C-031 公爵令嬢クラリオラの桎梏
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
▼episode 031 - BGM①
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▼episode 031 - BGM②
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この数日、レクレディ公爵家の邸宅に勤める使用人達は浮き足立っている。それは主人であるアウルスや次兄ルキアスも類に漏れず、浮いた足が宙を掻いて空転している程の有り様だ。
原因は勿論、屋敷に麗しの妖精が居るからに他ならない。
「嗚呼……離れがたい……」
次兄ルキアスは愛しの妹を腕の中に囲い込んで離さない。
「お兄様、いい加減になさって。団長がお勤めに遅れるなんて騎士団の皆様に示しがつかないわ」
仕事に向かう兄を見送りに出てきたクラリオラが、見送られる当人に拘束されて既に十分が経った。「離して」という抗議の声は若き団長の厚い胸板に吸収されているのか。クラリオラが解放される気配は全くない。
「つれないことを言わないでくれ、ラリー……お兄様は泣いてしまうぞ!? 大体、あんなむさ苦しい場所になぞ一日二日行かんでもなんの問題もない! くそう……行きたくない! お兄様はラリーから離れたくないのだ!」
ぶんぶんと頭を振りながら駄々を捏ねるルキアス。使用人達は「ルキアス様! そのお気持ち、とても良くわかります!」と生温かい目で見守っている。ただ二人、執事プロヴィタスと侍女セルヴィを除いて。
二人の表情を敢えて表現するなら“無”の一文字。
王国騎士団の団長ルキアスは二十七歳。
公爵家の次男で子爵持ち、更には王国騎士団の団長。剣技に於いては国内で三本の指に入る程の実力者で団員からの人望も厚い。持ち前の人心掌握術で荒々しい騎士達を統率するこの男は、武芸を嗜む者達にとって大いなる目標であり、その肩書も含めて垂涎の的だ。
しかも性格は誠実で実直、努力家でおおらかでお人好し——と人の良さを掻き集めたルキアスは、周囲から“善人の見本市”と親しみを込めた二つ名を拝命しているらしい。
更には見目が良い。亜麻色の癖毛に薄青緑の瞳、笑えば左の口元にだけ笑窪が出来る。美しい顔立ちに愛嬌まで兼ね揃えるなど、神は何処まで依怙贔屓をすれば気が済むのか。
そんな“超”が付く程の優良物件ルキアスだが、唯一の欠点が“重度の妹贔屓”を拗らせている所だ。一つ歳上の愛妻シャルロッテは「ルークのそういうところも可愛いの」と大きな心で見守っているので問題はないのだろうが。
「今日はベルクトゥス伯爵令嬢が王都に到着されるのでしょう? 護衛の件含め、団長不在で何か事が起こった場合はどうなさいますの?」
至極真っ当なクラリオラの言に、次兄は怯んで言い淀む。
「それっ……は——ふっ、副団長でも対応は出来——」
「お兄様」
兄の言葉をぴしゃり、と遮るクラリオラの声は低い。腕の中から見上げる冷えた秘色が団長の薄青緑を射抜いた。
「私、不真面目な御方は嫌いです」
「なっ——」
「与えて頂いた御役目を簡単に放棄されるなんて……お兄様はいつからこんな情け無い人間になってしまわれたのですか? 本当に残念だわ」
「ラッ、ラリー?」
「その程度の心構えしか持ち合わせていらっしゃらないなんて……お兄様は我が国の要とも言える王国騎士団に相応しくありません。早急に団長の職を辞すべきです。嗚呼……本当に残念ですわ。私、とても尊敬しておりましたのに……」
クラリオラは声を震わせ切なげに嘆いた。あわあわと慌てふためくルキアス。成り行きを見守る使用人達もはらはらとした面持ちで胸元に手を合わせている。ただ二人、プロヴィタスとセルヴィを除いて。相変わらず“無”を貫いたままだ。
