A-032 公爵閣下アウルスの煩悶
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▼episode 032 - BGM
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その日の昼下がり、クラリオラはアウルスに呼び出されセルヴィと共に執務室へと赴いた。扉を叩くと執事のプロヴィタスが応答し二人を室内へと誘う。部屋の中央に配された脚物家具の一脚にアウルスは座っていた。何か考え事をしていたのか、壁面から娘の方へ視線を移した父親に対しクラリオラは柔らかに辞儀を取った。
「お呼びですか? お父様」
「——うむ、其処へ座りなさい」
落ち着いた焦げ茶色の長椅子に座すと、アウルスは一呼吸置いて執事に目線で指示を送る。プロヴィタスは意を得たように隣室への扉を開いた。
執務室に隣接された控えの部屋から現れたのは四名。
近衛騎士の団服を着用した茶髪と黒髪の男性、それから黒髪と橙髪の王宮侍女が2名だ。
「この度、王宮より派遣されたお前の護衛と専属侍女達だ」
「まあ、私に……ですか?」
王太子殿下が話していたのはこれか、とクラリオラは四名を眺めた。「黒羽を二名付ける」と言っていた。ならばどの人物が王太子の手の内の者か。
アウルスが四名に向かって頷いたのを合図に近衛騎士達が一歩、前へ進み出た。揃って右拳を左肩に当て黙礼する。これはパルクトゥード王国騎士が高位の相手にのみ行う正式な拝謁礼だ。利腕を身に引き付ける動作は「武器を持たぬ拳を自ら封じて貴方に従う」という従属の意を表す。
「第三近衛騎士団のメルベッセン侯爵家が三男ジークフォルドと申します。隣に居りますのはガイアム伯爵家子息ギルダーク。我ら二名、主命により公女様を御護りする任を賜りました」
緊張の所為か少し早口で口上を述べるジークフォルドの耳は赤い。クラリオラはゆっくり立ち上がり微笑んだ。
「宜しくお願いしますね」
「——はっ、身に余る光栄にて」
公女の応えに反応してジークフォルドの茶髪が揺れる。肩に力が入っているのが側から見ても丸わかりだ。
(とても緊張しているのね……真面目な方なのかしら?)
職務に忠実な騎士を慮って苦笑するクラリオラの背後、控えていたセルヴィは違う意味での苦笑いを禁じ得ない。
(こんな間近で初めてお嬢様を見たんだもの。そりゃあ普通の男性なら舞い上がるわよね)
隣に並ぶ黒髪の騎士は黙礼のまま微動だにしない。ギルダークという騎士はなかなかに寡黙な男のようだ。騎士達が姿勢を正して一歩下がると、次に侍女二人が優雅な所作で拝謁する。
「公女様に御目に掛かりますこと誠に光栄に存じます。私はボルテナーダ侯爵家が長女ユージアと申します。隣に控えますのはパトレーゼ伯爵家が息女のイスレ、共に誠心誠意お仕え申し上げます」
流石は王宮侍女、洗練された所作は気品に溢れながらも卒がない。二人の姿を前にセルヴィはぶるり、と震えた。
(なんて素晴らしいの!! この方達がお嬢様にお仕えする姿を間近で見ることが出来るなんて!)
