが最も重視するものだ。
人は失敗から学ぶ。
王妃オクタヴィアナは、我が子と自分の命を失いかけて学んだ。
——では、私は?
私は——大切な友と、その家族の命を奪ってやっと気付いたのだ。なんと愚かで浅ましい——。
「体調が漸く落ち着き掛けた頃、我が国と北方諸国が一触即発の事態に陥った。更に同時期、エクセルシウォルの婚約解消も重なってな——謂わば身内の混乱に加え、世情も混沌としていた訳だが。その所為で、生家にも多大な心配と迷惑を掛けたのだ」
空色の瞳が揺れる。湧き出る後悔を深呼吸で封じ、オクタヴィアナは秘色に語りかける。
「私には兄が四人いる。現シュタインガルド侯爵は三番目の兄でな。本来ならばアルスエストが誕生後、程なくして父より家督を継爵する予定だったのだが——まあ……私が臥せっていた所為で伸びに伸びてしまった、という訳だ」
苦笑気味に頭を掻きながらオクタヴィアナがレクレディ公爵に視線を向けた。アウルスも当時を思い出していたのか、小さく頷いた。
「長い闘病生活を経て復帰した私は、継爵の祝賀会に参列する為、シュタインガルド侯爵家に滞在していた。滞りなく兄が家督を継いだのを見届けて——王宮へ戻る前日だった」
王妃が言葉を切った。
ゆっくり前屈みになると両膝に肘を置き、口元に両拳を当てた。組まれた指先、爪の色は白い。両の手を強く握っているからだ。
「忘れもしない——七年前の十二月十五日。冬だというのに、あの日は暖かかった——」
***
シュタインガルド侯爵領の東側に位置する丘陵地。灘らかに広がる草原を、騎士達が乗馬した七騎が軽やかに駆ける。先頭を走るオクタヴィアナも含め、皆が腰に剣を携えては居るものの簡易な出立ちだ。久々に馬を駆る心地良さに自然と笑みが溢れる。後続を二馬身程離したオクタヴィアナの銀髪が風に靡いて光を弾いた。
「遅いぞディケンズ! 腕が落ちたな!」
「なんですと!? ガーディアナに敵う駿馬が居れば私とて負けませぬ! 決して団長の腕が良い訳ではないですからね!! そういう台詞はこの馬と貴女が跨るガーディアナを取り替えてお勝ちになってから仰い!」
「おい、ディケンズ! 団長はお前だろうが! 王妃陛下と呼べ! この不敬者めが!」
「五月蝿い! メイナード、貴様こそ遅れておるではないか! 文句があるなら私を抜いてから物を言え!」
「全く……何年経ってもお前達は成長せぬな!」
「貴女にだけは言われたくない!」
軽口を叩き合うこの集団は元上司と部下の関係であり、今は警護する側とされる側だ。
国王のみを警護する第一近衛騎士団団長であったオクタヴィアナとその部下の幾人かは、王妃陛下と国王以外の王族を警護する第二近衛騎士団員へとその関係を変えた。
厳しい訓練と寝食を共にした年月は、彼等を強固な絆で結んだ。刎頚の交わり*と誓い合う程の強い信頼関係は国王も認める所であった。立場が変わっても気心が知れた者達だけになると、つい砕けた調子に戻ってしまうのは仕方がない。
慣れ親しんだ故郷はオクタヴィアナの心と身体を癒した。明日、王都に戻れば王妃オクタヴィアナの役目が待っている。気の置けない者達との乗馬は実に楽しく、いつの間にかレクレディ公爵領との境となる森林近くまで駆けて来た事に気付いた。
「調子に乗って、つい遠出をしてしまったな」
手綱を引き、ガーディアナの首元を軽く叩きながらオクタヴィアナは森を見る。陽は随分と傾き、七騎の影が長く森へと伸びている。
「早く戻らねばシュタインガルド卿が雷をお落としになりますでしょうなぁ」
ディケンズが揶揄うように笑った。
「やれやれ、王妃と言う大層な肩書きを持ってしても兄上を抑えるのは至難の業だ」
堅物の兄が憤怒する顔を想像してオクタヴィアナは肩をすくめる。
「なあに。目を離せば直ぐ暴走する猪のような御気性は、今に始まった事じゃないでしょう? 兄君に軽く尻を引っ叩かれれば、多少は大人しくなれるやもしれませんよ?」
メイナードは自身が発した言葉をそのまま想像したようだ。それのが思いの外、壺に嵌ったらしい。笑いを堪える余り、小刻みに肩が震えている。
「ほう……甘いな、お前達。昔も今も我等は一連托生——つまり同罪だ。共に兄上の餌食になると心得ておけよ」
オクタヴィアナの言葉にディケンズとメイナードの表情から笑みが消え、追従の騎士達が苦笑した。
「だが——戻る前に馬達に水を飲まさねばな。この辺りならば……森に少し入ればレクレディ公爵領との境目に小さな泉があった筈だ」
騎士達は頷き合うと馬を降り、オクタヴィアナの誘導に従って森へと入った。
目的の泉まであと少し——という所で、オクタヴィアナの耳が微かな音を拾った。
「——今、なにか聞こえなかったか?」
振り向いた先、護衛達は「何も」と答える。
気の所為か、と更に進んだオクタヴィアナの鼓膜を其れが揺らした。
空気を震わせるにも足りない微かな音。
小動物の鳴き声にも似た短い音には——切迫した色を含んでいた。
瞬間、オクタヴィアナの背中から張り詰めた空気が溢れた。背後の騎士達は、元団長が醸し出す圧の意味を熟知している。
彼等は瞬時に物音を消すと四方に視線を投げ、警戒態勢に入った。殿の騎士二人が馬達を静かに移動させる。
息を殺し、オクタヴィアナ達は歩みを進めた。
一歩。
更に、数歩。
広葉樹の葉が揺れている。
風ではない。
遠く、焚かれた炎の揺らめきが木々を照らし揺れたように見えるのだ。
「——いやぁ……あ!」
騎士達の耳にも、今度ははっきりと——短く、高い悲鳴が届いた。
同時に——薄暗い森、木々の間を男達の籠った声が通り抜けた。
*【刎頚の交わり】
例え己の首を打ち切られても構わない、という位に固い信頼を結んだ関係の事
おしりぺんぺんは、今のご時世では御法度。