愛しい妹に失望されるなどルキアスには耐えられない。最愛の妻シャルロッテとクラリオラはルキアスの踵骨腱なのだ。
「ら、ラリー、冗談だ! ちょっと揶揄っただけだから! ほら、ちゃんと行くから! お兄様は今から颯爽と仕事に向かうのだからな!」
亜麻色の天使が放つ強力な引力に抗ってルキアスは泣く泣く拘束を解いた。
「まあ! 流石はお兄様! やはり私の敬愛する王国一の騎士様だわ!」
掌で転がす、とはまさにこの事。泣く子も黙る勇猛な王国騎士団団長を言葉巧みに操る秘色の妖精、その本性は小悪魔なのかもしれない。
谷底に落とされた後に手を差し伸べられた騎士様は、後ろ髪を引かれながら(本当に行っちゃうぞ! と何度も振り返りながら)邸宅を後にした。
一連の件を“無”の境地で見守った二人は、走り去る馬車に頭を下げつつ溜息を漏らす。
「なんとまあ……ルキアス様は御しやすい御方なのですね」
「言葉を慎みなさいセルヴィ、我々は本音を胸の中にしまっておくのが仕事だよ」
「生憎、これが性分なのです」
「あれでもルキアス様はお嬢様を案じておられるのだ」
やっと自由になったクラリオラが笑顔で使用人達に声を掛けている姿を視界に認めながら、好々爺は柔らかな表情でセルヴィに問い掛けた。
「何か、気になる事があるのかな?」
「……お嬢様は本気で王太子妃に成られるおつもりなのでしょうか」
セルヴィの表情は固い。今、目の前で天真爛漫に微笑む主人は、他貴族の令嬢達と変わらず華やかで嫋やかな淑女である。頬を染め眩しげにクラリオラを見つめている使用人達が、妖精のように可憐な公女の真の姿を知ったら驚くに違いない。
「——そう仰っていたではないか」
プロヴィタスは僅かに眉を顰めた。だが尚もその視線はクラリオラへと向いている。
「——腑に落ちないのです。なにか……お嬢様らしくない」
セルヴィ自身、己が感じる違和感を上手く言語化できないのだ。歯痒い想いが吐息となり、ふう、と漏れる。
「セルヴィ。我々は、ただ見守り続ければ良い」
老いた執事は訥々と語る。まるで自分に言い聞かせる様に。
「そして、ここぞという場面に——」
老獪な声にセルヴィが隣に立つプロヴィタスを見上げると、執事は強い眼差しで侍女を見つめていた。
「——身を挺してお守りするのだ。その御心を」
***
クラリオラはレクレディ公爵領で領民達の為に粉骨砕身、働いてきた。領内で問題が起きる度、次期公爵である長兄マテリウスと共に昼夜を問わず奔走する。クラリオラのその実を知る者は少ない。あくまでも影、まるで裏方だ。
勿論、レクレディ公爵家の面々が実情を秘匿している訳がない。クラリオラが己の功績を詳らかにされるのを極端に厭うのだ。それこそ泣いて嫌がる程に。
「——これは贖罪なの」
自室でぽつり、と漏らした主人の言葉。
クラリオラは、今でも自分を赦していない。周囲がどんなに説得しても諭してもその声は届かない。頑なに自身を責める鎖は年月と共に増えていく。結果、自分を殺す事で呼吸が出来ている。“自分が誰かの為になっている”という事実だけがクラリオラを生かしていると言っても良い。
主人がここまで自分を卑下する姿がセルヴィには許せない。お嬢様はなにも悪くない。自己犠牲で赦しを得るなど歪んでいるのだ。
ひび割れて今にも崩れ落ちそうなクラリオラの心を、贖罪という鎖で雁字搦めになった心を護る為に、出来ることをずっと模索してきた。
だからこそ、セルヴィは自分の役割が主人の“歯止め”だと自負している。
他者の為に、自らを投げ出す主人を護るのだ。
それは——主人の歪んだ意思からも。
「ラリーは私を好き……嫌い……好き……嫌い……好き……」
「団長! 何やってるんですか! 飾緒の糸をむしるのは止めて下さい!」
「誰か団長の新しい飾緒を持って来い!」
「ああ……遠い目しちゃってるよ団長。何があったんだろう」
「うえええ、副団長の目がやばい! あれ、めちゃ怒ってるじゃん」
「団長、後から絶対副団長にボコボコにされるな」
「ほんとにな」




