C-034 公爵令嬢クラリオラの明言
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▼episode 034 - BGM
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「私は、他の候補者達に——王太子妃の座を渡すつもりはありません」
主人が放った言葉はセルヴィに衝撃を与えるに充分だった。身内に語るのとは訳が違うのだ。外部の——それも王宮から派遣された方々の前で言明してしまったのだから。
取り消せない。もう後戻りできない。今より更に深い茨の道へ進むおつもりなのか。何故、いつまでも御自分をお赦しにならないのだ。もう充分ではないか。頑張ってきたではないか。あの子の死は——言わばあの子の自業自得なのだ! どうして気付いて下さらない!
少なくともクラリオラが公爵家や私欲の為に王太子妃という座を求めているのではない、という事をセルヴィは知っている。誰よりも知りすぎている。
(ああ……お嬢様、どうして——)
***
クラリオラはセルヴィの瞳が潤んでいくのを視界の端に捉えた。絶望を隠さぬ愛しい侍女の動揺が伝わってくる。どれだけ支えてもらったか、どれだけ救ってもらったか——いつでも、どんな時でもセルヴィはクラリオラに寄り添ってくれるのだ。全身で、全力で守ってくれる。
(——お嬢様)
と声無くクラリオラを呼んだセルヴィのくちびるは震えていた。きっと泣きそうな顔で心配してくれているに違いない。セルヴィには申し訳ないと思う。
それでも——祈るように手を合わせ自分を見つめるセルヴィの瞳へと、クラリオラが焦点を合わせることはなかった。
“公爵令嬢クラリオラ”は侍女の想いを静かに黙殺した。
例えそれが、大切な侍女を傷付ける行為であると分かっていても。
クラリオラはゆっくりと目を閉じる。
道に迷いそうになった時は必ずこうやって呼ぶのだ。
あの時、目の前で亡くした友を。
姉のように慕っていた友を。
心の底から信頼していた友を。
亡き骸を抱き、呪詛の言葉を吐く友を。
血濡れた地べたに這いつくばり
命の灯火が消えゆく瞳で
自分を睨みながら逝った——哀れな少女を。
(——わかっているわ、アーチェ。私は二度と間違えない)
怨嗟の声が脳裏に蘇る。獣の咆哮にも似た少女の叫びはクラリオラへ向けられたものだ。
「——あんたのせいで……憎い……あんたが憎いわ!」
「あんたなんか大嫌いよ!! だれよりも苦しめばいいんだわ! こんなやつ早く殺してよ!」
「——ど……して、あたし——が死な、なきゃなんないの……あん、た、が悪いんじゃない……な、んで——」
あの慟哭を忘れてはならない。
あの愚かな行為を忘れてはならない。
私の罪を忘れてはならない。
自己満足など無意味だ。
自己憐憫など不要だ。
私は“公爵令嬢”なのだ。
自分の責務を果たさねばならない。
クラリオラは、幾度打ち込んだかわからない「戒めの楔」をまたひとつ——自らの心臓に打ち込むと目を開けた。
——この期に及んで、亡き友へ誓った覚悟に背を向ける選択肢など有りはしない。
***
「私は、他の候補者達に——王太子妃の座を渡すつもりはありません」
発せられた公女の決意表明にジークフォルド達も呆気に取られていた。小柄な公女から放たれる圧を覇気と言わずしてなんと呼ぶのか。先程までの淑女然とした雰囲気は何処へ行ったのだ。年嵩な高位の貴族達と同じかそれ以上の威厳を放つ公爵令嬢の面差しに気圧され、使用人達も動揺を隠せない。
公女は周囲を見渡すと、一度、静かに瞳を閉じた。
数秒か、数分か——室内は更なる静寂に包まれる。
そして固唾を呑んで見守っていた者達は、再び目を開けた公爵令嬢の瞳にそれを見た。
亜麻色の睫毛に隠されていた秘色の瞳に宿っていたのは激烈なる炎だ。公女は静かに立ち上がった。澄んだ良く通る声が室内に響く。
「国王陛下の御下命にて此方に赴いて下さった皆様には心から感謝申し上げておりますのよ? ですが——」
一呼吸し、続けて語る硬質の声が聞く者達の肌を刺す。
「ですが、もし——公爵領に引き籠もっていた社交も知らぬ娘なぞに——この私に、王太子妃という大役は務まらないと——些少でもそう思う方が居るのなら……」
クラリオラは座した四人を高い位置から、ひた——と見据え扇をぱちん、と掌で打ち鳴らした。
「その者達は即刻、此の場から立ち去りなさい」
公爵令嬢からの厳命は有無を言わさぬ迫力に満ちていた。王宮務めの近衛騎士も、これまで数多くの高位貴族に面識を持つ侍女の二人も、ただただ“公爵令嬢クラリオラ”を見つめることしか出来ない。
「——御返事がない、という事は……今の所、皆様は私の事を“王太子妃足り得る”と認めてくださっていると解釈致しますわよ? あ、でも気が変わったら直ぐに仰って下さいね? 御心配なさらずとも即座に本来の持ち場に復帰して頂くだけですから」
ほほほ、と口元だけ笑って公女は続ける。
「それから——我がレクレディ公爵家は、これまで王権派や聖協会派に対して常に中立の立場を取って参りました。きっと——幾人かはこう思っているのではないかしら? “王国の天秤”が王家側に傾く筈がない、と」
問われて僅かにジークフォルドとユージアの身体が揺れる。場都合が悪そうに視線を泳がせた二人の反応は至極真っ当なものだ。
レクレディ公爵家が長きに亘り、王籍にも貴族諸侯にも聖教会にも阿らず、常に中立を貫く家門であるのは周知の事実である。
古くよりレクレディ公爵家はパルクトゥード王家と互いに誓約を交わしているが、世間に知れ渡った二つ名である“王国の天秤”の——真の意味を知る者は居ないのだ。
「私には——私の欲する物があるのです。そして……それを手中に収めるには王太子妃の座が必要不可欠。現公爵閣下や次期公爵の取るべき道と、私の進む道は違います」
クラリオラは微笑む。悠然と、艶やかに。だがその瞳はあくまでも冷ややかだ。
(一体、此の方は幾つの御顔をお持ちなのだ)
ジークフォルドは空恐ろしい心持ちで眼前の公女を見上げた。
「勿論、他の候補者である御令嬢方もこの好機をみすみす逃すおつもりなどない筈です。多少の無理を強いてくる事もあるでしょう。ここから先は、一瞬の隙も、僅かな油断も命取り——誰に、どんな瑕疵を付けられ、足を引っ張られるかもわからないのです。ですから——」
ぱさり、と扇を開き、公爵令嬢は口元を隠すと鋭く目を眇めた。まるで四人の腹の内を探るように。
「味方であるべき貴方方が——私の足枷になるような愚を犯さないでくださいませね?」
辛辣な物言いで国王陛下の命を忠実に守って来ただけの面々に釘を刺すクラリオラの姿に、一番慄いているのは王都邸の侍女達だ。天使の微笑みと春の妖精とも見紛う姿に舞い上がっていた彼女達は知る。
これがレクレディ公爵家の御令嬢なのだ、と。
只一人、セルヴィのみが力無く俯いている。
「聡明なる王太子殿下は、我がパルクトゥード王国の指針となる稀有な御方。殿下を御支えし、その隣に並び立つべきは私以外に有り得ません——その事実を胸に刻み、以後、私に忠節を誓いなさい」
扇って便利よね。




