G-035 ベルクトゥス伯爵の戒心
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
これで候補者全員揃いました(笑)
▼episode 035 - BGM
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パルクトゥード王城、玉座の間。
国王ノヴァロムと王妃オクタヴィアナの眼前にて優雅に頭を垂れるのは、チェスター王国より来国したゲラルド・ベルクトゥス伯爵だ。
ベルクトゥス伯爵が着用しているのはチェスター王国貴族が公式の場で着用する膝上丈の長衣だ。濃紺の表地には襟元から裾にかけて金糸の緻密な刺繍が施されており、深い紫色の胴衣も同模様の刺繍と織柄、その見事な意匠は落ち着いた色味ながら高位貴族の威厳を醸している。
「ベルクトゥス伯爵—— 良くぞ参った。遠くチェスター王国よりの旅路、人知れず苦労も多かったろう」
国王ノヴァロムの労いを受け、ベルクトゥス伯爵は更に深く頭を下げると拝謁の口上を述べた。
「パルクトゥード王国の偉大なる明君に在らせられる国王陛下の御前にて拝謁の栄を賜り——このベルクトゥス、万感胸に迫り——誠に感銘無量に御座います」
うむ、と応えを返したノヴァロムに続いて王妃オクタヴィアナが声を掛ける。
「ベルクトゥス伯爵よ、此度はよう参られたの。オーベンゼルク殿は御息災か?」
「敬愛なるラナーダ戦女神の化身と謳われる気高き王妃陛下に拝謁の栄、歓喜に堪えぬ行幸に御座います。我がチェスター王国国王は壮健にて……御言葉、有難く存じます」
そうか、と微笑をたたえたオクタヴィアナは開いた扇で口元を覆うと「面を上げるが良い」とベルクトゥスに声を投げる。
ベルクトゥス伯爵はゆっくりと上座に向け顔を上げた。柔和な表情で対面する隣国の伯爵をオクタヴィアナは静かに見下ろした後、視線を更に奥へと移す。王妃の意図を見抜いたノヴァロムは軽口を交えて顎を撫でた。
「さても困ったものよ。我が愛しき王妃はなかなかに気が短くてな。卿の後ろに控えた令嬢が気になって仕方がないようだ」
ほほほ、と眼を細め、オクタヴィアナがノヴァロムの言葉に是を唱える。
「は、恐れ入ります——此れに控えますのが我が娘、ディーリアに御座います」
「——神の御威光眩きパルクトゥード王国両陛下の御前にて拝謁を賜る栄誉、誠に恐悦至極に存じます。ベルクトゥス伯爵家が子女ディーリアと申します。此度は——斯様な機会を賜り欣幸の至りに存じます」
朽葉色の髪を緩やかに纏めた令嬢が深い膝折礼で拝謁の弁を述べる。勿忘草色のドレスに包まれた異国の令嬢は、聞いていた歳よりも落ち着いて見えた。
「良い、面を上げよ」
ディーリアは国王の声に促され顔を上げた。榛色の瞳に映るのは畏怖と敬愛。
「若き令嬢には嘸かし辛い旅路であったろう。本日はゆるりと離宮にて旅の疲れを癒すが良い」
「過分なる御心遣い有難く存じます」
ノヴァロムが労うとディーリアは再び深く礼を取った。娘に倣ってベルクトゥス伯爵も腰を折る。
「なんとも聡明そうな令嬢だの。ベルクトゥス嬢の秀麗さは我が国まで聞こえ及んでおる。斯くも麗しい淑女に並ばれては王太子も霞んでしまうやもしれぬな」
オクタヴィアナの高揚した声を頭上に聞いてゲラルド・ベルクトゥスは内心でほくそ笑んでいた。
(ここまでは順調——感触は悪くない。どうやら事前に入手していた情報に間違いはなさそうだ)
パルクトゥードに入国した際に合流した内通者から「王太子はディーリアを最有力候補に推している」と密かに耳打ちされた。齎された情報の信憑性が高まりゲラルドは小さく鼻を鳴らした。
(これならば策を弄せずとも計画通りに事は進むか——一先ずこの場を辞した後、なるべく早くあの御方と繋ぎを取らねばならぬ)
辞去の挨拶をしようと姿勢を正したゲラルドは、しかし突き刺さるような視線に気付いて慌てて笑顔を貼り付けた。視線の主はオクタヴィアナだ。
矯めつ眇めつゲラルドを眺める視線に温度はない。
(一体いつから……)
背中がぞわり、とそそけ立つ。
(——私を見ていたのか?)
