E-030 王太子エクセルシウォルの思案
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
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▼episode 030 - BGM
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月明かりに照らされ宵闇に淡く浮かびあがるキャスメルディウス・アルドゥース(白鷺城)の一室。王太子の居室、窓際に配された執務卓越には灯りが揺らめいている。高く積まれた用紙の束は“傾国の美女に逆上せた王太子”の所為で手付かずのまま放置されたものだ。先程からこの部屋の主は淀みなく筆を走らせ、溜まった書類を片付けている。
春とはいえ夜は未だ肌寒い。エクセルシウォルは書き付けの手を止めると一息吐いて、露台に続く大きな硝子扉に視線を向けた。薄暗い燭台の灯りで長時間書き物を続けた所為か些か眼を酷使していたようだ。扉の隙間から差し込む月明かりが暗闇に一筋の線を描く。仄かな光の筋が辿り着いた先——絨毯の織柄にぼやけていた焦点が定まるとエクセルシウォルは静かに筆を置いた。
各地から陳情された書面は一通り目を通し采配する目処を付けた。申請書の類についても脳内で決裁を振り分けた。後は恋に溺れて役に立たない王太子が補佐官に尻を叩かれながらのらりくらりと業務をこなせば良いだけだ。
レクレディ公爵家の令嬢と対面を果たして二日。明々後日はディーリア嬢との顔合わせだ。
当初はベルクトゥス伯爵令嬢以外の候補者には目もくれず、ディーリア嬢を一番に優遇することで油断を誘ってその懐に潜り込むつもりだった。だが「他候補者を擁立し公平に選考する」と伝えてはいても、三者の中ではディーリア嬢に分があるのは明白だ。ましてやエクセルシウォル自身が選定者協議の場でベルクトゥス伯爵令嬢を第一候補に推す、と宣言したのだ。この内容は確実に水面下で広がっている筈だ。国内貴族達も大半は“両国の有効の為にベルクトゥス伯爵令嬢が最善”との考えに落ち着くに違いない。
はなから自国が優勢だと認識している相手に対して阿るのは懐を開かせる手法として弱いのではないか、ベルクトゥス伯爵令嬢の——敢えて言うならチェスター王国の“真の意図”を探るにはどう動くか……と模索していたエクセルシウォルにとって、クラリオラとの出逢いはまさに行幸であった。
「それにしても——変わった御令嬢だ」
目の前に現れた公女の第一印象は「清楚で可憐で純真無垢な少女」だった。
一目見て有象無象な思惑が跋扈する高位貴族達の中に放り込まれれば、あっという間にその嫋やかな心をへし折られてしまうだろう——と思った。国王陛下も酷なことをする。何故、このような女性を敢えて候補者に推したのか、と。
だから、彼女が甘やかに想像したであろう未来への希望と現実には大きな落差があるのだ、と身を持って知らしめるつもりだった。殊更手を抜くつもりはなかった。王太子が実はとても冷酷で、自分に好意の欠片も持っていないのだ——と気付いて辞退してくれればそれでいい。
“私が甘かった。私の隣に立つ人は、何よりも心が強く在らねばならない”
そう心に刻んだ日を、エクセルシウォルは忘れたことがない。
だが、予想は意外な方向で覆された。
世間知らずの公爵令嬢は……強かで、思慮深く、確固たる信念を持ち合わせていた。その有り様はある意味とても異質でエクセルシウォルの理解の範疇を超えていた。
まるで、自分がこの国を構築する全ての部品の一部であるような——数ある歯車の一つに過ぎないような発言、と言えばいいのだろうか。
己の欲望など無用と公言し、パルクトゥード王国と国民の為に自身の存在意義を模索する彼女の姿勢は、エクセルシウォルの信条と重なった。妙な高揚感と共に湧き上がったあの感情は一体、なんだったのか。
そして此方の意図を見抜き、我が国の為に尽力してくれるという。なんの見返りも求めず“自分はその為に或る”と微笑んだ。