セルヴィも公爵家侍女としての高等な教育を受けているが彼女達には及ばない。そもそも王宮侍女は格が違うのだ。他国の王族や高位貴族にも接する機会が多い王宮専属の侍女となるには、自国語の他に南方諸国、北方諸国の公用語の習得が必須だ。更には各国の文化や歴史、礼儀作法にも精通していなければならない。つまり高度な教養を有する王宮侍女は、自立心の強い女性にとって憧れの対象なのだ。
従って、主人に負けず劣らずの向上心を持つセルヴィが興奮するのは至極当たり前であり、ついつい鼻息が荒くなるのも仕方がない。
「ユージアとイスレですね? とても心強いわ。私は公爵領から出たこともない世間知らずなの。貴女方の持つ知識で私に力を貸して下さるかしら。王宮の事も色々と教えて欲しいわ」
亜麻色の天使は微笑んで二人の名を呼んだ。公爵令嬢から初顔合わせの場でいきなり名指しされ、更には当てにされるなど、仮に社交辞令だっだとしても高揚しない侍女など居やしない。高位貴族の中には侍女や侍従の名すら呼ばない者も少なからず存在するのだ。ユージアとイスレは感動に頰を染め深く頭を下げた。
「恐れ多い事に御座います」
一通り目通しが終わった所で、クラリオラはアウルスから詳細の説明を受けた。国王陛下の命にて王太子妃候補者三名には等しく護衛の近衛騎士と侍女が配された事、その期間は王太子妃が決定し公示される日まで。
「畏まりました。国王陛下の御配慮には感謝しかありませんわ」
クラリオラはセルヴィと新たに加わった護衛や侍女を伴って執務室を後にした。
***
クラリオラが辞した執務室。
部屋の主は静かに控える執事に溜息混じりで疑問を吐露した。
「何というか……抜け道を次々に塞がれているようだ」
「——と、申しますと?」
壁に掛けられた肖像画に視線を向け、アウルスの秘色には後悔の色が滲む。執務室に飾られた絵画の中でも一際大きいその絵は、まだ幼かったクラリオラを中心に囲んで幸せを享受する家族達が描かれている。画師を前に笑い合った家族でのひととき、あの頃の幸せは遠い過去のもの。
もやもやと暗く渦巻く感情はアウルスの視野を狭めていた。事態は次から次へと予測が付かない方向へ動いていく。娘の決意表明も含め、アウルスが望む道とは別に向かって行くのを止める事ができない。
「あれは……護衛という名の監視、という可能性はないか?」
「それは——穿ち過ぎではございませんか?」
「わからないだろう!」
アウルスは拳を膝に叩き付け執事を睨んだ。溜め込んだ不安は内臓を食い破って言葉となり、乱暴に吐き出された。
「今回の件も急に決まったのだ……先日の会議で急に、だ。前々から組み込まれていた予定ではない! しかも有無を言わさず、またもや王命で、だ!」
プロヴィタスは主人の激昂を前に口を噤む。主人は握り締めた拳を睨んだままだ。
「護衛をチェスター王国の伯爵令嬢に付ける、というなら理解はできる。同行するベルクトゥス伯爵含めて我が国の賓客というよりは要人だからな。彼等の動向も含め注視するのもやぶさかではない。だが何故、娘達にまで……」
レクレディ公爵家もエドヴァルド侯爵家にも騎士はいる。候補者達は王都の各邸宅と王城を往復するのみなのだ。過剰なほどの護衛など必要ない。
「国王陛下は何を考えていらっしゃる。それとも他に意図があるのか?」
まるで思い付いたとでも言うように議場でクラリオラを指名した国王は、有無を言わさず王太子妃候補に据えた。どんなに固辞しても聞き入れて貰えなかった。秘したるクラリオラの過去を知るのはレクレディ公爵家の中枢一部と外部では国王陛下と王妃陛下、その側近達のみ。
国王は当時のクラリオラとも対面している。あの子の境遇を知っている。それなのに何故、娘をわざわざ渦中に投じるのか。そして今、何をしようとしているのか。
——事が進み始めた今、どれほど悔やんでもどうにもならないのだ。
「こうなる前に……どんな手段を用いてでもラリーを国外に出すべきだった……」
ぽつり、と言葉を漏らしたアウルスに向かってプロヴィタスが静かに諭す。
「旦那様、我が公爵家でその願いが叶えられる事は有りません」
「……わかっている」
レクレディ公爵家の秘された掟。王家と結ばれた約定を知るのもまた国王と現当主のアウルス、それから最も近しい近親者のみ。
間違っても国外にレクレディの血を広げる事はできない。
「お嬢様愛しさに判断を見誤ってはなりません。旦那様、貴方様はレクレディ公爵家の当主なのです。公明中立な“王国の天秤”としての役割を全うなされませ」
プロヴィタスの瞳にも苦悩の色が滲んでいる。脈々と受け継がれた正統な血脈が担う誓約の重さに、アウルスは奥歯を噛み締めた。
信頼に足る執事の言葉は重い。荒れ狂う不安を胸の中に押し込んでアウルスは執事を見た。
「嗚呼、お前の言う通りだ。すまなかった。自制が効かなかった愚かな私を許してくれ」
「私に謝罪など必要ありません」
「——プロヴィタス」
「はい、旦那様」
「私が道を踏み外さぬよう、これからも眼を光らせておいてくれるか」
老爺は眩しげに眼を細めて静かに頭を下げる。
「私も随分と歳を取りましたので——何卒お手柔らかにお願い致します」
プロヴィタス推しですがなにか?(笑)