「ベルクトゥス伯爵、今日はこの場に王太子を呼ばず申し訳なかったの」
据えた目線とは裏腹にオクタヴィアナの鷹揚な声が響く。
「——いえ、お気遣い頂き……」
「王太子妃候補達——先の二人も初対面の場は当人同士のみでの顔合わせから始めておる。条件は皆、等しくせねば不公平であろう? 妙な誤解を招いても困るしのう」
ゲラルドの発言に敢えて重ねられた言葉の意図は明らかだ。まるで牽制とも取れる物言いに顔が強張った。気付かれたかどうかはわからない。
口元を隠していた扇がひらりと舞い、王妃の顔が顕わになった。オクタヴィアナは妖艶な微笑を浮かべつつ、尚も言い募る。
「何やら、我等が其方の娘に特別な肩入れをしているとか……そんな根も葉もない噂が漂っておるらしい。我が国とチェスター王国は強い信頼で結ばれておるが、その関係が土台から崩れる様な——妙な勘繰りをされては堪らんからな。卿も、“裏で我等と結託しておきながら下手な猿芝居を打っている”などと疑念を抱かれるのは心外であろう? まあ其方達に含む所があるなどとは露程も疑ってはおらぬから安心するが良い」
王妃の態度にはあからさまな嫌厭を感じる。隣に鎮座する国王は沈黙を守り事の成り行きを静観する構えらしい。
さてどう出るか、とりあえずこの場は一旦流れに乗るか……切り返す? ならぱどう出るのが得策か……とゲラルドが逡巡していたその時、後方よりディーリアの声が響いた。
「発言をお許し頂いても宜しゅうございますか?」
背筋を伸ばしたディーリアに向かって、壇上の貴人が扇をしゃくって是を伝える。
「堅苦しく遠回しな遣り取りは不毛じゃ。其方の言葉で述べれば良い」
王妃の言葉に勿忘草がふわりと優雅に揺れた。ディーリアは心得たとばかりに笑みを浮かべる。
「王妃陛下の御慈愛に深く感謝申し上げます。では、遠慮なく——その噂が本当に広がっているのであれば……」
息を吸った伯爵令嬢の笑顔が一気に歪んだ。
「誠に“不愉快極まりない”事にございますわ」
一国の王妃相手に不快を露にするディーリアを、オクタヴィアナは舐めるように見つめる。
「——ほう」
「他国の者だから優遇された——など、そのような侮辱に晒されるのは御免ですわ。屈辱以外の何物でもありません」
嫌悪を滲ませ語る娘に驚きつつ、ゲラルドは腰を折って俯いた。表面では申し訳なくも恥じいるように……だが本心では娘の、この意趣返しに諸手を挙げて喝采を送っていた。
(天下に名だたる果断の王妃を相手に、此奴もなかなかやりおるわ)
ディーリアは続ける。
「どうぞ公平に——御審議下さいませ。そして、私に対しても——他の御令嬢方に対しても……」
言葉を切るとオクタヴィアナに強い視線を投げ、試すように言葉を続けた。
「候補者全員を、中立・公正にお取扱い頂ければ幸いに御座います」
強く言い切ると同時に深い笑みを浮かべディーリアが頭を下げた。オクタヴィアナは感情を灯さぬ瞳で片眉を上げて令嬢を見下ろしている。
張り詰めた空気を切ったのは国王ノヴァロムの笑い声だった。
「見た目と裏腹になかなか芯のある令嬢ではないか、ベルクトゥス伯爵」
「——は、誠に、なんとお詫びを申し上げれば……」
国王の声に不快さは感じ取れない。ゲラルドは平身低頭しつつも空気を読もうと神経を張り巡らせる。
「我が麗しの王妃は言葉を飾らぬ。ベルクトゥス嬢も早く慣れておく事だ。この先、長い付き合いになるだろうからな」
ノヴァロムの言葉にディーリアは了承を込めて辞儀を深め、オクタヴィアナもまた怪しげな笑みを深めた。
国王の言葉に対面の終了を悟った侍従長が目線を段下に向けた。ゲラルドとディーリアもその意を悟り、案内の侍従に誘われて広間を後にする。
(そう簡単には行かぬか。王妃は直情型のようだが……国王の腹の中は読めぬ)
ゲラルドば己の計画を練り直す算段を始めた。
ディーリアは——その父親の背中を見つめるでもなく行く末に目線を向けた。
廻廊の、その先へと。
***
「——其方も彼奴も時を待つ事を知らぬな」
ノヴァロムは傍に座る妻に身体を向けた。愛しき妻は機嫌が悪いようだ。
「エクセルシウォルと私を一緒くたにしないで下さいますか。あれは効率良く事を進めるだけの愚鈍にございます」
不機嫌を隠しもせずオクタヴィアナは眉間の皺を深くした。
「全く——其方は面倒臭いのう。本音も隠しすぎると根から腐ってしまうぞ」
ノヴァロムは知っている。
オクタヴィアナが実の息子を前にずっと葛藤している事を。感情を表に出さぬ息子の将来を憂いて悩んでいる妻は誰よりも愛おしい。
ノヴァロムは王座より立ち上がると、ふん、と拗ねて横を向く王妃の座へ歩み寄った。その手を取って引き寄せる。
「其方の真っ直ぐな気性が何処へ向かっているのか、知らぬ私ではない」
抱き寄せた妻が腕の中で身じろぎしつつ見上げてくる。
「——些か、やりすぎましたか?」
少しだけ、と前置きして落ち込んだ風の声音を出す妻にノヴァロムは答える。
「いや、なかなかに興味深いひとときだった。どんなに取り繕っている者でも、其方に掛かると必ず本性の片鱗を見せてくれるから面白い」
「また! そうやって盤上の駒を動かすように高い所から観察されるのか! 陛下は本当にお人が悪い」
未だに鍛錬を欠かさぬオクタヴィアナが反発して手中から抜け出そうとするのをがっしりと抑え、国王は声を上げて笑う。赤らんだ頬に触れ、諭すように見下ろした。
「オクタヴィアナ——其方は好きなように動けば良いのだ。其方の勘に間違いはないからな。エクセルシウォルも其方の言動を折込済みで動くだろう。大いに引っ掻き回してやれば良い」
「息子にまで駒扱いを受けるなど……」
更に落ち込む妻の頭頂にわざと口付ければ、誤魔化すな、の意を込めてオクタヴィアナが睨みつけてきた。
空色の瞳にノヴァロムは笑みを消して見つめ返す。
「レクレディ公爵令嬢に逢ったのだろう?」
「——はい。やはり覚えていない様子でした」
「——そうか」
「陛下、何故——あの娘を候補に加えたのですか」
真っ直ぐに問い掛けてくる愛妃にノヴァロムは答えた。
「それこそ——私の勘、がそうさせた……としか言えぬ」
明快な理由を語ることは出来ない。
でも、何かが変わると思ったのだ。
王様は王妃がだいすき。