「興味は尽きないが……」
ともあれ、助力を願い了承されたのだ。エクセルシウォルは思わぬ手駒を手に入れた。彼女の協力を得てチェスター王国に揺さぶりを掛け、その動向を探る。何も問題がなければ最初の予定通りディーリア嬢を娶ればいい。王籍との縁故に比べれば弱いがベルクトゥス伯爵家を介して繋がりを盤石にしていく。元より貴族や王族の婚姻に恋愛など不要。互いの損得を勘定し双方の合意点が適えば良いのだ。
もしチェスター側に何らかの策略があり、それが露見した場合はレクレディ公爵令嬢を王太子妃に据える。彼女ならば立派な国母にも成り得るだろう。
「懸念点は——」
レクレディ嬢には大立ち回りをさせるのだ。チェスター側に圧力を掛けるには「自分は他候補者より抜きん出た立ち位置にいるのだ」と、まるで“悪役”の様に尊大に振る舞ってもらう場も出てくるだろう。その上で「チェスター王国に問題なし」となった後、レクレディ公爵令嬢の評価は地に落ちる。
公女本人は兎も角、槍玉に挙げられた娘の状況を前にレクレディ卿がどう動くか——更には我々が画策した真実を知った時、レクレディ公爵家が王家に反意を抱くのは火を見るより明らかだ。
溺愛した娘を王太子妃候補から外すべく最後まで国王に抗っていたレクレディ卿の姿を思い浮かべ、エクセルシウォルは心中で模索する。加えて不測の事態に備えて公女の身辺に危害が及ばぬよう万全を配さねばならない。
思考を巡らせるエクセルシウォルの耳に微かな梟の鳴き声が届いた。暗闇の中、石灰色の瞳が灯火を拾ってきらりと光る。その音量に間合いを予測し、エクセルシウォルはもう一つの懸案事項へと意識を向けた。
遠からず王妃から何らかの接触があるだろう、と予測していたが、まさかここまで早いとは——。
「——母上は今も昔も変わらない」
実母オクタヴィアナが他者の流言に惑わされることはない。母を相手に如何に策を弄そうが無意味なのだ。オクタヴィアナは己が嗅覚で凡ゆる諸事を嗅ぎ分ける。
細かな意図を読み解く、といった強かさではない。ただ単純に嗅ぎ分けるのだ。
今、目の前に或る出来事が、相手が、時勢が、
“好ましいもの”なのか、“そうではないもの”なのかを。
彼女は自ら行動を起こす。我が目で事実を確認する為に。
「それにしても——彼の方の言葉は相も変わらず的確だ」
——効率のみを重視して性急に事を推し進める悪い癖は変わらぬようだ。
「私が良からぬ企みをしている、と感じたのだろうな。あながち間違ってはいないのだから流石は我が母上、と云うべきか」
息子が振り撒く悪い癖を耳にして苦言を呈しにきたのだろうが……どうやらそれだけでは無さそうだ、とエクセルシウォルは記憶を辿る。
あの時。
レクレディ公爵令嬢を前にしたオクタヴィアナの言動には、戸惑いの色が見えた。
「母上と彼女の間に——私の知らない何かがあるのか」
揺らいだ母親の瞳の色を思い出し、エクセルシウォルはその理由をどう探るかと考えながら再び筆を手に取った。
***
微かに、澄んだ宵の空気が室内に流れ込んだ。
視線を手元の書類に落としたまま、エクセルシウォルは気配に向かって声を投げる。
「——荷は?」
「——予定通り明日の正午頃に王都へ」
部屋には二つの声と筆が走る音のみ響いている。
「中身に変わりはないか」
「——入国し、荷が増えたようです」
ふむ、と手を止め筆の軸を顎に当てた部屋の主は、顔を上げると闇に視線を向けた。
「不純物が紛れたか」
「どうやら聖なる贈答品が二つ」
「成程——目を離すな」
「——御意」
エクセルシウォルは目線を戻し、机上の書類を纏める。
「蝶への贈り物は?」
「そちらは明日の朝、花園へ三つ」
「——必ず守れ」
「——命に変えましても」
囁くような返事の後、室内から気配が消えた。
エクセルシウォルは独り言ちる。
「秘色の蝶は——これからどう舞うのだろうな」
そう発した口元が、微かに上がっている事に——
本人はまだ、気付いていない。
【注意】
暗い場所で本を読んだり、文字を書くのはやめましょう。




