G-036 公爵令嬢クラリオラの諦念
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
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▼episode 036 - BGM
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生きとし生けるもの達が夢の世界に揺蕩う刻限。夜天に浮かぶ朧月の淡い光が、硝子窓を擦り抜け部屋に降りそそぐ。
静寂が広がる薄暗い室内で、クラリオラは寝台に浅く腰掛けていた。
月華を帯びて輝く亜麻色の髪は腰まで緩やかに流れている。白磁の如く滑らかな肌、秘色の瞳は月の雫を集めて虹彩の中に星屑を散らし綺羅綺羅と輝く。
窓の外、遠い梟の声に呼応するように——扉を叩く微かな音が遠慮がちに部屋の主を呼んだ。クラリオラは驚いた様子もなく立ち上がると静かに寝室の扉を開く。
「やはり貴女だったのね——イスレ」
深く腰を折る侍女を誘えば、イスレは足音も立てずにするりと室内へと入り込んだ。
「いつからお気付きでしたか?」
「昼間——王国の天秤の話題を振った時に。ユージアとジークフォルドの二人は明らかに動揺していたでしょう? 対して貴女とギルダークは反応が薄かったもの。私の言動の意図を理解している、と仮定したら自ずと答えが出ただけなの」
ほんの少しだけ目を丸くしたイスレが自嘲気味に吐息を漏らした。
「成程——我々は玄人感丸出しでしたか」
耳慣れない言い回しにクラリオラは口元に手を当てて忍び笑った。昼間の畏まった態度とは違うイスレの気安さが新鮮で思わず笑みが溢れる。
クラリオラは寝台へ歩み寄り静かに腰掛けた。後を続いたイスレは露台へと続く大きな硝子扉の手前で立ち止まり部屋の主に向き直った。
「今夜の護衛担当はギルダークだと聞いて、きっと会いに来ると思っていたわ」
公女私室の入口で警護の任に就いていた無表情なギルダークを思い出してイスレは苦笑する。
「——そこまで見抜かれていたとは……この事を知ったらギルダークはかなり凹むと思います」
そこまで語るとイスレは床に片膝を立て深く腰を折った。
「改めて御挨拶申し上げます。主命によりクラリオラ様にお仕えすべく罷り越しました。主より命を受けたのは三名、私とギルダーク、そして——もう一名。御紹介しても宜しいでしょうか?」
「——構わないわ」
了承を得たイスレは立ち上がり、流れるような動作で硝子扉を開けた。物音一つ立てずに開かれた先の露台に、突如人影が舞い降りる。影はイスレの隣へ足音なく歩み寄ると深く腰を折り頭を下げた。
「この様な夜半に推参した無礼をお許し下さい。主命によりクラリオラ様に御仕え致します——シスレと申します」
被っていた闇色の被布を下ろし、露わになった顔を見てクラリオラは驚きで目を見開いた。何故ならば、隣に立つ侍女と正に瓜二つ。
その反応を予測していただろうイスレが再び腰を折る。
「我らは双子なのです。此方で御世話になるのはあくまでも私、イスレでございます。稀に——中身が入れ替わる事がございます。何卒、御心にお留置き下さいませ」
呆気に取られたクラリオラを前に微笑むイスレとシスレは、何処をどう見ても同一人物にしか見えない。姿形も、そして声も同じだ。
「これは流石に——驚いたわ」
「なかなかに便利なのです。シスレとは常に情報を共有致します。いつ、如何なる時に入れ替わっても問題がないように——それから、我が主よりの伝達事項もシスレを通じてお伝え致します。逆も然り。クラリオラ様から主へお伝えすべき事がございましたら私へお知らせ下さい。シスレと通じ主へとお伝え致します」
イスレの言葉に隣のシスレが静かに頷く。
ふふふ、とクラリオラは忍び笑うと二人を見比べた。
「殿下が“黒羽を二人、彼女達を”と仰っていらしたのに、イスレとギルダークだったから勘違いかと思っていたの。確かに彼女達、だわ。それにしても——貴女方が入れ替わっていても私、きっと気付かないと思うの。二人を見分ける方法や何か特徴はあるのかしら?」
問われた二人は互いに顔を見合わせ、考えるように首を傾げた。その動きの間も仕草も表情ですら、まるで合わせ鏡のように寸分違わず同調している。
「さあ……どうでしょう?」
二人同時に同じ言葉を口にするのだから困ったものだ。異なるのは衣装だけ。本人達も意図している訳ではないらしい。これが常なのだろう。
「これなら他に露見する可能性はなさそうね。シスレ、表立っては名前を呼べないのが残念だけれど……宜しくね」
ふわりと微笑むクラリオラに当てられ、シスレの頬が赤らんだ。
「畏れ多き事にございます」
三度頭を下げたシスレであったが、改まった声で主君の言葉を口にした。
「早速ですが——主よりの言伝を。ベルクトゥス伯爵と御令嬢は本日王城に到着の由、両陛下への謁見を果たされました。現在は北の離宮に滞在されております。明日、御令嬢は主との御対面予定にて」
「——明日」
クラリオラは無意識に空気を飲んだ。エクセルシウォルとの対面から四方八方へと撒き始めた種。事前に詳細を示し合わせた訳ではない。目的や意図はある程度の共有を行っているにしても用意周到に準備した舞台と呼ぶには余りにも稚拙ではなかったか。
だが——既に賽は投げられている。
ベルクトゥス伯爵やチェスター国王が、我が国との友好関係を堅持すべく王太子殿下との婚姻を求めているのならば何も問題はない。しかしチェスター側が何らかの思惑を持ち、この国へと乗り込んできたのであれば——その真意を必ず探り出さねばならない。
自分は彼等に投下する燃料だ。彼等がもし燻った火種を隠しているのなら、自分がそれを大きな炎へと変えてみせよう。王太子殿下は必ずその火元を探り当てるだろう。
それと同時に、見極めるのだ。
ディーリア嬢が果たして王太子妃としての器を持ち得る人物なのか、王太子殿下を誠心誠意お支えし、我がパルクトゥード王国と万民全ての未来を守り導く御仁足り得るのかを。
その為に、自分は王太子の駒となると決めたのだ。今更怖気付いてどうする!
「——主が必ず伝えよ、と。一言一句、違わずお伝え致します」
我知らず思考に耽り俯いていたクラリオラを呼び戻すようにシスレが言葉を投げた。クラリオラは顔を上げてシスレを見つめる——シスレの向こうに居る王太子を。
「——私は生まれて初めて恋を知り舞い上がる愚かな男だ。貴女は自分に心を奪われた王太子を手玉に取って自由に王太子妃を目指せば良い。私をどのように狂わせてくれるのか、先方をどのように撹乱するのか……悪役令嬢たる貴女のお手並みを拝見しよう」
石灰色の煌めきが宵闇に見えた気がした。
クラリオラはゆるりと瞳を閉じる。
深呼吸し再び目を開けたクラリオラは悠然と微笑んだ。
月の光を集めた秘色の瞳には、もう迷いも恐れも残っていない。
「シスレ——殿下にお伝えして頂戴」
公爵令嬢は立ち上がり露台へ出た。
雲間から降り注ぐ月明かりに照らされ、仄かに光る亜麻色の糸が微風に揺れる。
「どうか御油断召されませぬようお気をつけ下さいませ。嘘がいつしか誠となり、本当に私が貴方様の御心を奪ってしまうやもしれませぬ、と」
これより先、イスレとシスレの影分身の術があちらこちらで発動致しますのでお楽しみに!(笑)




